0056 テレーゼ

 家に帰って、俺はエレノアに話かけた。


「ねえ、エレノア・・・一つ聞きたい事があるんだけど・・・」

「何でしょう?」

「そのう・・・もし仮に自分そっくりの人形があったとして、それをあの伯爵に抱かれるのは嫌だろうか?」

「え?」


俺の言っている意味がわからなかったようで、エレノアが俺に問い返す。


「いや、結果としてはこうなったけど、僕はあの伯爵の気持ちが痛いほど、よくわかるんだ。

確かにあいつのやり方はだめだけど、でも男として気持ちはよくわかる・・・

それに・・・」

「それに?」

「その・・・もし、今から僕よりも能力の高い奴が出てきたら、エレノアはそいつの所にいっちゃうの?」


俺は帰り道にその事を考えていたのだった。

あいつは例え見てくれだけとはいえ、あんなにエレノアに惚れていたのに、俺より能力が低かったがために15年も想い焦がれていたエレノアを結局は自分の物にできなかった。

では、もし俺よりも能力が上の者が現れたら?

エレノアは俺の下を去って、そいつの所に行ってしまうのだろうか?

それとも俺はそいつと勝負をさせられて、今日の伯爵のようになってしまうのだろうか?

それを考えると俺は怖くなってしまったのだ。


「そんな事はございません。

例え御主人様よりも能力が上の人間がいたとしても、私はすでに御主人様の奴隷です」

「でも、エレノアは僕に何かの能力があるから仕える気になったんだろう?

もし今からでも僕よりその能力がある奴がいたら?」

「確かに最初はそうでした。

しかし今は御主人様自身に忠誠を誓っております。

たとえ、御主人様よりもその能力が高い人物にあったとしても、今から鞍替えするような事は絶対にございません。

どうか、御安心ください」


その返事を聞いて俺は心底ホッとした。


「ありがとう、でも・・・あいつは僕なんだよ。

あいつを卑怯者と言うのは簡単だ。

だけどあいつの気持ちだけは痛いほどわかる。

僕だって、ひょっとしたらああなっていたかも知れない・・・

いや、今からだって、もし誰かにエレノアを取られるなら何をしでかしたっておかしくない。

気が狂って、それこそそいつを殺しかねないよ」

「御主人様・・・」

「だからあいつにも少しは救いをあげたいんだ」

「救い?」

「うん、あいつは要はエレノアの見てくれが好きなんだろう?

それだったらエレノアにそっくりのジャベックを作ってやったらどうだろう?」

「それは・・・」


やっと俺の意図がわかったらしいが、エレノアはさすがにためらいを見せる。


「ただ、これは僕のわがままだから・・・

もしエレノアが例え人形といえども、自分とそっくりな物が、あいつに抱きしめられるなんて、いやだって言うなら無理は言わないよ」

「私より、御主人様はどうなのですか?

それで良いのですか?」

「正直言って嫌だよ。

エレノアじゃなくて、そっくりの人形だったとしても、それが他人に抱きしめられるなんて考えたくもない。

でもあいつは自分の全てを賭けたんだ。

結果としてそれは免れたけど、あいつの覚悟は嘘じゃなかったと思う。

だから、せめてあいつには・・」

「御主人様は御優しいですね」

「多分違うと思う、これは臆病なだけだよ」

「わかりました、私が精魂こめたジャベックを作って、あの人にあげましょう」

「ありがとう!エレノア」

「いいえ、それで御主人様と、あの人の心が安らぐなら・・・」


こうしてエレノアは自分の姿をしたジャベックを作り始め、俺はその製作を手伝った。



1週間後、俺たちは再びグレイモン邸を尋ねた。


「伯爵はいるか?」


俺の質問に例の執事が慌てて対応する。


「こ、これはシノブ様にエレノア様、主人は今、そのう・・・」

「構わない、会わせてもらうぞ」


強引に屋敷の中を突き進み、伯爵のいる大広間に入ると、そこは酒臭かった。

そして当の本人は酒瓶を持って床に寝転がっていた。

どうやらあれから1週間の間、自暴自棄になって酒を飲んでいたらしい。

まあ、気持ちはわかる。

何と言っても15年間の想いを俺のような小僧に掻っ攫われた訳だからな。

無理はないと思った。

俺たちを見ると、酔っ払って床に寝ているグレイモン伯爵が寝たまま話しかけてくる。


「いよう・・・小僧とエレノアか・・・はは・・何の用だ?

