第7話、転生希望者はみんな、『死にたがり屋』?

「──どうして、どうしてなの? どうして、私の邪魔ばかりするの⁉ 私はただ、だけなのに! お願い、もうこれ以上私を、こんな閉鎖病棟に強制的に収容して、24時間ずっと監視して拘束し続けて、自殺を邪魔するのはやめてちょうだい! 医療スタッフやあなたたち『看守』の目を盗んで、どうにか自殺できた後で、最新医療を駆使して蘇生させるのもやめてちょうだい! インターネットに接続する手段を根こそぎ奪って、私にとっての『自殺の教科書』である、非合法の異世界転生系のWeb小説の閲覧を禁止しないでちょうだい! ──そう、私は、異世界転生系のWeb小説の主人公たちみたいに死んで、異世界転生系のWeb小説みたいに『こことは別の世界』で生まれ変わりたいの! トラックに轢かれたいの! ブラック企業に勤めてデスマーチの連続で過労死したいの! 誰かを庇って殺人鬼に殺されたいの! 何の脈略もなく学校を襲ってきたテロリストに惨殺されたいの! 謎の研究所による謎の爆発に巻き込まれて木っ端微塵になりたいの! 三角関係や浮気や不倫なんかの痴情のもつれのために恋敵から刺し殺されたいの! ──そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして、こんな何一つ自分の思い通りにならない、現実世界から解放されて、憧れの異世界に行くの! もちろんその世界は、私が最も憧れている、乙女ゲームの世界よ! そうなの、私は何よりも、『乙女ゲーム転生』がしたいの! たとえ異世界転生できたって、その他の世界なんかごめんだわ! 即死チートや死に戻りなんかの無敵スキルなんか要らないし、バトルや成り上がりやNAISEIなんかもやるつもりはないし、結局波瀾万丈な展開が待っているだけのスローライフや辺境暮らしもノーサンキューよ! とにかく私は、乙女ゲームそのままの、美青年や美少年の王侯貴族だらけの世界の中で、『ゲームの知識』を最大限に活用して、きら星のごとき攻略対象キャラたちから、チヤホヤされたいの! だから、早く私を死なせて! もうこんな現実世界なんか、たくさんよ! ウエルカム、ゲーム世界! さあ、今こそ、異世界に、GOよ!」




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【内務省警視庁衛生部直轄、『転生病監察医務院』にて、前回に引き続いての、監察医務院警務課主査警部と、聖レーン転生教団渉外担当司教との、極秘会話記録データより】



「……いや、乙女ゲーム転生は、異世界転生じゃないだろう?」


「えっ、そうなんですか? ──ていうか、最初に突っ込むのが、そこなんですか⁉」


「ううむ、こうして転生病監察医務院なんかに勤めていると、どうしても細かいところまで、気になってしまってな。まあ、一種の職業病みたいなものさ」


「……あー、わかります。私も転生教団においては、特に外部との窓口を担っていますので、そう言ったところはありますねえ」


「あのな、『ゲーム転生』って、現実世界の人間が、ゲーム内のキャラクターそのものに──すなわち、『デジタルデータ』になることなんだぞ?」


「は?」


「ほら、数十年前に一世を風靡した、『SA○』なんかが、いい例だよ」


「ああ、『VRMMOの世界へのダイブ』ってことですね。……なるほど、ゲームの世界に『転生』──すなわち、『生まれ変わる』と言うことは、ちゃんとゲームのキャラとして、デジタルデータ化しないとおかしいと言うことですね?」


「それに対して、この転生病患者のような『なろう族』の憧れの、非合法な異世界転生系のWeb小説で言うところの、『乙女ゲーム転生』は、けしてゲーム転生では無くて、『ゲームのような異世界への転生』に過ぎないんだ」


「つまり、俗に言う『ゲーム転生』とは、厳密には『ゲームの世界への転生』では無く、『ゲームそっくりだけど、あくまでも異世界への転生』というわけですか?」


「そういうこと。そしてVRMMOなどでは無く、異世界といえど『現実の世界』であるならば、量子論等に則るまでもなく、その未来には無限の可能性があり得るので、『ゲームの知識』なんて何の役にも立たず、異世界転生系のWeb小説によくあるような、常に主人公にとってのみ有利に事が運ぶ、御都合主義的展開なんて、絶対にあり得ないのさ」


「──乙女ゲーム転生、全否定ではありませんか⁉」


「ていうか、この囚人──もとい、患者の盗聴記録──もとい、独白記録って、もはや異世界転生希望と言うよりも、『自殺志望者のメンヘラ告白』以外の何物でも無いじゃないか?」


「そりゃそうですよ、何せ『転生』と言うくらいだから、この現実世界で『死ななければ』、異世界に行くことはできないのですからね。──それに何よりも、あなた方内務省警視庁衛生部における、異世界系Web小説の非合法化のためのお題目は、『異世界転生系の創作物は、自殺教唆の効果が高いから』ということだったじゃないですか?」


