0128 筋肉と魔法使い

 その声の方向を見ると、そこには黒いパンツ一丁で、こんがりと焼けた肌の筋肉隆々とした男が立っている。

顔はかなりイケメンだ。

しかし、その人を見た俺は驚いた!

うわわあ~!何かギリギリな人だ!

何しろ身に着けている物は、黒いパンツと丈夫そうな紐靴、それに首から下げた銅の登録証だけだ。

まるでどっかの筋肉トレーニング漫画に出て来るような人だ!

その人の銅の登録証の上半分に、3色の石がはまっているので、ミルキィと同じ一級だ。

一級という事なら、それなりに信用もある人なんだろうが・・・・いや、ホント凄い筋肉と格好だ。

この人、毎日どっかのジムにでも通っているの?

腹筋が6LDKで、大胸筋が歩いてそうだぞ?

肩の筋肉とかも凄いし、ちっちゃい重機でも乗せてんのかい?

仕上がってるよ!

仕上がってるよ!

一見しただけで屈強な戦士と思える。

イケメンでさわやかな笑顔と、首から下の筋肉との落差が凄い!

その男の人に声をかけられて、四級の男たちは明らかに動揺をしている。

結構この世界では有名人なのかも知れない。

そりゃ、この筋肉を街中で毎日見せびらかして歩いていたら有名にもなるわな?


「マ、マギアマッスルさん・・・」

「ドナルド君、君たちは先ほどの組合長の言葉を聞いていなかったのかい?

 この人たちは実力で白銀等級シルバークラスになったと言っていただろう?」

「し、しかし・・・」

「しかしも何もない!君は組合長の言葉を疑うのかい?」

「いえ、そんな事は・・・」

「では、これは一体どういう事なんだい?」

「それは・・・その・・・」


ドナルドと言われた男は返答に困る。

さらにその筋肉男は四級の後ろにいた人間たちにも質問する。


「君たちはどうなんだい?」

「いや、俺はその・・・」

「俺も別に組合長を疑っている訳じゃ・・・」


後ろにいた勢いの良かった連中もしどろもどろだ。


「もういい!失せたまえ!」

「ひ、ひい~」

「すんませんっ!」


その筋肉な人に一喝されると、四級の男たちは逃げていく。


「全く、仕方がない人たちですね。

 仮にも青銅等級ブロンズクラスともあろう者が、あんな町のごろつきのようなまねをするとは、嘆かわしい限りです」


助けてもらった俺は礼を言う。


「あの、ありがとうございます。

助かりました」

「何の!あなた方ならあんな連中など、どうと言う事はなかったでしょう!

むしろ助かったのはあちらの連中のはずです!

そうではありませんか?」


なるほど、この人は中々わかっている人のようだ。

俺も笑って答える。


「はは・・・まあ、確かにそうですね」

「あの連中、先頭にいた四級の男はドナルドという男でしてね。

残りの連中は、その追従者たちなんですよ」

「なるほど」


四級と言えば中級者で、組合ではそれなりに大きな顔も出来るようだ。

それならば、配下や手下のような者がいても不思議はないだろう。


「しかし、彼は金で四級になった男として有名でしてね」

「金で?

お金を払って四級の地位が買えるのですか?」

「いえいえ、もちろんそんな事はありません。

たとえどんな大金を積んでいても、レベルが50以上で、昇級試験を通らない限りは、昇級する事はありません。

ただ、彼の場合は限りなく、それに近い事をしたという事なのです」

「え?それはどういう事なのですか?」

「彼は相当な資産家の息子でしてね。

それが何故かうちの組合員になりたかったらしく、まずは、彼は金にあかせて、いわゆる「上げ屋」にレベル50まで上げてもらいました。

それでいきなり五級で登録をしたのですよ。

まあ、そこまでは金持ちや貴族の子息では、たまにある事なので、さほど驚く事ではありません。

そして次の四級でゴブリンロードを倒しに行く時は、あのように徒党を組み、さらに一級の組合員の護衛まで雇って、倒しにいったのです」

「ははあ・・・一級の人を?

