0098 80年ぶりの再会
俺たちはメディシナーへ急ぐと、まずはパラケルス・メディシナーその人に会いにいった。
本来ならば最高評議会議長の家など、そう簡単に入れる物ではないが、何しろ曾孫が二人もいるので、すんなりと全員が入れた。
まずはレオニーさんとレオンが挨拶をする。
「曾祖父様、お久しぶりです」
「よお、曾祖父ちゃん!久しぶり!」
「おお、レオニーとレオンか、久しいな、元気か?」
二人はお気に入りの曾孫らしく、パラケルスさんも嬉しそうだ。
「はい、元気です。
今日は曾祖父様に最高評議会議長としてのお願いにあがりました」
「ほう?何かな?」
「私とレオン、そしてこちらのシノブさんのPTM術者登録をしていただきたいのです」
その言葉にパラケルスさんが驚く。
「何?お前たちPTMが使えるようになったのか?
しかしこのメディシナーでは、あの女が妨害していたはず、どうやって覚えたのだ?」
「ええ、全てこのお方のおかげですわ。
曾祖父様?この方を見たら驚きますよ?」
いたずらっぽい笑いを含めて、レオニーさんが後ろにいて、フードを被っていたエレノアを紹介する。
「ん?誰かな?」
その質問にエレノアが前に出ると、スッとフードをはずして答える。
「私ですよ。
パラケルス・メディシナー」
その姿を見ると、パラケルスさんは口を開けて、小刻みに震え、無言となる。
信じられないと言った表情で、口からは嗚咽が漏れ始める。
「お・お・お・・・うぅ・・・」
次の瞬間、パラケルスさんは椅子からよろよろと立ち上がり、ゆっくり前へ進むと、しっかりとエレノアの両手を握り、涙を流しながら言葉を紡ぐ。
「先生・・・グリーンリーフ先生・・・!」
グリーンリーフ?
それがエレノアの本名、いや苗字なのか?
そういやいつもエレノアはエレノアで、姓を考えた事もなかったな。
しかも先生って事は、この人の師匠?
メディシナーの最高評議会議長の師匠って、うちの奴隷はどんだけ大物なんだよ!
「はい、お久しぶりですね。
パラケルス、あなたも息災な様子で何よりです」
「はい、お蔭様で、先生も昔と全くお変わりなく・・・」
その二人の様子を見ていたレオンが驚いて叫ぶ。
「え?え?グリーンリーフ先生って・・・
まさか?エレノア・グリーンリーフ先生?」
驚くレオンハルトにエレノアがニッコリと笑って答える。
「ええ、そうです。
レオン、私はエレノア・グリーンリーフです。
あなたは私のファンだそうで、今まで黙っていて申し訳なかったですね」
「そういう事よ、レオン、私がそうして欲しいと先生にお願いしたのよ。
悪かったわね」
「ええ~っ?そりゃねえよ!姉さん!」
「こうしないと、あなたは修行に身が入らなかったでしょうからね」
「シノブ!お前も知っていたのか?」
「半分はね、何かうちの師匠がお前さんの憧れの人らしいってのは聞いていた」
「あほ!それじゃ半分じゃなくて全部じゃないか!」
「まあまあ、結果として、あなたは希望通りに憧れの人にPTMを教わる事が出来てよかったじゃないの?」
「そりゃそうだけどさ~」
一ヶ月間まんまと騙されていたレオンハルトは頭を抱える。
「俺はそれこそ、こーんな小さい頃からエレノア先生に憬れて、絶対に俺はこの人にPTMを習うんだって思ってたんだぜ?
それをさあ・・・」
そんな小さい頃からか?
ある意味グレイモンより凄いな?
エレノアって、あっちこっちで罪な女だなあ・・・
まあ、エレノアのせいではないんだけどもさ。
文句を言うレオンにレオニーさんが謝る。
「騙したのは謝るわ。
でも、こうでもしないと、あなたは修行にならないと思ったから。
それに考えてもごらんなさい?
ここにいる人は全員兄弟弟子、これであなたは曾祖父様の弟弟子でもあるのよ?」
「そうか・・・そういや、そうだな・・・」
レオニーさんにそう言われると、まんざらでもない様子で、レオンは機嫌を直したようだ。
どうやら、メディシナーでのエレノアの存在は、俺の想像以上に大きいらしい。
俺がそんな事を考えていると、エレノアがパラケルスさんに問いかける。
「ところで、ガレノイドは大丈夫ですか?」
エレノアの質問に、パラケルスが機嫌よく答える。
「ええ、彼もメディシナー1号から10号までも、全員あの当時のままで、元気に働いておりますよ。
さすが先生の作品です。
アイザックのガレノイドはもちろんですが、PTMジャベックたちも百年以上経った今でも、変わらずに動いていて素晴らしいです。
私の方が老いて役に立たなくなったほどですよ」
え?エレノアの作品?
