VS.SEEING SCARY 1-5 鈴井菜穂 

 八月二十八日 クロックイズヘッド屋上 午後五時四十九分


「まずは照明を暗くしたスタジオで、シーイングスケアリーの偽の都市伝説を語ってもらうということで。ユレちゃん。よろしくね」


「マジでシーイングスケアリーって存在するんだぁ。まあ知らなかったことにするよー。私は警察官エヌジーなんだ。職質無理。都市伝説最高。鈴井ちゃんとの初仕事頑張っていくヨ!」


「はい、よろしくね。シーイングスケアリーは都市伝説。健康被害のある映像は別の話だからね」


「オッケーです」


 まだ配信が始まったわけでもないのにプロのアイドルみたいな話し方だな、コイツ。


 ギリギリ許容できる程度の不思議なオーラを纏うユーはレイちゃんはタメ口ではないが馴れ馴れしいタイプの女だった。しっかりと固定されたツインテールをよく見るとふんわりと細い髪の毛が浮いている。浮遊している髪の毛だけグリーンの蛍光カラーでそれ以外はアッシュレッド。目元のアイシャドウは右目がパープルで左目がイエロー。白いファンデーションに明るめの赤いリップ。


 昔でいえばゴシックだよね、と先ほど聞いたところ今でもゴスですよと返事をされたことは忘れることにしよう。一方の私はキ・ワミエナジーの販売元のサニードリンカーのパステルグリーンのパーカーをワンピースの上から羽織って下半身に何も着ていない様に見えるファッションでキメていた。少しエッチな感じで若者と差をつけるしかない。エナジードリンクを置くための丸テーブルを挟んでいる椅子で演者の二人はくつろいでいた。時刻は六時になろうとしていた。徐々に屋上は暗くなっている。結構視聴者にウケそうな雰囲気ではある。


 クロックイズヘッドが管理しているビルの屋上は照明が落とされていた。シーイングスケアリーの強い発光とは全く逆の環境を作ることでより多くの視聴者が見ると死ぬ映像を見ないようにするという方向性の現れではあるがいつもの視聴者が戸惑わないか心配である。冷房が最大まで効いたスタジオの隅には花田と藍田がソワソワと落ち着かない様子で台本と各方面とのメールのやり取りに追われていた。いつも使っている天気予報図を映すホワイトボードはユーはレイちゃんのメジャーデビューシングルのポスターが貼り付けられたらしいのだがまだよく見えない。


 これからADの松田が怪談話にうってつけの照明を買ってくるらしい。座布団に座って怪談話をする噺家のような赤と紫の照明は少し格好が悪いが当日に用意できるのであれば仕方がないと承諾した。


 ユーはレイちゃんの派手な顔が下からスマホのライトに照らされているのを見て私は少し笑ってしまったのだが当の彼女はスマホの画面に夢中になっている。


 メイド服のような服にボーダーのソックスの派手な装いの女はまだ二十一歳らしい。スニーカーのみが私もよく配信で履いている厚底のハイテクシューズだった。そのことについては触れないまま打ち合わせを済ませた私は藍田の書いた配信の台本に目を通していた。


 シーイングスケアリー。廃墟から発せられる電波の影響でスマートフォンやパソコンに謎めいたビルの屋上と渋谷の交差点が映る。黄色い点滅のある呪いの映像ともいうべきそれを見てしまった人間は黄色いものにイライラしてしまうのだ。なんて不思議で迷惑。ユーはレイちゃんの詳しい解説とともに送るクロックイズヘッドのオカルト企画再始動プログラム。


 健康被害のある映像。現在ドゥーグルのテロ事件で明るみに出た心的外傷を及ぼす映像の実態は映像を見た時に引き起こされる光過敏性症候群だった!偶然によって生まれたAIが生成した害のある映像を何者かが拡散したことによって都内各地で光過敏性症候群の被害が続出している。現在警察や世界の国防機関も捜査を進めているとのこと。シーイングスケアリーの噂と心的外傷を及ぼす映像の拡散が同時期に起きたことによって現在一部のネットユーザーが大混乱!二つ目の話題は光過敏性症候群についての詳しい解説と対応策について鈴井がお話をします。(以降アドリブ)


 ユーはレイちゃんにはシーイングスケアリーにまつわる動画を見ている視聴者から届いた体験談を語っていただきます!


 なるほど、烏丸が私たちに伝えた健康被害のある映像の解説と都市伝説を同時に伝えることで視聴者には危険性のある映像と都市伝説を分けて考えてもらうというわけだ。


 長野は一通りまとめた記事のデータを持ってどこかに行ってしまったようだ。彼には彼の仕事がある。少し心配ではあるが今は配信で健康被害のある映像を解説するために長野が作ったメモ用紙を確認しなければならない。


 ディレクターの鴨居は今日はスポンサー会社の社員の接待でいなかった。普段もあまり絡むことはないから特別な配信があるとはいえ問題はない。


「照明を買ってきました!めちゃくちゃ赤いやつですよ」


 気合いの入った声の先を見るとエレベータのある通路から出てきたAD松田が茶色のショッパーバッグを両手に抱えている。花田と藍田が紙袋を分けて受け取り中身を取り出している。


 六時十五分に配信が始まる。シーイングスケアリーを拡散せんとしている犯人グループはどうなったのだろうか。烏丸たちからの連絡が来たという話はまだ誰からも聞いていない。





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