第24話 或る女子社員の悩み
或る日、あの東堂愛菜は思い悩んでいた。浦島機器製造を退社してからは、なかなか自分に合った仕事で採用してくれる会社はなかった。
愛菜は二十二歳で美しい女なのだが、チャンスに恵まれず未だに彼氏がいない。今は母親と二人で暮らしている。
良いところが見つかるまで、それまではと思って、馴れないコンビニのアルバイトしていた。
しかし、思うにつけあの事を思い出すと、さすがの愛菜も小さな怒りが込み上げ、気が重くなってくる。
ある日、愛菜の携帯電話が鳴った。それは見慣れない電話番号だった。
(あら、誰かしら?)
「もしもし」
「東堂愛菜さんですね」それは落ち着いた男の声だった。
携帯電話には滅多に男に電話番号を教えていないので、愛菜はドキリとした。
「はい。そうですが、どなたですか?」
「浦島真一郎です。あなたが以前勤めていた、あの会社です」
「あぁ。事業部長の……」
「そうです」
愛菜は驚いた。
(会社にいたころには雲の上の存在だった人が、何で直に私に?)
「あの、私に何の御用でしょう?」
「実は貴女にあって、お詫びがしたいのです」
「お詫び、ですか?」
「はい。ずいぶん勝手だとは思うでしょうが、ぜひ」
愛菜が持つ真一郎の印象は悪くなかった。ハンサムでお洒落なダンディーというイメージを彼に持っていたからだ。
(どうしようかしら……)とっさのことで、愛菜はどうして良いのか分からないでいた。
愛菜は戸惑っていた。あの割り増し請求事件の騒動が世間を賑わしてから、やっと落ち着き、自分の気持ちも整理がついて、不本意ながらもアルバイトで何とかやっていた最中である。
悔しい気持ちはあるけれど、自分が少し前まではあの会社で仕事していたと思うと、少し懐かしい気持ちもしてくる。
あのことがあるまでは、仕事はやり甲斐があり、楽しかった。たまに事業部長の真一郎がふらりと仕事ぶりを見に来たときも、いつも微笑みを絶やさず、従業員にさり気なく声を掛けてくれる彼に愛菜は親しみを持っていた。
何度か廊下で擦れ違ったとき、「ご苦労様」と言って声を掛けてくれたのは嬉しく思い出される。そんな思い出を辛い思い出にしたくなかった。
しかし、あの会社の中で、あの様な不正があったなど、愛菜には信じられなかった。それも自分が所属していた課のなかで行われていたなど。
その忌まわしいことが走馬燈のように頭の中を駆け巡っていた。
或る日、愛菜は理由もなく次の人事異動で同じ部署とは言いながら、倉庫課へ配置転換されたのである。
これには、流石の愛菜は驚いた、その理由が思い浮かばない。自分が何かミスをした憶えも無いからである。
その事業部の倉庫課は、若い女子社員が働くには適切な場所ではなかった。事務系が得意だった愛菜には、そこでの仕事は単調でありそれが苦痛だった。慣れない重い部品も持って運ばなければならいこともある。
「東堂さん。入荷された物品の梱包を開けて、あの棚にきちんと並べて頂戴ね。きちんとよ! 後で怒られるのはあたしなんだから」
愛菜は、もう二十数年も勤めているパートの女に厭味を言われた。
「はい……」
この間までは、事務職の自分にへいこらしていた女が愛菜が倉庫課へ移動となると、まるで手の平を返したように横柄になっていた。
古株ゆえに何でも知っているこの女に、年配の男の同僚達は何も言えないのだ。ここでは若い女だとて誰も優しくはしてくれない。
それが現場の厳しい現実だった。愛菜は歯を食いしばってその屈辱に耐えていた。いつ辞めようかと、そのことばかり思いながら。
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