「くくく、どんなに『表現の自由』を尊ぶ輩であろうが、『自殺を促す作品』だけは、その絶対的禁止に、無条件で賛同してくれるからな」


「……何か、『拡大解釈』と言うか『言いがかり』と言うかのレベルですが、我々教団にとっても、好都合ですので、これ以上言いますまい」


「好都合って?」




「──もちろん、転生病患者たちの身に、異世界から『オーク』や『ゴブリン』等の精神体だけを転生させて、理性や知性を奪い凶暴化させて、自爆テロも辞さない狂戦士に仕立て上げるための、人体実験を実施する上でですよ」




「ええっ⁉ 乙女ゲーム転生希望のメンヘラ女たちまで、戦争やテロに使うつもりだったの?」


「だって、いかにも荒事向きじゃない、陰キャのオタク女のほうが、群衆の中に溶け込みやすく、敵の油断を誘って、突発的なテロ行為等に打ってつけじゃないですか?」


「……うん、その非人道的な作戦案はともかく、乙女ゲーム転生者を十把一絡げに、『陰キャのオタク女』と決めつけるのはやめような?」


「おや、どこが非人道的なのですか? 完璧にご本人の希望を叶えて差し上げているというのに」


「は? 犬死に確実のテロ行為が、転生病患者たちの望みを叶えるだと?」




「何せ、この現実世界で、異世界で生まれ直したいと言っているんですから、自爆テロだろうが戦争だろうが、そのためにお亡くなりなっても、本望というものでしょう」




「──っ」


「しかも本当に、異世界転生をさせてあげるのですから、むしろ『至れり尽くせり』ですしね」


「……異世界転生って、あくまでもこの世界で、『オーク』や『ゴブリン』になることがか? ──いや、あいつらは他の世界で生まれ変わって、乙女ゲームのヒロインになりたいのであって、全然望み通りでは無いのでは?」




「はあ? 何をおっしゃっているんですか? もはや物理学の基本的理論を紐解くまでもなく、世界というものはその時点においては、『ただ一つしか存在しない』のですよ? 異世界転生だろうがタイムトラベルだろうが、三流Web小説でもあるまいし、他の世界や時代と行ったり来たりなんか、できるわけないじゃないですか?」




「──今度は、異世界転生自体を、全否定かよ⁉」


「だったらお伺いしますけど、人類史上初めて異世界転生が実現した、かの『令和事変』においては、あなた方の国の自衛隊は、『何』と闘われましたっけ?」


「うっ」


「……ほんと、すごい闘いでしたよね。敵『異世界帝国軍』の最初の出現地であるぎんを中心にして、中央区全体を地図上から消し去ったのですのですからね。まさか中世ヨーロッパ程度の文明レベルでしかない、ファンタジー的異世界の軍隊なんかよね?」




「……ああ、、あの事変での最大の敵は、こちらと同じく、『自衛隊』だったよ」




「しかも、完全に不意討ちでしたけど、そりゃあ誰にも予想できませんよ、警視庁の機動隊さえ手をつけられないまでに凶暴化した、暴徒を鎮圧しに出動した自衛隊において、一部の10式戦車が突然、同じ自衛隊の部隊に対して砲撃を始めるなんてね」


「──ち、違う! あれは同士討ちなんかじゃなくて、自衛隊員たちが、卑怯極まる異世界帝国側の『逆転生の秘術』によって、身も心も異世界人に乗っ取られてしまっていたんだ!」




「そうです、『世界というものがただ一つしか存在し得ない』この現実世界においては、Web小説あたりの異世界転生や異世界転移なぞ、けして実現するはずがなく、自衛隊が異世界の軍団と闘う場合においても、異世界から突然実際に軍隊が現れたり、自衛隊が超次元トンネル(w)を通って異世界に侵攻したりなんか、できるわけがなく、あくまでもこの現実世界ただ一つだけにおいて、あたかも自衛隊員が中二病妄想をこじらせたようにして、突発的に自分のことを『異世界帝国軍』とか言い出して、仲間の自衛隊員と闘い始める以外は無いのですよ」


「ちゅ、中二病妄想だって⁉」


「『逆転生の秘術』とか『転生病』とかって言ったところで、あくまでも傍目には、本人がとち狂ったかお芝居をしているようにしか、見えないじゃないですか?」


「──またしても、ぶっちゃけたな、おい⁉ こいつとうとう、自分たち教団の存在意義まで、全否定しやがった!」




「このように『世界というものは一つしかあり得ない』という大前提に立てば、万一異世界転生が実現したとしても、この世界においてのみ完結しなければならず、現代日本からありもしない別の世界──いわゆる異世界に、肉体丸ごとはもちろん、たとえ精神のみでも転移するなんてことはあり得ず、あくまでもこの世界の中において、むしろ『異世界転生の受け皿』として、『異世界帝国軍』や『オーク』や『ゴブリン』とかになる以外は無いのですよ」




「……つまり『転生の秘術』とか言っているが、むしろこれこそが、唯一現実的な異世界転生の在り方ってわけなのか?」




「──そうなのです! よって、異世界からの『オーク』や『ゴブリン』等の転生の受け皿となり、その結果理性や知性を失い凶暴化して、戦争やテロによって犬死にして、晴れこの現実世界からおさらばするのは、『なろう族』の皆様の長年の宿願と合致しているのですから、心置きなく人体実験の『検体』として使い倒して差し上げようとも、構わないわけなのですよ♡」

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