第141話 反撃開始

「それで、どうしてついて来たんだ?」

「うっせーな! このボケ共にはちょっと借りがあるんだよ」


 祈祷きとうだか修行だか知らんが、他の連中が何かし始めた傍ら、俺と萌神は小声で会話を交わしていた。


「借り?」

「どうも最近裏でもちょろちょろしてやがってな。ごっこ遊びの延長ぐらいのクオリティでそこら中に顔を出してきやがるもんだから、潜入中にニアミスして大騒ぎ。計画ぶち壊し……なんてことが、色んな所で起こってるらしい。実際、アタシらも似たような目に合ったしな」

「なるほど、それが悪い意味って奴か」

「ああ、ウゼェから潰すなり脅すなりしねぇと、こっちも商売上がったりなんだよ。しかもアホみてェな理想ことをギャーギャー言ってやがる。正義感なんざクソ食らえだが、他人に責任を擦り付ける連中の態度は気に食わねぇ。まあテメェもいるし、何とかなんだろ」


 萌神は少し顔を赤くしながら、そっぽを向いてしまう。

 恐らく、俺も似た様な状況になっているのだろう。あんな出会いではあったが、良くも悪くも信用されたものだ。


「ああ、そちらのお嬢さんは、写真の撮影をお願いします。教主様にお見初みそめ頂かなければなりませんので」

「アタ、私だけ……ですか?」

「はい、お美しい方ですから、教主様と深い仲になれるかもしれませんよ」


 二重人格かと思わせる萌神の変わりっぷりもさることながら、ニコニコと笑っている司祭とやらの発言にも引っ掛かる部分があり過ぎる。それとキモい。


「は、はぁ……? ここってそういう……」

「この場所に来たということは、貴方も魔導が渦巻く社会に嫌気が差したのでしょう? なら、まず教主様の洗礼を受けて浄化されておくべきかと思います。獣の如き不浄なやからの交わりではなく、清廉な神の儀式なのですから……」


 カッコいい言い回しをしているが、つまりは教主とやらを囲む合法ハーレム。

 今時、頭の緩い学生でもこんなアホなことはしなさそうだが、連中は大真面目に受け入れているらしい。

 いや現状に不満を持つ者たちが被害者意識と選民思想を植え付けられた集団だからこそこうなったのかもしれない。

 そして教主様とやらは、自棄やけになった連中を使って私腹を肥やしている人間――ということになるのだろう。

 しかし風破を欲する理由が未だに分からない。

 どうして今になって――。


「――ッ! 離せよっ!」


 連中の異様な様子に違和感を覚える中、突如怒号が響き渡る。

 何事かと目を向ければ、風破を求める回答に繋がる光景が広がっていた。


「あれは?」

「愚かにも魔導に傾倒けいとうした若者たちです。故に我々が救わなければなりません」


 視線の先では、数人の若者が両手足を鎖で何重にも縛られ、十字架にはりつけにされる形で運ばれている。

 ただ異様な光景である一方、連中が魔導騎士養成施設に通う学生であることは確かだ。現に司祭の発言を証明するかのように、連中からは確かな魔力反応が感じられるのだから。


「下等生物の分際でなんて口の利き方だ! 反省しろ! この化け物め!」

「ぐ、がっ!?」


 ただ俺が連中の存在に眉をひそめた次の瞬間、近くにいた男の一人が男子生徒の顔面に拳を叩き込む。


「不浄の怪物め! お前たちのせいで、俺は会社をクビになったんだ! 罪を償えよ!」

「いやぁあああっ!?」

「一丁前に悲鳴なんて上げて、生意気なのよ!!」


 更にまた別の男が女子生徒の制服をはだけさせ、隣にいた女が平手を炸裂させる。


「そっちの女子ガキは俺が狙ってたのに! 一発だけな! 一発だけ!」

「こちとら、ぶん殴られて怪我してんだ! もっとかましてやれ! オラァ!」


 そして周りの連中は、そんな暴力行為をはやし立てている。


 いくら魔力の差はあれど、互いに人間であることには変わりない。

 大方、深夜徘徊でもしていた不良学生を拉致し、信者のガス抜きをさせるために引っ張って来たのだろう。


 社会を相手取るには、貧弱過ぎる武器と人員。

 恐らく、本当に国を転覆させる気はない。

 信者たちは、その振りポーズをしているだけで勝手に全てを捧げてくれるのだから。


 これは聖戦などではなく、ただの悪徳ビジネス。

 盲目的な信者から金をむしり取り、好みの女を傍に置く。この集会のやらで覚えた違和感の正体は、そんな半自動送金システムを作り出した人間が裏で糸を引いていることに対するものだったのだろう。


 風破をまつり上げたいのか、馬車馬のように働かせて金を作りたいのか。それとも連中の悪意をぶつける対象にしたいのか。そこまでは未だ分からない。

 だが軍という横の繋がりもなく、孤児上がりの学生ということで社会的立場も確立されていない。社長・・である奴が手元に置ける中で最もランクが高く、使い勝手が良い存在が風破であるのなら――。


 少なくとも、話を聞くべき相手は明確になったな。

 それに――。


「救済……これが?」

「ええ、魔導なんて子供の妄想のような力から目を覚まし、我々の理想を理解することこそが最高の救済。来世では我々と同じ存在に生まれ変われるように……」


 武器を取り、無関係な誰かを理不尽に傷付けた時点でコイツらはもう救えない。挙句、本来生じるはずの罪悪感や責任は教義と社会になすり付ける。

 そんな都合の良い理屈が成立するはずがないし、成立させるわけにはいかない。


「どいつもこいつも……」

「間違った世界を正す瞬間を貴方たちも目に焼き付け……がぎィ、っ!?!?」


 イラつく萌神を尻目に、俺は司祭とやらの首元を掴み上げる。

 必要な情報は得た。黙って去って本社に突入してもいいが、同じ学生として捕まった連中を見逃すのは忍びない。


「潜入捜査はここまでだ。とりあえず全員警察にしょっ引いて、騒ぎを大きくするとしよう」

「な、なに……がぼぉおおっっ!?!?」

「へっ!? ぐぶゥうっ!?!?」


 槍投げ宛らの送球スローイングで司祭を投擲とうてき

 生徒子供に群がる下種大人共に向かって放り込んだ。

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