ウナギ


 お船を降りて、手を振る子供達に手を振り返して。みんなに見送られながら、教えてもらったお店に転移した。転移した先は浜名湖の側にある小さなお店。個人経営のお店らしくて、二階建ての建物だ。一階がお店で、二階が住居みたいだね。

 お店の側には小さな池が作られていて、そこを見てみると黒くて細長い生き物がうねうねしていた。なにこれ。


「もしかして、これがウナギ?」


『そうだぞ』

『この店知ってる。ここの店主さんは焼きも蒸しも両方できるからオススメ』

『マジかよ両方食べられるな!』


 そうだったら嬉しいかも。どうせなら両方食べたいから。

 それにしても、これがウナギか……。美味しいのかな?


『これが食べられるのかとか、そんな反応を期待してたんだけど』

『ばっかお前、森だとサンドワームすら食べるんだぞ?』

『今更こんな小さいウナギで何とも思わないだろ』

『なるほど確かに』


 なんだか少し失礼なことを言われた気がする。

 池から離れて、お店のドアを開けた。お店は、見た目以上に小さい。目の前にカウンター席があって、座れるのは八人ぐらい、かな? あとは丸テーブルが二つだけ。あまり大勢で入ることはできないみたい。

 私の他にもお客はいるみたいで、テーブル席に座る人は私を見て固まっていた。早く食べないと冷めちゃうよ。


「いらっしゃい。あいつから連絡が来てたからな。そろそろ来る頃だろうとは思っていた」


 そう言ってくれたのは、カウンターの奥にいる男の人。初老の男の人で、まっすぐに私を見つめてる。なんだか少し睨まれてるような気がするのは、気のせいかな?


「俺がここの店主だ。ウナギ、食いたいんだろ? 食わせてやるよ」

「ん。お願い」

「おう。その前にまずはウナギを調達しないとな」


 店主さんがそう言うと、他のお客さんが小さく笑ったのが分かった。もしかしたらいつもやってることなのかも。


「店に入る前に池があっただろ? あそこに行くぞ。ウナギを捕まえるから」

「ん」


 店主さんとお店を出て、さっきの小さな池に向かう。池にたどり着くと、店主さんに長靴を手渡された。足下が濡れないように、ということみたい。


「いらないよ」

「そうか?」

「ん」


 魔法で水は弾けるからね。それじゃ、ウナギを捕まえよう。

 ローブを脱いで、池に入ってみる。改めて池を見てみるけど、そんなにウナギは泳いでないみたい。ここで育ててるわけじゃないのかな。


『ちなリタちゃん、ウナギを捕まえるのに魔法は禁止な』

『必ず素手で!』


 んー……。魔法でさっさと捕まえようと思ってたけど、ダメみたい。何か理由があるのかな。

 池の中に手を入れて、ウナギにゆっくりと手を伸ばして掴んで……、


「わ……。ぬるぬるしてる……」


 すごい、なんだろう。ぬるぬる? ぬめぬめ? 不思議な手触りだ。少なくとも手で捕まえるのはすごく難しいんじゃないかな。

 もう一度、手を伸ばしてみる。ぬるっとウナギが逃げてしまった。すごい。


「サンドワームほどじゃないけど、ぬるぬるしてるね……」


『まって』

『サンドワームがぬるぬるしていることに驚きなんですがw』

『実はサンドワームはウナギでは……?』


 さすがにそれはないと思うよ。

 ちょっと掴みにくいけど、練習すればどうにかなりそう。でも、正直なところそれは面倒だから、魔法で捕まえる。一匹選んで、ふわっと浮かして。絶句してる店主さんの目の前にウナギを移動させると、店主さんは苦笑いを浮かべてウナギを受け取ってくれた。


「それが魔法ってやつか……。テレビで何度か見たけど、すげえなあ……」

「ん。とても便利」

「はは。確かに便利そうだ。それじゃ、カウンター席で待ってな」

「ん」


 店主さんがお店に入っていって、私もすぐにそれに続く。コメントを見てみると、さっきの魔法でちょっとだけ文句を言われてた。ちゃんと素手で捕まえてほしかった、だって。


「さすがに面倒。私は早くウナギを食べてみたい」


『まあしゃーないわなw』

『ウナギのぬるぬるを体験してもらえただけでよしとしよう』

『微妙に上から目線なのはなんなんだw』


 カウンター席に座ると、店主さんがウナギをさばいていくのがよく見えた。すごく手際がいい。さすがプロってやつだね。

 そうしてしばらく待っていると、長方形の箱みたいな食器を差し出された。たっぷりのご飯に、ふっくらとしてそうなウナギが載ってる。たっぷりとたれがかかっていて、とても美味しそうだ。


「まずは蒸しからだ」

「ん。いただきます」


 お箸でそっと押してみると、特に抵抗もなく簡単にほぐすことができた。まずはウナギだけ食べてみよう。

 んー……。ふっくらしていて、とても柔らかい。他の魚とはまた違う、ちょっと独特な食感だ。たれも今までのたれとはまた少し違うみたいで、ちょっと甘辛い気がする。甘辛いタレがウナギに絡まっていて、とても美味しい。


『あああああ! めっちゃ美味そうなんだけど!』

『ウナギの出前取りたいけど絶対に高くなるやつじゃん……!』

『おおおお落ち着け俺はまだ耐えられるぞ……!』


 ちょっと濃いめの味だったけど、すごく美味しかった。

 食べ終わったところで、おかわりが出された。見た目はあまり変わらない気がするけど、さっきよりもちょっとだけ平べったい気がするような……?


「これが焼きの方だ。ほら、試してくれ」

「ん」


 お箸でさっきと同じように押さえて……。あ、これはちょっとだけパリパリしてる。なるほど、確かに焼いたものらしい。でも、柔らかくないわけじゃない。むしろすごく柔らかい。表面がパリッとしていて、中はふわっと。蒸しとはまた違う食感で、これもすごく美味しい。

 たれの味はさっきと同じだけど、純粋に食感の違いを楽しめると思ったらこれもいいかも。


『すまない……おれはもう無理だ……出前頼む』

『遅すぎだろお前。もうすでに注文した後だよ』

『販売ページからウナギが売り切れになってるの草なんだ』

『お前らwww』


 みんなが一気に注文したっていうことなのかな。

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