0153 クラウスの訓練と実践演習
クラウスと共に北東の迷宮に着いた俺がエレノアに尋ねる。
「さて、どうしようか?
一気に降りるか、それとも順番に行くか・・・」
「この子にとっては初めての迷宮ですから順番に行った方が良いでしょう」
「そうだね」
確かにクラウスにとっては初めての迷宮だ。
説明しながら順番に降りて言った方が良いだろう。
俺たちはクラウスを連れて迷宮に入る。
初めて迷宮の中を見たクラウスが興味深そうに周囲を眺める。
「うわあ、迷宮の中ってこんな感じなんだ?」
「まあ、迷宮にもよるがな。
じゃあ、順番に魔物を倒しながら降りていくぞ」
「はい、先生!」
クラウスはおとなしく俺たちに着いてくる。
よしよし中々聞き訳はいいな。
迷宮を歩きながら俺はエレノアに尋ねる。
「どれ位までクラウスのレベルを上げれば良いかな?」
「初歩の魔法を覚えさせる程度であれば、20程度で良いでしょう」
「そうだね」
俺たちの会話を聞いてクラウスが驚く。
「え?レベル20になれるの?」
「ああ、それ位にしないとクラウスは魔法を使えないみたいだからな」
「そうなんだ?」
「うん、クラウスは魔法の資質はあるんだけど、魔法を使うための魔力量が少ないんだ。
だから普通よりも魔法は使いにくいからそれは覚悟するんだぞ」
「はい、先生!」
俺たちはクラウスを連れて魔物を倒しながら迷宮の5階ほどまで降りる。
「凄いね!ボクこんなに色んな魔物と会ったのは初めてだよ!」
「まあ、迷宮だからな。
初めての事で色々と参考になっただろ?」
「はい、先生!」
俺たちはクラウスを鍛えながら再び地上へと向かった。
帰り道にはクラウスのレベルがすでに19になっていたので、地下3階位の魔物の相手をさせてみた。
クラウスはかなり梃子摺ったが、地下3回程度の魔物ならば、何とか倒せるようだ。
「うわ~ボク、こんな強い魔物を倒したの初めてだよ!」
「いや、クラウスは中々筋が良いぞ?
流石はいつも村の外で魔物退治をしているだけの事はあるな」
「そうなんだ?」
「ああ、でも前にも言ったけど、あまりムチャをして、お母さんを心配させるんじゃないぞ?
強い魔物が相手の時はちゃんと引くんだぞ!」
「はい、先生!」
やがて地下2階、1階と魔物を倒しながら上がっていくうちに、クラウスのレベルは20に達した。
「ここまでレベルが上がれば良いでしょう。
では午後には魔法の講義を始めましょう」
クラウスはエレノアの講義を良く聞いて、魔法の使い方をある程度習熟したようだ。
その日の内にクラウスは魔法を使ってみたいようだったが、迷宮に行って疲れていたし、休まなければ魔力量が上限値に戻らないので、実習は翌日となった。
翌日になっていよいよ魔法の実践だ。
俺がクラウスに助言をしながら実際に魔法を使わせてみる。
「よし、クラウス、まずは火炎呪文だ」
「はい、先生」
屋敷の庭に急遽立てた的に、クラウスが魔法を放つ。
「フラーモ!」
見事に呪文は出たが、火炎球は的をはずれ、屋敷の壁に当たって少々焦がす。
「あ・・・」
的に外れてクラウスは残念そうに声を洩らす。
「まあ、最初はこんなもんだ。
ちゃんと火炎は出たんだ。
もう一回やってみろ」
「はい!」
俺に言われて今度は慎重に的を狙ってクラウスが魔法を放つ。
「フラーモ!」
今度は見事に的に当たり、的が焦げる。
「やった!」
「うん、いい感じだな。その調子で何回か練習してみろ」
「はい」
クラウスは初めて魔法を使えた事が嬉しかったようで、その後3回ほど火炎呪文を出すが早くもフラフラしてきた。
どうやらもう魔力切れのようだ。
「どうした?クラウス?」
「うん、何か変なんだ。
