第47話 二人だけの夜
気丈な彼女はいつも凛としていたが、それは会社にいる時だけのようである。
仕事が終わって夕方になり、真一郎は珍しくワインを持って沙也香のワンルームマンションを訪れた。
「おめでとう、沙也香。いくつになったのかな」
「いやです、部長。そんなこと女に聞いてはダメです」
会社では、なにごとにおいて完璧で隙のない沙也香だが、その夜は違っていた。化粧もどことなくいつもと違う。
アイシャドウも薄く塗りいつもの爽やかなイメージの沙也香と違って見えた。真一郎はそんな沙也香も悪くはないと思った。
「どうしたんだい、沙也香。今日の沙也香は綺麗だよ」
「有り難うございます。私の誕生日を祝ってくれますよね?」
「そのつもりできたんじゃないか」
「はい。うれしいです」
「あの、部長。お持ち頂いたワインを飲みましょうか」
「そうだね、そうしよう」
「はい。では……」
テーブルの上には沙也香の手作りの料理が並んでいる。それを食べながらの乾杯だった。
「では、わたしの忠実な秘書の沙也香に乾杯しよう、乾杯!」
「乾杯!」
ワインを三分の一ほど飲み、沙也香はいつになくはしゃいでいた。
飲み慣れないワインで少し酔ったのだろうか、めずらしく酔った沙也香はいつもの固さがとれている。
彼女はハンサムでダンディーな彼が女性にモテることを知っている。それでも良い、その中の女の一人でも良い。
彼に群がる女達と張り合うわけではない。忠実な秘書として仕えている沙也香は一度で良いからその夜だけでも彼に抱かれたかった。
秘書ではなく一人の女として彼に認めて欲しい。しかし、まだ真一郎は沙也香を抱くことに躊躇っていた。
仕事を生きがいにしている彼女は結婚願望は持っていない。仕事だけが全てであり、男はいらないという主義だった。
しかし沙也香にとって真一郎は例外である。
彼は、秘書の沙也香を女として見ていないわけでは無い。彼女は完璧すぎるほど能力があり、そういう点では彼女に変わる存在を真一郎は知らない。だが、完璧すぎて性的に意識をしていなかっただけだ。
「部長。沙也香、少し酔ってしまいました。酔いを醒ましてきます」
「そうかい。いっておいで」
「部長は、そこのソファに座っていて下さいね」
「うん、わかった」
少し酔いが回ってきた沙也香は、酔いを醒ますためにベランダに行き、窓を少し開けた。酔った頬には夜風が気持ち良い。
暗くなりかけた夜景は宝石をちりばめたようにキラキラとして美しかった。
部屋には洒落たテーブルとゆったりとしたソファが置いてある。
そこに腰を掛けた真一郎は、ベランダに行った沙也香の後ろ姿を見た。何故かその後ろ姿が悩ましげだった。自分も少し酔ったのかもしれない。
ふと目の前にある洒落た書籍ラックが何故か目に付いた。彼は立ち上がり、ラックの前に来て何気なくその中を覗いてみた。
(優秀な秘書は、いつもどんな本を読んでいるのだろう?)
そのラックの中には、情報誌や事務機器の説明書があり、『情報機器の扱い方』や、『使いこなすアイパッド』等の専門書の他に、真一郎がドキリとする様な本がある。
そこの棚の中段にある一冊の写真集のようで、派手な背表紙が気になった。そこには『美しい
思わず見とれ、それをパラパラと
その本は使い込んで、よく読まれている感じだった。或るページには「しおり」が挟んである。そのとき後ろに気配を感じ真一郎が振り返ると沙也香が真っ赤な顔をして立っていた。
「あぁ、だめです。それを見ては……」
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