0108 活け造りと刺し身
俺が驚くとペロンが説明をする。
「はい、さっき話をした、一緒に旅をしていたギョーシンさんと言う人が作ってくれた、生のサカニャ料理なのですニャ。
ギョーシンさんは大陸の東の端にあるミズホという島国の生まれで、そこの料理だと言ってましたニャ。
とてもおいしかったのですが、ギョーシンさんたちと別れて以来、それを知っている人にはイシダさんという人しか会った事がニャいし、作れる人には一人も会った事がないのですニャ。
御主人様はそれを知っているのですかニャ?」
「うん、多分僕の知っている料理と同じならね」
活け作りに刺し身とは驚いたが、アースフィア言語の翻訳が間違っていないのなら、俺にも何とかなるはずだ。
しかしキンバリーはペロンの説明に驚いている。
「え?魚を生で食べるのでございますか?」
「そうですニャ。
とてもおいしいですニャ」
「まさか!」
どうやらキンバリーは魚を生で食べると言うのが信じられないらしい。
ペロンは一生懸命に説明する。
「本当ですニャ。
でもそのままでは、あまりおいしくなくって、ショーユという調味料が、どうしても必要なのですニャ」
「え?醤油?」
ペロンの言葉にキンバリーと俺が顔を見合わせて驚く。
ペロンはこの家に来て、まだたったの3日だ。
たまたま、その間に和食は出していないので、まだ醤油を知らないはずだ。
それなのに醤油と言う単語を言うとは、どうやらこれは間違いがないようだ。
それにしても東の端にある島の料理で、しかも醤油を使うのか・・・
神様も醤油は地域限定であるとは言っていたが、どうやらその場所がわかってきた。
その醤油が俺が持ってきた醤油と、全く同じかどうかはわからないが、これで手持ちの醤油が尽きた時の仕入先の目途は絞れてきた。
流石に自分で大豆から作るんじゃ、大変だからね。
「そうですニャ。
それがないとイケヅクリもサシミもおいしくありませんニャ。
それと付け合せにちょっとピリッとする味の物があって、それがあると、もっとおいしくなるのですニャ」
それを聞いた俺は、さっそく今釣ってきた魚を調理してみる事にした。
「わかった、ちょっと待って!ペロン。
今から僕が魚料理を作ってみるから、それを食べてみて!」
「え?御主人様はイケヅクリやサシミを作れるのですかニャ?」
「活け造りは無理だけど、刺し身くらいなら多分何とかなると思うから待ってて」
「はい、わかりましたニャ」
俺はバケツの中から鯛っぽい魚を選ぶと、それをまな板の上で、内臓とえらを取り、3枚におろして、頭を取る。
皮をひき、白身を薄切りにしていって、刺し身の出来上がりだ。
少々見てくれは悪いが、本職の人間ではないので、それは仕方がない。
それを皿に綺麗に盛って、ペロンに見せる。
「どうだい?ペロン?
刺し身っていう料理はこういうのじゃなかったかい?」
「そうですニャ!
こんな感じですニャ!
でもショーユがないと・・・・」
喜びながらも悲しそうにするペロンに俺が話しかける。
「大丈夫だよ。ペロン、醤油はあるよ」
「え?ショーユが?」
俺は小皿を持って来ると、そこに小瓶から醤油を入れる。
そして箸を持ってくる。
この家の他の者はともかく、俺は和食の時は箸を使っていたので、いくつか作っておいたのだ。
「ペロン、刺し身を食べる時は、この道具で食べたんじゃないかい?」
「そうですニャ!
その通りですニャ!」
「じゃあ、これを食べてみてよ!」
ペロンは俺から箸を受け取ると、器用にそれを使って、刺し身に醤油をつけて、食べる。
猫が箸を器用に使っている姿は何だか凄い。
一口食べたペロンが嬉しそうに叫ぶ。
「これですニャ!
これが刺し身ですニャ!」
嬉しそうに話すと、ペロンがあっと言う間に半身を食べ終わる。
俺はもう半分をさばく前に、ふとある事を思い出して、キンバリーに尋ねる。
「ねえ、キンバリー、一昨日の夜に出していた、あのピリッとした奴はまだあるかな?」
「レイホールでございますか?