何だか頭がクラクラしてきて・・・」
「よし、そこを我慢してもう一回呪文を出してみろ」
「はい」
クラウスは気合を入れて最後の呪文を放つ。
「フラーモ!」
火の玉は的を大きく外れて、壁に当たった。
そしてクラウスはその場に倒れていた。
30分ほどすると、クラウスが気がついた。
「あれ?僕どうしたの?」
「魔力切れで倒れたのさ」
「魔力切れ?」
「ああ、さっき最後の一発を放つ前に頭がクラクラするって言っていただろう?」
「うん」
「それが魔力切れの兆候だ。
魔法使いは魔力がなくなってくると、頭がクラクラしたり、気分が悪くなって来るんだ。
そしてそれでも無理やり魔法を使って、魔力がほぼ0になると気絶してしまう。
さっきのクラウスがまさにその状態だったのさ」
「そうだったんだ・・・」
「さて、ここで問題だ。
もし実際に魔物と戦っていて、さっきみたいに頭がクラクラして来た時に、無理やり呪文を使ったらどうなる?」
「え・・っと・・・気絶して魔物にやられちゃう?」
「その通り、だからさっきみたいに頭がクラクラしてきたり、気分が悪くなってきたら、無理に魔法を使っちゃいけない。
だけど、これは自分の体で覚えるしかないんだ。
だからさっきはそれを覚えさせるために、クラウスに無理やり魔法を使わせたんだ。
わかるかい?」
「うん、大丈夫、わかるよ!」
「よし、じゃあ今日は後は剣の稽古だ。
毎日こんな感じで、ここにいる間は魔法と剣の稽古を交互にやるぞ?」
「はい、先生!」
こんな感じで、毎日誰かがクラウスに魔法と剣の稽古をしていた。
エレノアは魔法の訓練を、俺は魔法と剣の併用を、ガルドは剣術を、ラピーダは槍を、ミルキィは短剣と、各自がそれぞれクラウスに教えた結果、たった数日でクラウスはメキメキと上達していった。
そして数日後、俺とクラウスはたまたま屋台街に来ていた。
俺はふとある屋台を見かけておや?と思った。
それはかつて俺を騙した親父の屋台だった。
その屋台では、あの時と同じように「ミスリル短剣特価」と書いて売っていた。
どうやらあの親父は全く反省していない様子だ。
さて、どうするか?
ここで俺が出て行ったらすぐに親父はすっとぼけて終わりだろう。
一つ、ここはクラウスに対応をさせてみるか?
10歳のクラウスに囮をさせるのは少々心苦しいが、まあ、これも早めの社会見学の一環としてみよう。
屋台の親父は俺たちに気が付いていなかったので、俺は少々離れた場所に行くと、クラウスに言った。
「クラウス、ちょっとした実践訓練をしてみるぞ。
あそこに「ミスリル短剣特価」と書いてある屋台があるだろう?」
「うん」
「あそこにこの金貨を持って行って、値段を聞くんだ。
だけど値段を聞く前に金貨を相手に見せちゃだめだぞ?
値段を聞いたらこの金貨で支払いをしてみるんだ。
それで無事に短剣を買えれば良いが、もし店の親父が何か言いがかりをつけてきたら、冷静に対応してみろ。
もちろん、いきなり切りかかったりしちゃだめだぞ?
もし何か問題が起こったら俺が話しかけるから、そうなったら俺に状況を説明しろ。
それまではちゃんと相手の対応をするんだぞ?
わかるか?」
「うん、わかった」
俺はクラウスを送り出すと様子を見ていた。
クラウスは俺の言った通り、値段を聞いてから短剣を買おうとしたが、案の定、店の親父は偽金貨扱いをし始めたようだ。
どうやら前回俺が言った事を聞く気はなかったらしい。
クラウスと店の親父が言い争いを始めた。
クラウスは俺の言った通り、ちゃんと対応しているようだ。
しかし、店の親父は俺の時と同じで、あくまでクラウスを偽金貨小僧呼ばわりだ。
そこで俺が屋台に近づいてクラウスに声をかけた。
「やあ、どうした?
