0106 ペロンとバロン

 俺はペロンとロナバールの街を歩いていた。

行きかう人々は、帽子を被り、マントを羽織って、長靴を履いたペロンが意気揚々と歩いているのを見ると、大抵は驚いている。

まあ、確かにエレノアとは別の意味で目立つよねぇ・・・

注目を浴びても、ペロンは特に気にする事も無く、普通に歩いている。

おそらくメディシナーや他の町でもそうだったんだろうな。

たまに子供が近寄って来て声をかけてくる。

 

「ネコさん、ネコさん、どうして歩いているの?」

「ボクは猫じゃなくて、妖精のケット・シーですニャ。

 今度この町に住む事になったので、よろしくお願いしますニャ」

「わ~!しゃべれるんだ!すご~い!」


感心した子供と握手をした後に、手を振って別れる。

やがて俺たちは、人々でごったがえしている屋台街へつく。


「ここは屋台街だよ。

色んな物を売っているけど、騙そうとする人間や、贋物を売っている場合もあるから気をつけてね」

「はいですニャ」


そう、俺は初めてこの屋台街に来た時に、屋台の親父に偽金貨使い呼ばわりされて、サーマル村長に助けてもらったっけ・・・

それも今は懐かしい思い出だ。

俺が昔の思いにふけっていると、ペロンが尋ねてくる。


「サカニャを売っている店はありますかニャ?」

「魚か・・・そういえば、屋台ではあまり見ないなあ・・・」

「この町に川はありますかニャ?」

「ああ、確かあるはずだよ」


ロナバールには町の西側をブリーコ川という川が流れている。

ロナバールの上水道は、その川の水を取って町に配水しているはずだ。

その川の支流が町の中にも流れているのを俺は聞いていた。


「行ってみるかい?」

「はいですニャ」


俺とペロンは街の中にある川へ行くと、そこではそれなりの人たちが川で釣り糸を垂れていた。

その川を覗き込んでペロンが嬉しそうに話す。


「この川は、とてもサカニャがいそうですニャ!」

「ああ、ここは河口も近いから、海と川の魚の両方がいそうだね」

「そうですニャ!」

「ペロンは釣りが出来るのかい?」

「はい、釣りは大好きですニャ」

「では、明日は道具を買って、ここに釣りをしにきてみるかい?」


俺が釣りを提案すると、目を輝かせて答える。


「それは是非したいですニャ!」

「じゃあ、後で道具を買いに行こうか?」

「賛成ですニャ!」


俺たちは次に魔法協会へと向かう。


「これは魔法協会だよ。

大きいだろう?」

「はい、メディシナーの魔法協会と同じくらいに大きいですニャ」

「ああ、両方とも管区支部らしいからね」


ロナバールもメディシナーも都市としてはかなり大きいので、どちらも周辺の町や村などをまとめる管区支部としてまとめ役をしている。

メディシナーではメディシナー一族が基本的に都市と魔法協会の運営もしているようだが、ロナバールでは魔法協会とは別に、市議会があり、市長がいて、各有力貴族と合議制の運営をしているらしい。

一応その上には帝都から派遣された総督と言うのがいるらしいが、ほとんどお飾りで、ロナバール市が帝国に良からぬ考えでもしない限り、放任自治とされているようだ。


俺たちは魔法協会に入ると、受付にいたエトワールさんに声をかけられる。

いつも通り、シルビアさんも一緒だ。


「あら、こんにちは、シノブさん、しばらく見かけなかったわね?」

「ええ、ちょっとよそへ行っていたんですよ」

「そうなの?

 あら?ケット・シーじゃない?どうしたの?」

「ああ、このケット・シーはペロンと言って、我が家の同居人なんです。

 僕に仕えたいというので、食客として、我が家に住む事になったんですよ」


その俺の説明にシルビアさんが不思議そうに尋ねる。


「え?仕える?ケット・シーが?」

「そうですニャ。

ボクはシノブ様が気に入ったので、一生、シノブ様に部下として、仕える事にしましたのニャ!」

「へ~?凄いわね?ケット・シーを部下にしたなんて初めて聞いたわ」

「私も初めてだわ。

それにしても珍しいわね、今日は一日に二人もケット・シーが来るなんて」

「え?ここにケット・シーが来たんですか?」

「ええ、ロナバールに住んでいるらしくて、ここでもたまに見かけるわよ。

そのケット・シーがさっきちょうど来ていたのよ」

「へえ~?

