第161話 幻想の日々《Imaginary Days》

 全身に心地良い振動を感じる。

 窓の外を見れば、視界いっぱいに青い海が広がっている。


 そして聞こえて来るのは、若者たちの楽しそうな声。


 この現状は、学園生活の一環でありながらも、学園の中で繰り広げられているものじゃない。

 そう、今日は進級直後のオリエンテーション。修学旅行の予行演習兼、クラスの親睦を深める会。

 もっと端的に表すのなら、楽しい遠足というやつだ。


 ちなみに全体の生徒数が減った分、今年度からはFクラスも行事に参加することになっているらしい。

 というわけで、今日ばかりは魔導がどうこうは関係ない。ただ普通の学園行事として、高級バス六台が連なりながら目的地に向かってひた走っているわけだ。


「感慨深いものだな。またこうして……」

「ああ、この数ヵ月は本当に色々あり過ぎたからな」


 学年ごとに向かう先が違うらしいが、俺たち二年の目的地は“ラグランジュ・シー”。

 かつて雪那と共に白夜を迎えた、あの遊園地とのことだ。


 だが楽しい思い出ばかりかと言われれば、素直に首を縦には振れない。

 いや、あの日も楽しかったことには変わりないが、そのベクトルが今とは明確に違うと称するべきか。


 現に雪那も俺も、この数ヶ月の間で色んな問題にぶち当たり、自分なりの答えを出して前に進んでいる。

 その中でも、今向かっている海上遊園地はより印象深いというか、佳境を過ごした場所だ。長い時間を過ごしたわけじゃないが、不思議な思い入れを素直な形で表現することが難しい。

 それは雪那の複雑そうな表情が、全てを物語っている。


「……そうだな。学年も周りを囲む者たちも、色んなものが大きく変わった。二ヵ月前の自分に今の状況を説明しても、到底信じられないというはずだ」

「そもそも住む環境から変わってるからな。同居人とか……」


 多分、何とも言えない表情を浮かべているのは、俺も同じ。


 以前、海上遊園地に来た時に巻き込まれていた一柳との一件に始まり、学園対抗戦の代表騒動に“竜騎兵ドラグーン”の大規模侵攻。

 強制転校を賭けた年度末試験に加えて、Fクラスから最上位への昇格。更に風破の父親を名乗る男が出現した挙句、“異形”への変質。


 ちょっとあり得ないレベルの過密スケジュールというか、トラブルの嵐だ。

 それに何より、幼馴染に異国の美女。その挙句が異邦の少女まで加えた同居生活。

 前回このラグランジュ・シーに来た時と比べて、身の回りに変化が生じ過ぎていた。

 だが平和な学園生活の裏でどこか空虚だったあの頃を思えば、現状は良い方への変化の果てに訪れた結果であるはず。

 でなければ、こうして雪那の隣に座って、一緒に行事に参加するような現状が訪れるわけがないのだから――。


 これが自分の行動の結果なのか。

 運命の悪戯イタズラなのか。


 そんなことはどうでもいい。


 風破や朔乃、それから夜まで準備を手伝わされたヴィクトリアさん。

 厳しくも優しい担任教師に加え、伊佐を始めとしたクラスメイトたち。


 この日常は、それほど悪いものじゃない。それだけが確かなら、後は何とでもなるはずだ。


「……各員、手荷物だけを持って、バスの外へ。周囲に目移りせず、私の後をついて来るようにな。シュトローム先生は最後尾をお任せします」

「は、はい!」


 ブレーキ音と共に車体が揺れる。

 目の前に広がるのは、色とりどりの建造物。

 正しく、人々の夢と楽しさが詰まった景色だ。

 当然、厳しい競争社会から解放された生徒たちは、浮足立ってバスから降りていく。


「……」


 一方、バスの中央進路の空きを待つ傍ら、俺は再び青い海を一瞥していた。


 充実し始めた日々に比例して壊れていく世界。

 その狭間にあっても、目の前の光景は以前と何ら変わりない。

 もし俺たち人間が滅んだのだとしても、大自然の広大さが変わることはないと感じさせられるほどに――。


「烈火?」

「なんでもない。ちょっとボーッとしてただけだ。それより、さっさと降りよう。俺たちが残っていたら、律儀な副担任がいつまで経ってもバスから降りられないからな」


 雪那に袖を引かれて現実に意識が引き戻される。

 せっかくの遠足だし、ナーバスになっていても仕方ない。窓の外の担任からの半眼は勘弁願いたいし、前の席でソワソワし始めた副担任にも悪い。

 そうしてバスから降りようと荷物を持ったわけだが、振り返った瞬間――穏やかな・・・・水面が・・・陽炎の・・・ように・・・揺らめい・・・・た気がした・・・・・

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