何があったんだ?」
「あ、シノブ先生!
この店の人が、僕が金貨を渡したらそれを偽金貨だって言うんだ!」
「ほう?偽金貨ね?
親父、その金貨は俺がこの弟子に渡したんだが、何か問題があったのか?」
「あ、あんたは・・・!」
親父は俺の顔を見ると、サッと顔色が変わる。
「こ、このガキ、いや、この坊ちゃんはあなたのお弟子さんでしたか?
いやあ、さすがは聡明そうな御弟子さんで・・・」
「御世辞はいい。
で?何が偽金貨だって?」
「いえいえ、偽金貨などとんでもない!
正真正銘の金貨でございますとも!」
「だが、お前は俺の弟子を偽金貨小僧呼ばわりしていたようだが?」
「いえいえ、そのような事は・・・」
誤魔化そうとする親父にクラウスが文句を言う。
「何言ってんのさ!おっちゃん!
僕の事を偽金貨使いって言ってたじゃないか!」
「ああ、いや、それはその・・・」
あたふたとする屋台の親父に俺が問い詰める。
「・・・親父、前回俺はまた同じ事をしたら、お前を店ごと燃やすって言ったよな?」
「勘弁してください!
ほんの出来心なんですよ!
ほれ、この短剣は差し上げますから!」
「お前、何誤魔化そうとしているんだ?
俺はお前がまたあこぎな商売をしている事を聞いているんだぞ?」
俺があくまで親父の行動を追及しようとすると、親父は面倒になったのか逆切れして騒ぎ出す。
「ああ、もう!うるさいな!
だったらどうだってんだ!
先生!このガキをまとめてやっちまってくだせえ!」
屋台の親父がそう叫ぶと、後ろから一人の剣士が出てくる。
「何だ?出番か?」
「ああ、こんな時のためにあんたはいるんだ!
さっさとこの忌々しいガキ2匹をやっちまってくれ!」
「なんだ?ガキ2匹だぁ?
おいおい、俺にこんなガキ2匹を相手しろって言うのか?」
「ただのガキじゃない!
あっちのガキは魔法使いだ!」
そう言って親父が俺を指差す。
「ほう、魔法使いね?
それなら多少の相手にはなるかもな?
まあ、じゃあちょいと相手をしてみるか?」
そう言うと男は剣を抜く。
俺はその男を鑑定してみた。
レベルは32、レベル的には中堅所の盗賊と同じ位だ。
もちろん、俺の相手としては論外だが、クラウスには少々厳しい相手だろう。
しかし俺はクラウスに相手をするように指図した。
「クラウス、この男を相手に戦ってみろ。
これも訓練の一環だ!」
「え?」
「但し、この男のレベルはお前よりも上だ。
気を入れてかかれ!」
「はい、先生!」
「しかし、アレを使っていいぞ。
後の事は俺が引き受けるから相手を殺さない程度に思いっきりやれ」
「え?いいの?」
「ああ、魔物以外で実践をしてみる良い機会だ。
相手はお前よりもレベルが上なんだ。
アレをやっても大丈夫だからやってみろ!」
「はい、先生」
クラウスは俺に言われてやる気満々だ。
だが当の相手の男の方は頭をボリボリとかいてやる気はなさそうだ。
「なんだ?そっちのガキじゃなくて、こんな小さいガキかよ。
まあ、仕方がない。
仕事だからな、じゃあかかってきてみろ」
「行くよ!」
そう言うとクラウスは驚くほどの速さで飛び出し、いきなり相手に密着する。
「何っ?」
あまりの接近の早さに驚く相手に、クラウスが呪文を唱える。
「フラーモ!」
ゼロ距離射撃のクラウスの呪文攻撃だ。
クラウスは迷宮で魔物を相手にする間に、この戦法を編み出した。
子供だと思って油断していた相手の腹に火炎呪文が決まる。
「ぐあっ!」
レベルがクラウスより高いとは言え、いきなり火炎呪文を喰らってはたまらない。
だが、流石に体制を立て直して対抗しようとする男に、クラウスが容赦なく、利き腕の肩に再び呪文を連射する。
「フラーモ!」
「なっ!」
流石に2連続で火炎呪文を喰らってはたまらない。
しかも2撃目は利き腕の肩だ。
男は剣を落とし、その場にバッタリと倒れる。
男がその場で倒れると、クラウスが男の鼻先に剣を突きつける。
「どう?まだやる?」
「参った!降参だ!」
男はあっさりと負けを認める。
まあ、腹を火傷した上に、利き腕が使えなくなっては降参するしかないだろう。
俺は屋台の親父の方を向いて話しかける。
「さて、あっちは終わったみたいだから、こっちの話の続きをしようか?」
「あ・ああ・・その・・・ははー!