 僕はペロン以外のケット・シーを見たことはありませんよ」

「そのケット・シーは何と言う名前ですかニャ?」

「名前は聞いた事がないからわからないけど、色は灰色で、いつも黒いシルクハットを被っていて、黒いマントを羽織っていて、黒い靴を履いていて、ステッキを持って歩いているわ」


それを聞いたペロンが叫ぶ。


「それはきっとバロンですニャ!

久しぶりなので会ってみたいですニャ!」

「そうなの?

あっ!ホラ、ちょうどあそこにいるわよ?」


エトワールさんの見る方向を見ると、確かにそこには灰色で黒いシルクハットを被って歩いているケット・シーがいる。


「あ、バロ~ン!」


ペロンが呼ぶと、それに気づいたのか、その灰色の猫がこちらへやって来る。

近づいてきてわかったが、妙に威厳のあるケット・シーだ。


「おや?

 ペロンじゃないか?

久しぶりだニャ」


ペロンと同じ、ケット・シーなのに、凄い渋いおっさん声だ。

ペロンの声は、どちらかと言えば、どこかの月に変わっておしおきする美少女戦士のような声だが、この灰色のケット・シーの声は、アトランティスの発掘した戦艦の艦長のような声だ。

灰色の毛並みに、黒いシルクハットとマントが良く似合う。

右手にはステッキを持ち、腰にはベルトで剣をぶら下げている。

首からは首飾りのような物を下げていて、その先端には名刺の4分の一ほどの大きさの銀色に光る、長方形の板のような物がついている。

これと似たような物をつけている人間をロナバールで何人も見た事があるけど、全員、銅板か、白い陶器みたいのだったな。

銀色の物をぶらさげているのを見るのは初めてだ。

このケット・シーだけ、何か特別なのだろうか?


「うん、すっごい久しぶりニャ」

「君は確か東の方から来た釣り師たちと旅をしているんじゃなかったかニャ?」

「その人たちは自分たちの国に帰ったニャ。

今はこの御主人様と暮らしているのニャ」

「ああ、そういえば君は長老から人間に仕えるように言われたのだったニャ」

「そうニャ。

バロンも相変わらず正義の味方なのかニャ?」

「もちろんだニャ。

 正義を執行するのに終わりはないのだニャ」


え?正義を執行?


「あの、私はシノブ・ホウジョウと申します。

 バロンさん」

「これは御丁寧な挨拶痛み入りますニャ。

 私の事は、どうかバロンとお呼びくださいニャ」

「え・・と、ではバロン、正義を執行するとは?」

「うむ、私はこの世に蔓延る悪を滅するために日夜精進しておりますのニャ」


ケット・シーが悪を退治?

俺が不思議そうにしていると、ペロンが説明をする。


「バロンはケット・シーにしては珍しく攻撃魔法を使えるのですニャ。

レベルも180以上で、すっごく強いですニャ。

ボクに剣術を教えてくれたのもバロンですニャ。

それであちこちで悪い奴らをやっつけているのですニャ」

「なるほど」


ペロンの剣術の師匠でもあったのか?

確かにレベル180のケット・シーとは中々凄い。


「ええ、全く、世に悪の種は尽きませぬからニャ。

このロナバールは人が多い分、良からぬ輩も多いですニャ。

正義にも終わりはないのですニャ」

「確かに」

「バロン、今度時間があれば、一緒に釣りに行くニャ。

この町の川は、とてもサカニャがたくさんいるニャ!」

「うむ、そうだなニャ。

君と一緒に釣りをするのも久しいからニャ」


どうやらこのバロンも、ペロン同様釣りが好きで、釣り仲間らしい。


「ボクはこの御主人様の家に住んでいるから時間があったら訪ねて来るニャ。

場所は7番通りの5番地ニャ」

「わかったニャ。

今日の所は用事があるので、これで失礼をするニャ。

いずれ時間が出来たら君を訪ねに行くニャ」

「楽しみにしているニャ~」

「では、ペロン、ごきげんようニャ。

お互いにこのロナバールに住んでいるのならば、また会う機会もあるだろうニャ」

「うん、今日は会えて嬉しかったニャ。

またニャ、バロン」

「うむ、では、さらばニャ。

シノブ殿もごきげんよう」

「はい、いつでもうちに遊びに来てください」


バロンはうなずいて俺に会釈をすると、そのまま去っていった。

ペロンは旧友に会えて満足した様子だ。


「じゃあ、もう少し町をブラブラしながら釣り道具を買いに行くか?」

「はい、お供しますニャ」


俺たちは魔法協会を出て街を再び歩き始めた。

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