でもそれって、規定とかに触れないのですか?」

「ええ、特に規定はありませんが、当然の事ながら普通はそこまでしませんね。

引き受けるほうも普通は引き受けません。

その時はその一級の人間も、状況や彼の人となりを知らなかったので、間抜けにも引き受けてしまったのです」

「ははあ・・・」

「それで何とか「ゴブリンの短剣」を手に入れて、組合に提出したのですが、その次が問題でしてね。

またもや金にあかせて、あらゆる防御の装備を着込んだ上で、回復剤や回復薬を持てるだけ持ち、それで傀儡の騎士に挑んだのですよ。

昇級試験の時は、魔法結晶やグラーノは禁止されていますが、回復系の品物は許可されていますからね。

盾や兜には火炎防御や冷凍防御、おまけに滅多に売ってないのですが、体力自動回復の効果まである鎧まで装備していましてね。

しかし、レベルが50と言っても、ただ「上げ屋」に頼んで上げてもらっただけです。

当然、ロクに戦闘も出来ない人間だったので、中々相手を倒す事ができません。

ですが、レベルと防御力は高く、自動回復の鎧を着込んでいた上で、高い回復剤を山のように持っていたので、何とか傀儡の騎士を倒す事が出来たのです」

「なるほど」

「しかしそれでも傀儡の騎士を倒すのに、1時間以上もかかりましてねぇ。

私もその場で見学していましたが、使った武器には、これまた金にあかせて、3倍攻撃の効果がついた、ミスリルの剣を装備していたのですが、それでも相手を倒すのに時間がかかったのですよ。

その事は今でも語り草になっております。

もちろん笑い話的な意味でですがね。

それで他の組合員たちにも呆れられた訳です。

しかし、倒した事は事実なので、組合としても四級にせざるを得ません。

面接で落とすと言う話もありましたが、色々ありましてね。

結果として、晴れて彼は四級者として昇級できた訳です。

ですが、さすがに組合の方も、それで考えましてね、それ以降、昇級試験の規則に「15分以内に相手を倒さなければ無効」という項目が追加されました。

さらに特殊効果のついた武器防具も昇級試験の時は禁止となりました。

ですから流石に彼も三級以上には上がれなくなった訳です。

何しろ三級の相手はトロルですからね。

御存知のようにトロルは体力が尋常ではありませんから、普通の組合員でも倒すのに時間がかかる物を、彼では決して15分以内に倒す事は出来ません。

ましてや特殊効果のない、通常の装備ではね。

従って彼が三級以上に上がる事は、まずありえません。

しかも彼は組合員になったばかりの五級の頃から、すぐに一級になって、周囲をアッと言わせて見せる!と吹聴していましたからね。

その希望が、ほぼ完全に絶たれてしまった訳です。

あなたに食ってかかって来たのは、そういった事情もある訳です」

「ははあ・・・」


確かに自分がこれ以上等級を上げられないのに、いきなり来た若造が、はるか上の等級になれば妬むかもしれない。

さっきグレゴールさんが最近規則が追加されたとか言っていたが、そういう理由で規則が出来たのか?

なるほど、レベルが相手よりも高く、防御の方もガチガチにして、なおかつ自動回復の鎧まで着ていれば、傀儡の騎士程度であれば、中々やられる事はないだろうが、戦闘タロスも出す事だし、確かに倒すのにさぞかし時間がかかった事だろう。

そこまでして四級になりたがるのには恐れ入るが、それを支援する親も親だと思った。

一体いくらかけたのだろうか?

確かにそれは笑い話だろう。


「ま、それで彼のゴブリンロード退治の時に間抜けにも護衛をしてしまった一級の人間も後悔しましてね。

それ以来、ある程度、彼の動向を見張っていて、馬鹿な事をしでかそうとしたら、止めようと考えていた訳ですよ」

「えっ?それでは?」

「はい、その間抜けた一級の人間と言うのが私です。

申し遅れましたが、私は魔法使いのマギアマッスルと申します。

あなたがシノブ・ホウジョウさんですね?」

「はい・・・え?」


俺は返事をしてから驚いた。

魔法使いだと?