今度は私をあざ笑いに来たのか?

構わんぞ?歓迎する。

遠慮しないで好きなだけ笑っていけ。

見物料はもうもらっているからな」

「伯爵、お前に渡したい物があって、やってきた」

「渡したい物?」

「ああ、エレノアが1週間かけて、精魂こめて作ったジャベックだ」

「1週間?ジャベックだと?」

「そうだ、名をテレーゼと言う」

「テレーゼ?」

「ああ、本気で全てを賭けたお前に対する、俺とエレノアからの賞賛だと思ってくれ」

「賞賛?・・・はっ、負け犬への残念賞か?ありがたい事だな」

「そう思ってくれても構わない。

 いらないなら持って帰るが、どうする?」

「・・・いや、謹んでいただこう」

「では、これを放るときに、「起動、テレーゼ、グレイモン」と言ってくれ。

それでこのジャベックは完全に起動して、お前のしもべとなる」


俺は床に寝ているグレイモンに、エレノア特製のグラーノを渡す。

それをグレイモンは、プルプルと震える手で何とか受け取る。

そして光沢のある金色と緑色の上下2色に分かれている魔法のドングリをじっと見つめて呟く。


「私の・・・しもべ・・・?」

「ああ」


床に転がっていた伯爵は、よろよろと立ち上がると、グラーノを放って、思いのほかしっかりとした声で叫ぶ。


「起動!テレーゼ!グレイモン!」


すると、部屋の中をパアッ!と光が満たし、グレイモンの目の前にエレノアそっくりの人物が現れる。

その人物がグレイモンに微笑んで話しかける。


「テレーゼ、起動いたしました。

 どうぞ、御命令を、御主人様」


テレーゼというのはエルフの古い言葉で「代行者」という意味だそうだ。

このテレーゼはまさしく伯爵に対してエレノアを代行する者な訳だ。

声ももちろん、エレノアその物に聞こえるし、姿はどこからどう見てもエレノアそのままに見える。

そのあまりの出来栄えにグレイモンが驚く。

でも実はちょっとだけ俺がエレノアに頼んで、本物より胸を少し小さくしたのは内緒だ。

しかしテレーゼは魔法も魔道士級にこなせるし、かなり複雑な日常会話も可能で、レベルが100もある万能ジャベックだ。

これほど高性能なジャベックはそうそういないだろう。

何しろあまりに高性能なので、出来上がったテレーゼを見て、伯爵にあげるのが惜しくなった俺が、そのまま俺の二号さんにしたくなったほどだ。

伯爵はテレーゼを見て、一気に酔いも醒めた様子だ。


「これは・・・!」

「それはもうお前の物だ、好きにしろ。

 ただし誰が作ったとか、俺たちからもらったとか、絶対誰にも言うなよ?」

「わかった、礼を言う」

「では用事は終わった、さらばだ」


俺が帰ろうとすると、伯爵が止める。


「待て!」

「何だ?まだ何か用なのか?」

「いや、もう用はない・・・」

「?」

「・・・用はないが、もしお前が何かで困った時は、私に相談に来い!

 必ずだ!いいな?シノブ!」

「・・・ああ、わかったよ、その時はよろしくな、グレイモン」


こうしてグレイモン事件は無事終わったのだった。

ただし、この件には後日ちょっとした付け足す話があった。

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