VS.SEEING SCARY 1-7 鈴井菜穂

 午後六時十五分 クロックイズヘッドビル屋上 鈴井菜穂


 ヒュードロドロドロ。懐かしの効果音がスタジオに響いた。私とユレちゃんは赤いライトに照らされている。角ばった棒状のライトは椅子を囲んで床に四本置いてある。想像とは違って小洒落たライトは十分すぎるほどの光量を備えていた。古典的な赤飛んだ雰囲気ではなくて配信向けに調整されていて尚且つ程よく映えるオシャレでムーディな演出を実現していた。今のスタジオの雰囲気は音楽番組の屋上で演奏するバンドみたい、やるじゃん松田。


「3、2、1」


「こんばんは!緊急特番クロックイズヘッドオカルト特集第一弾!シーイングスケアリーの謎を追え!時計は頭、頭は時計、クロックイズヘッドの鈴井菜穂だよ!そして今日はゲストが来ております」


 カメラがユーはレイちゃんを映した。収録スタッフが三人と花田、藍田が見守るスタジオはいつもと全く違う緊迫感が漂っていた。


「こんばんはっ貴方はすでに死んでいる。最後まで見ないと呪うからな!ユーはレイちゃんです!イェーイ」


 右まぶたを歪めた小岩さんの表情を作り手の甲を前に出して幽霊のポーズをとった状態でゆっくりと両手を振っている。その姿を見た私はあえて無表情でカメラの方を見た。すごい顔だな。


 奥にいる花田が電話をかけているようだ。藍田の肩を叩いて合図をしているのが見える。


 藍田がカメラに見切れるギリギリの距離まで近づいて何かを言っている。それと同時にスタッフがざわついたかと思うとユレちゃんが不自然に停止した。ユレちゃんにカメラが固定されているのを確認したスタッフが「藍田の方に近づけ」と合図を送っている。私は椅子から降りて床のライトを避けながら藍田に近づいて耳を傾けた。


「ユレちゃんが語る視聴者の体験談からのスタートでお願いします。どうやらシーイングスケアリーのテロが起きてしまったみたいです。世界の報道では心因性ショック死を起こす映像が拡散されて被害が多く見られているとのことです。どうやら有名な配信者の生配信を利用して拡散されたみたいです。イヤホンをつけてもらえますか。カンニング用の日本のテレビニュースを聞きながら配信をやっていただけるとありがたいのですが」


 ひそひそ声ではあるが強めの語気で藍田が叫んだ。


「都市伝説とシーイングスケアリーは別々には出来ません!」


 今持っている台本通りに配信を進めてしまうと放送事故どころかフェイクニュースになってしまうわけだ。烏丸と捜査をしている小原の推理は間違っていたようだ。クロックイズヘッドのモットーは嘘を流すくらいならコピペしてニュースにしろ!なのだ。どんな状況でも誰に何と言われようとポリシーを貫き通すのは絶対だ、危なかった。


「わ、わかった。私もイヤホンは持っているから自分のスマホでなんとかする」


 松田がいつになく冷静な面持ちで近づいてきた。眉間に皺を寄せてスッと息をついてから私と藍田に近づいた。


「こういう時のためにユレちゃんのデビュー曲のCMを用意していたので一旦放送を中止します。いや中止ではなくてCMに入ります」


 私は松田の肩を大袈裟に弾いた。


「助かる!ありがとう」


 ユレちゃんの正面まで腰を屈めて歩いた松田がカンペを出した。数秒停止していたユレちゃんはすぐにスイッチを切り替えた。彼女は打ち合わせの際にクロックイズヘッドのメンバーと警察とのやりとりの大半を知っていることもあり自分自身の配信で語っていたシーイングスケアリーが想像以上に危険なものだと言うことに恐怖を感じていたようだ。メイド服のスカートから見える脚が少し震えている。


「まず、配信の前に私のデビュー曲「リアニメイトするオーディエンス!それはお前ら」を紹介します!放送前にミュージックビデオを公開するから是非是非チェックしてね!お前らぁ!ちゃんと聴かないとまた死ぬぞぉ!」


 この娘はマゾっ気のあるファンを煽るタイプのキャラなんだ。拳を前に出したユレちゃんを見て私は感心した。私のモットーである視聴者の無駄な時間をクリエイトする。その観点から見て彼女は相当なレベルだといえる。リアルタイムで起きているシーイングスケアリーのテロとは悪い意味でマッチしていることが気になるのだが仕方がない。


 スタジオの撮影スペースに全員が集まった。撮影スタッフは自前のパソコンスマホでおさらいしている。スーツに着替えた花田とTシャツにジーンズ姿の藍田。私とユレちゃん。ADの松田は使えないカンペをスケッチブックから剥がしている。


 時間はいくらでも伸ばせる。とはいえ速急に現在の世界情勢を共有する必要がある。藍田がネットで拾った情報を声に出した。


「まずええと。ピーターロバートの配信を見ていた数人が地元警察に通報したことでツブキットのトレンドになったと。そしてピーターの乗っていた自家用ジェットがロサンゼルスの街中に墜落したとのことでした」


 私はフラついたユレちゃんの肩を抱いて支えた。


「待ってよ。話が大きすぎる。マジなの?」


「飛行機のパイロットが「ピーターが暴れている」「あの街に飛行機を落としちまえとピーターが叫んでいる」といった内容の通信記録が残っているようです」


 花田が赤いライトで反射しているガラスの丸天井を眺めた。


「流石にパイロットは動画を見てないからな。怖いなあ、どうするこの配信もジャックされる前に中止した方が良いよな」


 撮影スタッフが大声を出した。まさかシーイングスケアリーの映像がここまできているのか?


「花田さん!どうやら配信アプリ、ツブッチとブランチューブでジャックされていないの俺たちの配信だけ見たいです!」


花田は「うわあ」と呟いてから頭を抱えた。


「責任が重すぎるだろ、日本警察が守ってくれているわけ?どうするよ。他の配信はどうなっているの?」


 撮影スタッフの一人が自分のスマホを何度もスワイプしている。


「どの配信も画面は真っ白です。視聴者が全員死んでいるわけではないみたいで、コメント欄は動いています」


 藍田はメガネを掛け直して頭を掻きながら片手でスマホを触り始めた。


「今、クロへの配信視聴者はどのくらいなの?」


 撮影スタッフがどよめいた。それと同時に「おお」と叫んだ藍田がスマホを顔に近づけた。


「20M、二千万!生配信でエム単位って実在するんだ!」


 松田がスケッチブックを放り投げた、花田と松田、私とユレちゃんは藍田の元に集まって画面を見た。ユレちゃんのミュージックビデオが流れる画面には凄まじいスピードでコメントが流れている。


「ここだけ配信できているの?」「ドゥーグルのテロがまた起きた」「あれ俺の知り合い死んだ?」「ユレちゃんバズってるじゃん」「鈴井菜穂ってだれ?」


 一瞬目についたコメントを見た私は深呼吸をした。コメント欄には英語やイタリア語、その他多くの国の言葉が飛び交っていた。花田が松田の肩をふんわりと掴んだ。スーパーチャットと呼ばれる投げ銭も相当な額が投入されているようだ。


腕をくんで宙を睨んだ花田が「わかった!やってやるよ!」と叫んだ。


「松田くん、ユレちゃんのミュージックビデオをさ、後二回流して。いい宣伝になるから事務所も許してくれるでしょ。時間を稼ごう。どのみち俺たちが世界を救うことなんてできないし。そうだよ時間を稼ぐんだ。長野さんは?すぐに呼んでくれ!」




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