大丈夫、まだございますよ」
「うん、それを一昨日みたいにちょっとすりおろして」
「承知いたしました」
俺が再び刺し身をさばいている内に、キンバリーがレイホールをすりおろす。
再びさばいた刺し身を、今度は醤油とレイホールのすりおろしと共にペロンに渡す。
「さあ、ペロン、前に刺し身を食べた時は、これもついていたんじゃないかな?」
「ニャッ!これは・・・」
俺が出した物を見て、ペロンは目を輝かせる。
ペロンは箸でレイホールのすりおろしを、ほんの少し刺し身の上に乗せると、それを醤油につけて食べる。
おっ?お客さん?分かっているねえ?
俺はペロンがレイホールのすりみを醤油に溶かすかと思っていたが、ちゃんと刺し身の上に少量乗せて醤油につけている。
刺し身の正しい食べ方だ。
それを一口食べたペロンが俺に向かって叫ぶ。
「これですニャ!これがサシミですニャ!」
「そうか、合っていて良かったよ」
レイホールと言うのは、地球で言う所のホースラディッシュに似ている。
たまたま一昨日はローストビーフのような料理だったので、これをキンバリーが付け合せに出したので、俺は驚いて覚えていたのだ。
こちらでわさびは手に入らないが、ホースラディッシュにそっくりなレイホールならば、わさびに似た感触になるはずだと踏んだが、どうやら正解だったようだ。
地球ではホースラディッシュは西洋わさびとも言って、粉わさびの原料にもなっているしね。
おそらくペロンに刺し身を食べさせたギョーシンさんとやらも、これを使ったのだろう。
「どれ、僕も食べてみるか」
俺も一切れ刺し身を箸でつまむと、レイホールと醤油をつけて食べてみる。
うん、我ながらいい感じだ。
ああ、やっぱり刺し身はうまいなあ・・・
俺も好きだったけど、ペロンと同じで、半分あきらめていたんだ。
でもこうして新鮮な魚で刺し身を食べると、やっぱり嬉しい。
ペロンのおかげで色々と思い出したよ。
今度、海鮮丼とか寿司にも挑戦してみたいな。
「うん、中々うまいじゃないか」
「そうですニャ、ハグ、とても、ハグ、おいしいですニャ!
もう二度とこの料理は、ハグ、食べられないかと思っていたのに、ハグ、御主人様ありがとうございますニャ!ハグ、うまいニャ!うまいニャ!」
よほど嬉しいのだろう。
ペロンははぐはぐと刺し身を食べながら俺に礼を言う。
うん、嬉しそうなのはわかるけど、行儀悪いから食べながらお礼を言うのはやめなさい。
まあ、今回は許してあげるか。
「どうだい?その醤油の味は?
前にギョーシンさんが作ってくれた時の刺し身につけた醤油の味と同じかい?」
「はい、ほとんど変わりはないですニャ。
どちらもとてもおいしいですニャ!」
うん、これで醤油の調達の目途は付いたな。
いつか時間がある時に、その東の島とやらに行ってみよう。
「ええ?生の魚がそんなにおいしいのでございますか?」
俺とペロンがおいしそうに刺し身を食べるのを見て、キンバリーが問いかける。
とても信じられないようだ。
「ん~、まあ、好みによるけど・・・試しにキンバリーも一回食べてみれば?」
「そうですね・・・」
「キンバリーさんも食べてみてくださいニャ」
残り少ない刺し身をペロンがキンバリーに譲る。
「そうですか?それでは・・・」
「あ、初心者はレイホールはつけない方が良いと思うよ?」
「はい・・・」
キンバリーが箸を使って、刺し身を醤油につける。
そして恐る恐る口にするが、一口食べると驚いた顔になる。
「あら、思ったよりは悪くはありませんわね?」
「だろう?」
「ええ、私の場合はペロンほどではありませんが、少なくともこの味が嫌いと言う事はございませんね」
「良かった、じゃあ後で僕が刺し身の作り方を教えるから、今度からペロンが大きな魚を釣ってきたら、刺し身を作ってあげてよ。
僕も刺し身は好きだから食べたいし」
「かしこまりました。
そういえば先ほどペロンが言っていた、イケヅクリという料理はどんな物なのでしょうか?」
「ああ、活け造りねえ・・・」
それと刺し身の違いを説明するのはちょっと難しい。
そもそも刺し身とお造りの違いを説明するのが難しいのだ。
実質同じ物だしね。
俺がどう説明しようかと悩んでいると、ペロンが勢いよく答える。
「イケヅクリはサカニャを生きたままサシミにするのですニャ!」
「ええ?生きたまま?」
「そうですニャ!」
「魚を生きたまま・・・そんな料理があるのでございますか?」
うわ!ペロン、ズバリと言っちゃったよ!
