第一章.2
「み……道に迷ってしまいまして」
努めて平成を装いつつ、
「拝見しよう」
漆黒の男性が携帯電話を受け取る。それから続けて、「背が高いんだな」世間話のつもりなのかぽつりと付け加えた。
確かに、
何と返答すべきか判らず、
反射的に振り返った
耳が隠れるくらいまで伸ばされた髪は純白。額が見えるように中央から左右に分けられた前髪の下、丸い両目は特に異質だ。本来白目である部分は真っ黒で、煌々と輝く純白の虹彩は夜の満月を連想させる。
見て明らかな特徴は、近年まで
《
身体能力や潜在能力の高さから万能体質と呼ばれ、優秀な人材を産出するとして名高い
彼らは常に荒事の中に身を置き、必ず戦果を残す百戦錬磨の傭兵集団である。
真実は定かではないが、だからこそ今こちらへ向かってくる
特徴的な白い目が
「あ、大丈夫大丈夫。ほら、機構の服。俺そいつの同僚」
予想外にも気の抜けた声を出し、「恐くない、恐くない」カラカラと笑う表情からはむしろ人当たりの良さが感じられた。
聞いていた
「お兄さんどうしたの。ここ、近所の人でもあんま使わねー道だぜ。ちょっと不審者っぽい」
「あ、いえ……道に迷っていて……その、探してる場所がこの辺りだったので、ついウロウロと……」
「んー。店? 誰かの家?」
「それは……」
まさか住所しか判らないなどとは言えずに口籠る。
「
漆黒の男性、
もう片方の手では別の携帯電話を操作しており、視線もそちらへ向けたままである。どうやら自身の携帯電話を使って、メールの住所を検索し直しているようだ。
「お兄さんが行きたいところって、この住所?」
携帯電話を受け取った
「この題名は何? たちばな……うさぎ、あおい?」
「たちばな、とき。……身内の名前です」
「ふぅん。じゃあこれ、身内さんの家の住所?」
そうですと偽ってしまえば済む話だった。しかし、
夜に浮かぶ白い月が疑念を纏って半月に変わる。
「アーレン」
「住所を検索した。ここで合ってる」
「マジか。でもここ、何もないぜ?」
「何もないというより、何かあったが正しい。十年前、
知らない人物が十年前に住んでいた場所。それがなぜ、
思案しながら
無防備だった
次いで土煙が巻き上がり、
「
彼の声に応えるようにして、土煙の中に煌めく光が現れる。風が吹いて視界が晴れると
――《魔術》だ。
すると
――魔術で攻撃されたのか? でも、何で……!
残されたアーレンは右腰に下げた短剣を抜き、左腰にあるもう一つの短剣に空いている右手を添えて、路地の向こうを睨み付けている。
――奇妙な音が聞こえた。
ゔ、ゔゔ。
ゔ、ゔ、ゔ。
それは壊れかけた機械の駆動音のような、テレビの砂嵐にも似たノイズ音のような、ともすれば人の慟哭を連想させるような音だった。
決して心地の良い音ではない。気味の悪い感覚が背筋に走り、
やがて視界の端で奇妙に蠢く気配を感じた。一見すると、それは水銀を連想する液状の塊だ。問題はその数である。建物と建物の隙間、下水の中、あらゆる空間を這い回り、液状の塊は
そしてそれらはうねりながら形状を変え、人体を模した二足歩行の形状へと変化した。
一体や二体だけではない。路地を埋め尽くさんとばかりに次々と鈍色の人体が現れるさまは、奇怪としか言いようがなかった。どの個体にも顔がない――というのが、
「これは……」
「イリュオート。魔術で造られた操り人形ってやつ」
アーレンは周囲を警戒しながらも、気さくな声色のまま説明する。
「見たのは初めて? 戦場ではよく出てくんだけどさ、めっちゃ厄介なんだぜ。魔術師が遠くから操って俺達を攻撃しようとする時に使われる。で、その魔術師を倒さねーとほぼ無限沸き」
もちろん本来眼球があるはずのところは鈍色の皮膚に埋め尽くされている。というのに、
本能的に察する。イリュオートの目的は、自分なのだと。
次の瞬間、傀儡の顔が大きく傾いた。
途端に傷口から黒い血飛沫が噴き出し、アーレンと
首を斬られた本体にも同様の事象が起きていた。傷口から細かな粒子になって崩れ、そのまま跡形もなく消滅してしたのだ。
イリュオートは致命傷を負うと魔力に還元される。その様子が、
「ンでお兄さんさ、なんかヤッベーことに首突っ込んでない?」
アーレンが
「狙われてるよ。さっきのもそう。こいつらの狙いはお兄さんだ」
ぞわりと明確に寒気が走った。ヤッベーこと、と言われて
むしろそれ以外に心当たりがあるだろうか。十年以上も音沙汰のなかった
不快感を煽るノイズ音が止み、いよいよ本格的にイリュオートの波が押し寄せてくる。
反射的に
抜き身である二本の刃を包み込む発光色が炎のように揺らめき、アーレンの動きに合わせて寒色の軌道を残す。
そして
続けざまにアーレンは別の角度から襲い来るイリュオートの胸に短剣を突き立てる。反動でよろめく傀儡にさらに肉薄し、もう片方の短剣を相手の顎の下へと滑り込ませた。
刃を傾け、顎から頭蓋を削ぐ勢いで刃を振り抜く。そしてまたすぐに別のイリュオートへ向かって駆け出した。
――かの短剣が纏う光こそ、警察機構専用の武器に備わる最大の利点であり、所有者の魔力供給によって武器性能を向上させる最先端の魔術システムである。
アーレンであれば斬撃性能の強化。いずれ規則性はなく、どの性能に割り振るかは所有者の好みに分かれる。
「すごい……」
思わず
素早い足捌き。無駄のない連撃。ときおり跳躍してはイリュオートに踵を落とし、迫る腕の隙間から相手の顔面に肘鉄を放つ。
そして短剣を半回転させて順手から逆手に持ち変えると、間近に居たイリュオートの頬を貫いた。
「ったく。他人を護りながらの戦いって性に合わねぇんだけど、なっ!」
白の双月は闇夜で煌々と輝きながら常にせわしなく動き回り、
気付くと
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