第12話 社長候補者の訓示

 その日は、慶次が形式的ではあるが社長を降りるという日であり、今はその会議中である。慶次の指示を受け、進行係として蒼井専務はゆっくりと立ち上がった。


「それでは社長の指示により、この蒼井が進行を努めさせていただきます。まずは慶次社長の後の新社長としての候補者のお名前を発表いたします。敬称は略させていただきます。副社長の大山啓吾、ふつつかながら専務の私の蒼井幸雄、常務取締役の浦島真一郎、これらの三人の方々のお名前が候補に上がっております。よろしいですね皆様」


 蒼井は大きな会議室の中をジロリと見渡した。はじめに大山が立ち上がり、そして進行係の蒼井、そして最後に浦島真一郎が抱負を述べることになる。


「このあと皆様の無記名投票により、新社長を決定致しますが、その前に候補者の方々にお一人ずつ抱負を述べていただきます。まずは副社長の大山啓吾様、よろしくお願いします」


 紹介されてまず大山が立ち上がり、自らの抱負を述べる為に椅子から立ち上がった。大山は少し肥った身体を揺すりながら、部屋を見渡した。


 本来なら、自分が副社長として社長の慶次と一番近いはずなのに、こうして取締役会で社長候補として所見を述べるなど、心の中では面白くなかった。

(何で社長は、すんなりと私を時期社長に推薦しないのか? 合点がいかない)


 しかし、こういうやり方も、あの慶次さんならやりかねないと、自らに言い含めるようにネクタイを締め直し、メモ用紙を片手にして喋り始めた。


「では、この大事な新社長を決めるこの会議で、その一角に自分の名前を上げて頂いたことに感謝致します。さて、我が会社は言わずと知れた慶次社長が一から立ち上げ、私が関係致します機器製造のみならず、様々な業種をも吸収合併し、一躍、株式会社・浦島機器製造は飛躍的に業績を伸ばしました、それから……」


 大山は五分ほど一気に喋り続けコップの水を飲み、慶次を見た。慶次は何もないように平然と構えていた。大山は六十二歳という年齢だが、まだまだ健在である。しかし、自分の存在が薄いことに常に不満を持っていた。


 しかし、慶次の手前、そうあからさまに態度で表すわけにはいかなかったが、今日はそのチャンスだった。敬吾の趣旨説明は終わった。パラパラと大山を支持する役員から拍手が少しあった。あまり盛り上がらない空気に一同は少しばかりしらけムードになっていた。

 司会役で専務の蒼井が立ち上がり、次の紹介をしようとしたときだった。


「蒼井君……」

「はい。社長、何かございますか?」


 蒼井は、慶次が何を言おうとしているのか、緊張して眼鏡に手を掛けた。気が短い慶次としては、長々とした会議は無駄でありイライラしてくるのだ。それが、大事な時期社長を選ぶ会議だとて同じである。大山の後には二人控えているからだ。


「限られた時間なんだ、もう少し手短にしてはどうかね」

「はい? と言いますと」


 蒼井は自分が次に発言するので、その意味を知りたかった。

「候補者がそれぞれに得意分野で発言したい気持ちは分かる、しかし、今更言わなくても分かっていることじゃないか、ずばり自分はこうしたいという意欲を示し、手短にしたらどうかね。蒼井君」


「はあ、そうですね。了解しました」

「うむ」


「では次は専務であるわたくし、蒼井の番になります」

 昨夜から考え、練りに練った発言内容を簡単にしなければならず、蒼井は焦った。まだ心の準備が出来ていないが、今ここでしくじることは出来ない。


「今やIT産業は、これからの日本にとって欠かすことが出来ない重要なテーマであります。銀行や工場、また交通機関などあらゆる業種に渡りITは無くてはならない存在なのです。我が事業部は……」


 蒼井は社長の顔と時間を気にしながら三分ほどしゃべった。本当はもっと中身の詳細を言いたかったのだがそこで止めた。社長のあの言葉が気になるからである。

(パチパチハチ!)


 先程よりも拍手が多かった、蒼井はほっとした。

 蒼井のソフトウェアの会社を吸収したのは慶次である。先見の明がある慶次は、いち早くソフトウエァに必要性を感じていた。小さな会社を経営し、マネージャーを兼務している蒼井に目を付けたのだ。


 蒼井自身も、従業員の賃金や資金繰りの経営に苦労していたので、慶次の話しに乗った。

 吸収合併されると蒼井はソフトウェア事業部の部長になった。彼は経営者というよりも、プログラマーのほうが性に合っている。彼が開発した或るソフトは業界では今でも人気がある。


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