直球過ぎるだろ!それ!
そして、やっぱりキンバリーは誤解したみたいだ。
ペロンも間違っているとは言えないんだが・・・
う~ん・・・
「うん・・・正確に言うと違うんだけど、まあ、そんな感じかな?」
「そのような事が可能なのですか?」
「可能だけど、少なくとも僕には出来ないな」
刺し身ならまだしも、魚の活け造りなど、とても俺の腕では出来ない。
ペロンに活け造りを食べさせたギョーシンさんとやらは、釣りの腕もさる事ながら、板前としての腕前も相当なようだ。
「それにしても生きたまま料理にするとは、少々残酷なような気もしますが・・・」
あ、やっぱりそう思うよね?
でも、あれ実はすでに死んだ状態だから。
どう説明したらいいだろう?
一応要点だけ言っておくか。
「いや、あれもう死んでいるから」
「え?生きているのに死んでいるとは?」
俺の説明にキンバリーはさらに混乱したらしい。
そりゃそうだよな。
「ほら、トカゲとか尻尾を切って逃げるけど、しばらくは尻尾も動いているでしょ?
それと同じなの。
実は料理した段階で死んでいるんだけど、しばらくは魚が動くから、一見生きているように見えるだけなんだ。
だから「活け造り」って言うんだよ。
活け造りのイケっていうのは、生きているとか、活きが良いって意味だから
本当の意味で生きている訳じゃないんだよ」
「なるほど」
俺の説明はそれなりに的確だったらしく、キンバリーも今度はかなりわかったようだ。
「でもそれは難しいから出来る人は滅多にいないんだ。
僕にも出来ないよ」
「そうなのでございますか?」
「うん、そう」
「え?じゃあイケヅクリはもう死んでいる料理なのかニャ?」
「うん、そうだよ、正確にはね」
「そうニャンだ・・・」
何かペロンはちょっと残念そうだ。
その気持ちもわからないでもない。
ペロンの感覚って、俺と同じで小学生男子的な部分があるからね。
男の子って、活け造りとかで、魚がピクピク動いているのを見ると、はしゃぐもんな。
それが実は死んでいると知ったら、ちょっと残念な気持ちはわかる。
まあ、仕方がないか。
「うん、そういう訳だから活け造りは無理だけど、刺し身はこれから食べられるんだ。
僕も刺し身は好きだから、これからペロンも大きな魚を釣ってきたら刺し身にして一緒に食べようよ」
「はいですニャ」
「じゃあ、キンバリー、今夜の所は残りの魚を煮魚か焼き魚にして夕飯にしてね」
「かしこまりました」
こうして我が家では、和食の時にはたまに刺し身がでる事となった。
エレノア禁断症状の出た俺だったが、ペロンのおかげで3日間を楽しく過ごす事が出来た。
そして謹慎解除後の4日目は、1日中エレノアに抱きついていた事は仕方がないと我ながら思う。
うん、仕方がない。
しかし、今回のメディシナーでの事は色々と大変だった。
特にクサンティペの一件は予想外だったが、もしレオニーさんやレオンと会っていなければ、どうしていただろうか?
俺はベッドで一緒に横になっているエレノアに聞いてみた。
「ねえ、エレノア?
ずっと聞きたかったんだけど、もしレオニーさんやレオンがいなかったら、あの件はどうするつもりだったの?」
「あの時はまだ状況がわかりませんでした。
しかし状況がわかれば、私は場合によっては、ボイド家と正面切って戦いを挑んだかも知れません」
そうか・・・それじゃもしかしたら、あの時点で休暇をあげていたら、エレノアはグレイモンの時のように、一人でボイド侯爵家に出向いて、ボイド侯爵家を潰そうとしたのかも知れない。
そうしたら本当に戦争になっていたかも知れない。
そうはならなくて良かった・・・俺は今回の一件が無事に終わった事に本当にホッとしていた。
俺は戦争になっても戦う覚悟はしていたが、やはり戦争などはない方が良い。
こうして4日目は一日中エレノアを堪能し、5日目を迎えた朝、エレノアは言った。
「御主人様、そろそろ新しい奴隷を探しましょう」
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