WORLD OF SURVIVORS 1-2 花田直哉
俺はまずエレベーターに烏丸達を移動させた。少しですが情報はあります。そう呟いてからエレベーターの中で長野の持っていたスマホを取り出した。すると烏丸以外の三人がサングラスをかけ直して一度天井をみる仕草を見せた。その姿はつい先ほどから世界に蔓延している映像への警戒心が見て取れる。
「大丈夫です、この動画には強い光は映っていないです。残念ながら長野は死んでしまいました。ですがこの音声は犯行グループがテロ事件で使用した映像にメッセージが流れていたことを証明しています」
烏丸がぼそりと呟いた。「死ぬ間際にメッセージを読み上げて録画していたのか」俺はすぐに「はいそうです」と答えた。
「長野さんのことは残念だ。もちろん救急車は呼んである。鑑識も優先でこちらに向かっている。まず現場を見る前に君の話を聞こうじゃないか」
「今回のテロで上層部どころか世界の警察が動き出した。俺たちの組織が人命救助できる可能性はゼロに近い。大半が事後的な処理に追われることになるだろう」
多くの部下を失った俺は泣きべそをかく寸前で口をギュっと閉じて堪えた。テロの実態解明がなされても死んだ人々は戻ってこない。デスクルームにいる社員達にもっと警戒を促しておくべきだった。全員が黙り込んだ瞬間にエレベーターは屋上に到着した。扉が開くと鈴井達の声が聞こえてきた。エレベーターの外に出て屋上スタジオの入り口がある十メートルほどの通路で刑事達は俺の持つスマホに耳を近づけた。俺は長野のスマホを操作して真っ暗な動画を再生した。
「人類を少しばかり…削減すること。が、目的だった。有害なサイトや誹謗中傷。本来生き残る…べき…人類を減らす事…直結しているその他多く…コンテンツやそれに」
「クソっ 俺も関わっていたって言うのか?」
「俺の有害判定は…B、いてもいなくても同じ…。でも犯罪で捕まった…人間。そ、れを根掘り。調べる、…は視聴的観点…おいてやや有害」
全員が黙り込んだ。世界中のどこかでいずれ同じような音声データや映像ファイルが見つかる可能性が高い。特に気になる点が一つある。それは犯行グループがハッキングを生業としているのであれば彼らも削減されるべき人類だということだ。サイバー犯罪対策課の小原がまず語った。
「なるほど犯行グループもハッカーだから、彼らも死ぬということになる。これは海外の情報でもまだ見聞きしていないものだ。この証拠を残せた人間が後どれくらい存在するかによっては一連のテロ事件を解明することができるかもしれないな」
今日の残り時間でシーイングスケアリーの謎が解決することはないだろう。どんなに優秀な刑事がいても世界を支配している人間が解決のために動いたとしてももう遅い。俺はスマホを見てクロックイズヘッドの生配信を再生した後に音量を下げた。この会社はこれから先やっていけるのだろうか。
「小原さんが俺たちの配信を可能にしてくれていたのですよね。まさか犯人グループが次のテロのために俺たちを利用しているわけではないですよね。と思うのですが」
小原は配信スタジオの方を見やってから自分のスマホを取り出した。
「その通りです、かなり強めのファイアーウォールを仕掛けています。簡単に説明すると「ハッキングが完了した」とあちら側のプログラムに嘘をついてコンピューターウイルスを満足させることでこちらの安全を守る。そういえばあなたでも理解できるかもしれないです」
そんなことが可能なのだろうか。サイバー犯罪対策課にもハッカーのようなことができる人間がいる。当たり前のことなのだろうか。
「何となくわかるような気がします」
「犯行グループが世界の通信をジャックできたことに関してはまだ信じられない、というよりはあり得ないとしか言いようがないです。まさかここまで出来るとは思わなかった」
目の見えない烏丸が「待てよ」と叫んだ。須藤は烏丸に耳打ちをした。「スタジオの皆さんに迷惑をかけない声量でお願いします!」
「おっと悪かったな。先ほど録画した長野さんの声を聞いただろ。人類を減らすというキーワードなのだが。そんなことを言えるのは宇宙人か神しかいない。あるいは怒りを抱いた地球がウイルスを生み出しただとか、昔からそういう映画やアニメがあるじゃないか」
小原が「フン」と頷いて相槌を打った。
「犯行グループも死ぬ可能性が高い。大規模な集団自殺を起こしたというのはやや疑わしい」
烏丸は続けた。
「世界規模の動画配信をハッキングできるということは、国家がらみの線があるのではないか?神の次に偉い人間なら国の数だけいるじゃないか」
俺はスマホを持った腕を下ろした。人類の削減。その思想を現実のものとして実行する場合、得をするのは人間だ。その場合一部の悪質なネットユーザーを嫌う思想を持つ人間に賛同した者を選んでから実行に移すことが大前提になるのだが。そうとすればこのテロの首謀者は権力者の中でも特段大きな力を持つ人間の可能性が高い。烏丸の推理が本当ならますます手に追えない問題になってしまう。長野が何かを知っている上で生きていたなら暴露記事やゴシップはおろか、世界規模の大スクープを手に入れていたことになる。
「アメリカの大統領ですか?そんなわけがない。FBI長官だとかユーロポールなんかが一連の事件を企てているとでもいうのですか?」
ユーロポールは何となく違う気がするな。自分で言っていることも刑事達が語ることにも、とにかくわけがわからない。
小原はクロックイズヘッドの配信の音をスマホのスピーカーから出した。配信の声を遮るように語り始めた。メガネの奥にある目元を歪ませて眉間に皺を寄せている。盗聴やネットの履歴の監視防止を意識しているのだろうか。
「そうですね、宇宙人が襲来したのと同じくらい非現実的ではありますが。しっくりきます。現在多くの人間を攻撃している「見ると死ぬ映像」は死んだ人間が録画した場合にヒントを残すことができないように映像に光をまとわせて攻撃する型になっている。生き残る可能性がある人間にはヒントを与えない型もある。あらかじめターゲットを選んでいたのであれば可能ですね。烏丸さんは自分の所有物ではない無動明神のパソコンでシーイングスケアリーを見たにも関わらず自分のネット履歴が参照されている映像を見たようだから。位置情報や端末の履歴を利用して烏丸さんをターゲットにした生成映像を見せることができた」
烏丸は耳にかかっている包帯を持ち上げて耳の裏を掻いている。
「それが事実なのであれば警察の動きがなかった理由もわかる。逆にいえば一連の映像絡みの事件を捜査していても特に上から文句を言われるわけでもなかった」
二宮が配信画面を見ながらボソボソと呟いた。須藤は廊下の壁にもたれかかってからサングラスを外した。二人の若い刑事はスマホを取り出してクロックイズヘッドの配信動画を見る準備を始めている。
「結局最初から誰にも止めることが出来なかったのか。失敗する可能性がゼロならこんな酷いことにも偉いやつはゴーサインを出してくれるのか。ただの人殺しじゃないか。人類削減なんて馬鹿げている。一体それに何の意味があるんだ」
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