アイザックとPTMジャベック?
それって確か始祖のガレノスさんの三高弟の一人とかいう凄い人が作ったアイザックとジャベックだよな?・・・って事は?
「ちょっと待って!
エレノアって、ガレノス三高弟の一人だったの!?」
俺の質問にレオニーさんがエレノアに問いただすような視線で見つめると、エレノアがうなずく。
「構いません、レオニー、ここまで来れば、もはや御主人様にも隠す必要もありません。
メディシナーの私に関する事は、話しても問題はありません。
ただし、説明するのはあくまでメディシナーでの事にしておいてください」
すると、レオニーさんが厳かに俺に説明をする。
「承知しました、グリーンリーフ先生。
ええ、そうです。シノブさん。
あなたの奴隷で師匠でもある、エレノア・グリーンリーフ先生は、メディシナーの始祖であるガレノス様の三高弟の御一人で、私の曽祖父パラケルスの御師匠様でもあります。
そして今では我々全員の御師匠様です。
ちなみに三高弟の残りの二人は、ガレノス様の息子とその妻、つまりパラケルス曾御爺様の曾祖父母でもあり、私とレオンの御先祖様でもあります。
しかし三高弟の中でも、グリーンリフーフ先生は別格です。
PTMアイザックであるガレノイドや、PTMジャベックたちを作ったのもこの方です。
そしてメディシナー独立戦争の英雄でもあります。
他国からメディシナーが攻め込まれた第一次侵攻の時、この方がたった一人で数万のタロスとジャベックを操り、戦線を維持して、他国の侵攻を退けたのです。
ある意味、ガレノス様以上にメディシナーに貢献した方で、「メディシナーの母」とも言われております。
事実、ガレノス様も『エレノアがいなければ、メディシナーはなかった』と言う言葉を残されています。
その功績を称えて、メディシナーの名誉最高評議員の称号もお持ちです。
また、ガレノス様の息子でもあり、三高弟の一人でもある、アスクレイ・メディシナー様は、生前にメディシナー一族の者を全員集めて
『メディシナーの者は、決してエレノアの言葉に逆らってはいけない。エレノア無くしてメディシナーは無かったのだから。エレノアも、もし生きている間にメディシナー一族が堕落したならば、それを廃し、自らがメディシナーの指導者になり、導いて欲しい』
と言い残されています。
この方無くしてメディシナーは存在しませんでしたし、例え、メディシナー一族の者と言えども、この方に逆らう事など許されません」
「え~っ!?」
そのレオニーさんの話を聞いて、俺は心底驚いた。
まさかエレノアがそこまで凄い人物だったとは・・・
独立戦争の英雄?
メディシナーの母?
名誉最高評議委員?
トンでもない単語がゴロゴロと出てくる。
確かにエレノアは一人で三個師団以上に匹敵するとは思っていたが、本当に戦争でそれをやって、一人で国を一つ守っていたとは驚き以外の何物でもない。
じゃあ、三高弟だけじゃなくて、メディシナーを守った戦闘に長けた弟子っていうのも、エレノアの事だったんだ!
俺の奴隷になって以来、エレノアには驚かせられる事ばかりだが、今回のは極め付けだ!
「それじゃ、あの時、レオニーさんに見せていたのは?」
「ええ、あれはガレノス最高勲章と名誉最高評議員の称号印です。
その両方を所持している方は、この御方以外にはおられませんから、私達にもすぐにわかったのです」
「そうだったんだ・・・」
俺がエレノアの正体に驚いていると、レオンがからかうように俺に話しかけてくる。
「なんだ?シノブ?お前、自分の師匠が何者かを知らなかったのかよ?」
「ああ・・・」
「ははは・・・何だ、じゃあ騙されていたのは俺だけじゃなかったって訳だ!」
レオンは騙されていたのが自分だけではないと知って上機嫌だ。
「どうやらそうみたいだな・・・」
なるほど、エレノアが正体を明かした時に、レオニーさんがあれほど驚いたのはそういうわけだったのか・・・確かにこれなら、あの時レオニーさんたちが涙まで流して嬉しがったのがわかる。
メディシナーの人たちにとって、中でもメディシナー一族の人たちにとっては、エレノアはそれこそ生き神様のような存在なのだろう。
そして、エレノアがレオニーさんを試すような言動をした事も、メディシナー家の一員であるレオニーさんよりも、この事態を憂いている人物だと言い切った事も、全ての意味がわかった。
それにしても俺の師匠は本当に凄い人だったんだな~
いや!そんなもんじゃない!
本来なら俺なんかが手も届かない雲の上のような人だ。
本当になんでそんな人物が俺の奴隷になったんだろう?
しかし、そんな凄い人がこのまま俺の師匠、いや、奴隷でいてくれるのだろうか?
このままここに残るとか言い出したらどうしよう?
