第5話 ホテルで抱かれて

 慶次はワインセラーから高価なワインを取り出し、それをひろみと自分のワイングラスになみなみと注いでいた。


「まあ、ワインでも飲みたまえ。それでさっきの話だが」

「はい」

 ひろみはワイングラスに注がれたワインを少しだけ飲んだ。


「ひろみ君は、今のままでは、厳しいんだったね」

「はい、そうです」


 こんな話を社長に言ったところで、解決するとは思えないが、社長なら何とかしてくれるという期待感が無いわけでは無い。それに自分だけが呼ばれたという高揚こうようした思いもある。


「君だけに、給料を上げるわけにはいかないが、別の方法がある」

「はい……」


 慶次はにやりとしながら、

「わたしのになれば、と言う話だね」

「あ、愛人ですか?」

「そのとおりさ。そうすればマンションも買ってあげる。手当も出すよ、これは私のポケットマネーだがね」

「えっ?」


 慶次から、いきなり『愛人』の話が出たときひろみは驚いた。


「もう一つある」

「はい」


「私専用の『秘書』にしてあげようと思う。今月で今の秘書が辞めるんだよ。ちょうど良い。君なら出来ると思う。調べたんだ。君のことを……」


「はい。どんなことでしょう?」

「君は、立派な経歴を持っているじゃないか、秘書の資格もあるんだろう?」

「はい、そこまでお調べになったんですね?」


「そうだよ。ただしこの話は『秘書と愛人』のセットなんだ。君にとっては悪い話じゃないだろう」


「……」


 そういって慶次はワインを飲みながら豪快に笑った。社内では鬼のような存在の人だけれど、本当は良い人かも知れない。


「秘書のお話は分かりました。それで愛人のことですが?」

「それは、私の愛人になるってことさ。分かるだろう。男と女の関係だよ」

「ということは、肉体関係を持つということですよね」


「そうさ、君は分かりが早くて良い」

「あ、あの、もう一つ聞いても良いでしょうか?」

「いいよ。言ってごらん」


「愛人になった場合、社内でその関係が皆さんに分かってしまうのでしょうか?」

「いや、それはないな。秘密だ。わざわざ言う必要はないからね」

「そうですよね。でも少し考えさせて下さい」

「いいとも」


 男女が同じ部屋にいて、そのままで済むわけが無い。

 慶次はひろみに近づくと肩を抱いた。


「急いで決めなくてもいいさ。ゆっくりでいい」

 そう言いながらすでに慶次の手はひろみの腰に回っていた。

「あん、だめです!」


 部屋の雰囲気に圧倒され、さきほどから飲んでいるワインのせいもあり、ひろみの身体は熱くなっていた。


「君の身体は、熱いね」

「……」

「燃えているようだ」

 向き合ったひろみを抱き寄せ、慶次はいきなり彼女にキスをした。

「あん、ダメです……」


 酔いにまかせて慶次はソファにひろみを押しつけた。ひろみは抵抗することを忘れていた、それはワインの酔いのせいか、或いは部屋の雰囲気に飲まれたのかもしれない。


 固さがとれたひろみは自分が驚くほど自然体になっていた。めぐりくる時間の中でいつか抱き合う二人。


 裸になった二人はベッドの中で抱き合っていた。そのときには二人は事務員で無く、また社長でもなかった。慶次の指と手はひろみの全身に駆け巡り、ひろみを歓喜させた。


「入れてもいいかい」

「はい、お願いします。優しく……」

「うむ」


 コンドームを装着した慶次はゆっくりと彼女の中に入っていった。それを身体で受けとめながらひろみは思った。


(この人なら、大丈夫かもしれない。でもまだ……)

 ゆっくりと慶次は波のように突き上げ、それに呼応したひろみの身体は歓喜を迎えていた。記憶が遠くなりそうな官能の中でも、まだ彼の愛人になることは決めかねていた。


「どうかなひろみ君。決心はついたかな」

「あぁ……まだわかりません」

「そうか。急がなくても良い」

「あ、ありがとうございます。あ、ぁ……」


 精力が旺盛で老獪な男は彼女の上で重なり痙攣して果てた。ひろみは彼のほとばしる激しさを身体の中で感じた。


 酔いは醒めていたが、感じるにはほど遠い感覚だった。抱かれながらただ天井の照明をぼんやりと見つめていた。


(本当に自分は彼の愛人としてやっていけるのだろうか?)


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