よくぞこの男を倒していただけました!
この男はこの辺のワルでして、我々も手を焼いておりまして・・・」
何をこいつは都合の良い事を言っているんだ?
言い逃れしようとする親父をもちろん俺は見逃さない。
「あっそ?それでお前があこぎな商売をしていた件は?」
「も、申し訳ございませんでした!。
二度と!二度と!このような事はいたしませんので!」
「お前、前にも同じ事言ったのにしたよな?
しかも今、この男を使って俺たちをどうしようとした?」
「いえ、今度こそ!」
「お前の言う事を信用できるか!」
そう言って、俺は以前のようにボッ!と火炎球を出して見せる。
それを見た親父が震えて答える。
「いえ!何でもしますので、丸焼けだけはご勘弁を!」
はい、言質取りました!
「そうか?じゃあ、今すぐ有り金を全部出せ」
「え?」
「何でもするんだろ?
だから詫びに、お前の有り金を全部出せと言ったんだよ!」
「そ、そんな・・・」
「では有り金全部出すのと、店ごと自分が焼かれるのと、どっちが良いか選べ!
今すぐだ!」
「わっ、わかりました!
お金をお渡しいたします!」
そう言って親父は屋台にしまってあった金を全部俺に差し出す。
まあ、どこかにまだ隠してある可能性もあるが、今回はこれで勘弁してやろう。
火炎球をあさっての空へ飛ばしてから店の親父に話しかける。
「よし、今回はこれで許してやる。
次に会った時にまた同じ事をしていたら、今度は金じゃすまないぞ?
よく、覚えておけ?」
「はい、はい」
屋台の親父はブルブルと震えながら返事をする。
俺は用心棒の方に近づくと、呪文を唱える。
「デュア・クラーチ」
俺の唱えた中位回復呪文で、見る見る男の火傷が治る。
「どうだ?怪我の状態は?
これで大丈夫か?」
「あ、ああ」
「すまんな、あんたは結構強そうだったんで、うちの弟子に全力を出してもらった。
これも訓練の一環だ。
あんたはちょっとした実験台だ。
まあ、これに懲りたらあんたもこんな商売は止めて全うな仕事につくんだな。
ホラ、これは詫び代と、この仕事の退職金だ」
そう言って俺は屋台の親父からせしめた金を丸ごと渡す。
「い、いいのか?」
「ああ、だが今のを見ていただろう?
あの親父同様、あんたも次に会った時にまた同じ事をしていたら容赦しないぞ?
次はこの弟子じゃなくて俺自身が相手だ」
そう言うと俺は空に向かって中位電撃を放つ。
「デュア・フルモバート!」
バリ!バリ!バリ!と凄まじい音を立てて、天空に稲妻が吸い込まれていく。
「ひっ!」
驚く男に俺が忠告をする。
「次に会った時に、あんたがまだこんな商売をしていたら、今度は今のをあんたに食らわす。
わかったな?」
「わ、わかった・・・」
男はコクコクと首を縦に振る。
「さあ、じゃあクラウス行こうか?」
「はい、先生」
無事にクラウスの実践演習も終わり、俺たちは家へと帰った。
ちょっと10歳児には酷だったかも知れないが、良い勉強になったようだ。
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