俺が不安げにエレノアを見ると、エレノアは俺の表情から察したのか、いつものように微笑んで、俺に話しかける。
「大丈夫です。
エレノアはいつまでも御主人様に御仕えいたしますよ。
御安心ください」
それを聞いて俺も一安心した。
そのエレノアの言葉を聞いてレオンが俺を羨ましがる。
「ちぇ!全く羨ましい奴だよな!
まあ、いいか!今は俺もグリーンリーフ先生の弟子になれたんだしな!」
「ええ、さあ、早く私達もPTM術者として登録していただいて、評議員になりましょう」
レオニーさんがそう言うと、パラケルスさんもうなずく。
「そうじゃな、積もる話はその後じゃ」
こうして俺たち3人はPTM術者として登録するために、登録証明のためのPTM魔法結晶を作成する。
その魔法結晶を確認したパラケルスさんが、俺たちをPTM術者として登録をする。
俺たちはそのまま次は最高評議会評議員として登録申請をした。
書類が受理されて評議員として認められるのは翌日となる。
その後、5人で食事をして、作戦を立てながら積もる話もした。
義母である、監督者クサンティペの処置を話したレオニーさんたちに対して、パラケルスさんはため息をつきながら話した。
「では、やはり取るべき方法は、それしかないと?」
パラケルスさんの問いにレオニーさんがうなずいて答える。
「はい、時間を与えたら、あの女はあらゆるつてを使って、自分の判決を延ばし、最終的には無罪を押し通すのは目に見えています」
「賛成だね、俺もそれしか方法はないと思う」
姉に賛成し、うなずくレオンハルトにパラケルスさんがさらに疑問を問いかける。
「しかし、流石にそこまでしたらボイド家の連中が黙ってはいまい?
わしらが今まで動かなかった理由も、一番大きな理由はそこにあるのだから」
「いいえ、逆です。パラケルス」
「グリーンリーフ先生?」
「その決意が無かったからこそ、現在のこうした事態を招いてしまったのです。
ここはメディシナーの意志を、はっきりと世間とボイド家に示さなければなりません。
そもそもレオンは命までも狙われたのですよ?」
エレノアの言葉にレオニーさんとレオンもうなずく。
「私もグリーンリーフ先生のおっしゃる通りだと思います」
「俺もだぜ」
「確かにな・・・その通りかも知れん・・・わしは臆病だったのかも知れん。
この平和なメディシナーを戦乱に巻き込みたくないために、あの女の専横を許していたが、それが間違いだったのかも知れん」
「そうだよ、曾祖父ちゃん!
始祖ガレノス様以来の、メディシナーの決意を見せてやろうぜ!」
「そうです、曾御爺様、メディシナーはいざという時は、例え血が流れようとも、怯まぬ者だという事を世間とボイド家に示さねばなりません!」
レオニーさんとレオンの言葉にパラケルスもうなずいて答える。
「ああ・・・そうだな、しかし流石に御一人でこのメディシナーを守りきった方の言葉は、重みが違う」
「いいえ、今は一人ではありません。
私と御主人様、この弟子が一緒ならば、それこそ十万以上の兵がメディシナーに攻め込んで来たとて、必ず防いで見せます。
安心して事に当たってください、パラケルス」
エレノアの言葉に俺も無言でうなずく。
そう、今回の事は一つ判断を誤れば、場合によっては、このメディシナーが戦場になるかも知れないのだ。
エレノアもレオニーさんもレオンも、その覚悟で話しているのだ。
その時は俺もメディシナーのために戦おう。
正直、今の俺にとって、メディシナーはそれほど、思い入れ深い町ではない。
なんと言っても、ここに来てから、まだ二月も経っていないのだ。
それどころか、この世界に転生してから、まだ半年も経っていない。
しかし、ここでレオニーさんやドロシーさん、オーベルさんやルーベンさん、ペロン、アリスと色々な人たちに出会った。
そしてレオンとは一ヶ月の短い間だが、一緒に修行もした仲で、今では親友と言って良い。
その人たちを守りたい気持ちはある。
そして何よりここはエレノアの思い出深い町で、エレノアが守り、育んだ町なのだ。
はっきり言って、俺はメディシナーのためではなく、エレノアの思い出のために戦う決心をしたのだ。
俺はエレノアの思い出を守るためにも、例え戦いになったとしても、全力でこの町を守ろう!
俺が心でそう決心を固めていると、パラケルスさんも決心したように大きくうなずいて返事をする。
「はい、私も曾孫たちや先生の言葉で目が覚めました。
こうなれば、私もあの女と戦いますぞ!」
「ああ、その意気だぜ、曾祖父ちゃん!」
こうしていかに議会を進めて、その後をどうするかの話し合いが続いた。
次の日になると、ひそかにガレノイドを呼び、6人でさらに細かい作戦を立てる。
俺たち3人の評議員登録も無事に受理されたようだ。
最高評議会も明日に迫ってきて、いよいよ決戦だ!
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