目の前にいるのは、どうみても筋骨隆々とした屈強な戦士にしか見えない。


「あの・・・魔法使い・・・なのですか?」


確かに首からぶら下げている登録証を見ると、銅の板に上半分に3色の宝石がはまり、下半分には青の横線が入っている。

登録的には間違いなく一級の魔法使いだ。

ええ~?この筋肉で魔法使いなの?


「はい、レベル146の魔法使いです」

「は、はい、戦魔士のシノブ・ホウジョウです。

よろしくお願いいたします」


俺はこの人を鑑定してみると、確かにレベルは146で、その点は嘘はついていない。

しかし使える魔法は低位火炎と低位凍結、それに低位回復魔法だけだ。

これでは魔法士ですらない。

ただの八級魔士だ。

どちらにしても、これで魔法使いを名乗るのか?

まあ、確かにウソではないが・・・・

エレノアが格闘が凄い魔法使いもいるとは言っていたが、この人は極端じゃないか?

せめて魔戦士にしておけば良いのに・・・


「やはりシノブさんでしたか?

ちなみにマギアマッスルというのは、私のジャスティスネームです」

「ジャスティスネーム?」


あまり聞いた事のない名前に俺が不思議そうにしていると、マギアマッスルさんが説明をしてくれる。


「ジャスティスネームというのは本名ではありません。

私が組合員として正義の活動をする時に名乗っている名前なのです。

私は魔法と筋肉の理想的な融合を求めているので、この名前にしたのです」

「はあ・・・」


正義の活動か・・・

何か似たような人、この街多いな?

まあ、正義が多い分には良いか?

しかし「魔法と筋肉の理想的な融合」って、何だ?


「どうですか?

もし今お時間があるなら、これからちょっと迷宮に行ってみませんか?」

「え?」


突然の誘いに俺は驚いた。


「ええ、実はあなたの事は、とある人から聞いていたのです」

「とある人?」

「はい、我が正義の友、男爵仮面です。

彼からあなたの事は、若いが中々正義の心が宿っていて、見所がある若者と聞いています」

「男爵仮面から?」


やはり!

あの人の関係者だったのか!

どうりで似たような匂いがプンプンしていた訳だ。

まあ、俺もあの人は嫌いじゃないし、この人もあの人と同じで、ちょっと危なそうな人だけど、良い人そうだけどね?


「ええ、そうです。

ですから機会があれば、一緒に魔物退治などをしてみたかったのですよ。

そうしたら今日、偶然にもあなたたちが、ここに登録へ来たじゃないですか?

最初あなたを見た時に、エルフの奴隷を連れているので、もしやと思ったのですが・・・

しかもいきなり上白銀等級ハイ・シルバークラスとはさすがです!

是非、一度一緒に迷宮へ行ってみたいとお誘いしようとここで待っていたら、先ほどの輩が言いがかりをつけてきたので、これはと思って、止めに入ったという訳です」

「なるほど」


わざわざ俺たちが出てくるのを待ってくれていた訳か?

しかも無駄な争いを止めてくれたとはありがたい事だ。

そこまでしてくれたのならば、期待に応えた方が良いかな?

俺は念のためにエレノアに聞いてみた。


「別に問題はないかな?」

「はい、よろしいかと存じます」


そのエレノアの返事に俺もうなずいて、マギアマッスルさんに話す。


「はい、では御一緒させていただきます」

「おお、ありがたい事です!

それでは早速、参りましょう!

南西の迷宮でよろしいですか?」

「はい、結構です。

どのようにして行きますか?」

「そうですね、私は普通に馬車で迷宮まで行く事が多いですが・・・」

「よろしければ、私達の航空魔法で御一緒しますか?」

「ええ、そうしていただければありがたいです」

「じゃあペロンは先に帰っていて。

僕たちはこの人とちょっと迷宮に行って来るから」

「わかりましたニャ」


あまり戦いには向かないペロンを先に家に帰して、俺たちは迷宮へ行く事にした。

マギアマッスルさんにも異存はなかったので、俺たちは集団航空魔法で迷宮へと向かった。

う~ん・・・しかしこの人、どういう戦い方をするんだろう?

この人の使える魔法で、レベル100以上の魔物が倒せるとは思えないんだけど?

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