第91話 反撃の狼煙

 メインアリーナの地下モニタールームでは、二人の男女が談笑している。

 双方共にかなり大柄であり、雪那の戦いに対して感嘆の声を漏らしていた。


「この子、凄いわね」

「そうですね。この生徒だけは、どうにも出来ないもんですから……でも残りは雑魚ばっかりなので、安心してくだせぇ!」

「まあ一勝程度は、誤差の範囲でしょう。貴方はよくやってくれたと思いますよ」

「本当ですかい!? そりゃあ、走り回った甲斐かいがあったってもんですわ! じゃあ例の件は……」

「残り四戦の結果次第ですが、前向きな回答を期待して頂いて構いません」


 ジャージ姿の大男は、淡々と答える女性に媚びへつらうようにゴマを擦っている。

 年齢は逆だろうに――。


「ありがてぇ! アンタんとこに引き抜いて貰えれば、百人力だぜ!」

「いえ、正確には当校・・ではなく、“グランデイド”における別の学業施設です。そこはお忘れなきよう」

「それでもありがてぇぜ! ここの無能共はあんな小娘を重用して、ベテランの俺を実技担当から外しやがったからな! そっちでポストを用意してくれんなら、こんな良いことはねぇ! それにしても、顔に似合わず悪りぃ女だなァ!」

「直接手を下した貴方ほどではありませんよ。二階堂教諭?」

「へへっ! 何考えてるか分かんねぇ、アンタよりマシさ! なぁ、ローグ先生よぉ!」


 モニターに照らされ、二人の姿が露わになる。

 その内の一人は、ミツルギ学園・生徒指導教師――二階堂剛史。

 もう一人は、エーデルシュタイン・アカデミー魔導実技教師――フィオナ・ローグ。


 そして当の俺自身だが――。


「格下相手に随分な用心っぷりだ。さっきの一戦以外は、素でやっても同じ結果になりそうですけど……」

「貴方は……?」

「な、っ!? てめぇ……!?」


 二人の教師は、突如現れた俺に目を剥く。

 いや正確には、背を向ける形で豪華なデスクチェアに腰掛け、背凭せもたれの死角で二人から見えないように部屋にいた俺が視認できるようになったというべきか。

 まあどこぞの悪役の如く、わざわざ椅子でふんぞり返りながら振り返ったわけだが――。


「それで話の続きはどうしたんですか? 生徒である僕に聞かれちゃまずいことでも……?」

「おちょくってんのか!? ゴラァ!?」

「凄んでも無意味ですよ。まあ貴方に関しては、大体調べがついてますけどね」

「テメェ……教師に向かって、どういう口いてんだ!? アァ!?」

「いいんですか? そんなに大声を出すと、貴方が学園の重要機密を他校に渡して、グランデイドに亡命しようとしていることが外にバレちゃいますけど?」

「て、適当な出まかせを、言ってんじゃねぇ!」

「その割には、随分と動揺してますね。隣の鉄仮面を見習ったらどうですか?」

「ぐ、ぐっ!?」


 この手の人間がデカい声を出すときは、動物の威嚇のようなもの。

 必死に自分を大きく見せようとしているだけなのだから、何も恐れることはない。

 実際、怒鳴られている俺より、怒鳴っている奴の方が追い詰められてさえいるように見受けられる。

 その反面、隣のローグ教諭は微動だにしておらず、何とも奇妙な対比となっていた。

 しかもさっきから口を開くのは二階堂ばかりであり、肝心なもう一歩踏み込んだ情報は何も喋って来ない。

 わざわざ声をかけたのは、明らかに二人の間で解散ムードが漂っていたからだ。


「流石の私でも、面と向かって鉄仮面などと呼ばれたのは初めてです。随分ときもわった生徒さんだこと……」

「褒めても何も出ませんよ。仕掛け人さん」

「あら、何のことでしょう……」

「その無能教師は、魔導実技担当から干されたことに不満を抱いていた。そして貴方はそこに付け込む形で、取引を持ち掛けたんでしょう? ミツルギ生の詳細データと学園の内部情報をリークする代わりに、二階堂の再就職先を手配するという取引を……」

「そんな陰謀論が現実で起こるわけがないでしょう? でも中々に良く出来た作り話ですね。私も先生ですし、続きを聞いて上げてもいいですよ」


 一見和やかに見える会話の応酬。

 だが見えない言葉の刃が、俺たちの間を行き交っている。


「対抗戦は合法的に国家間の交流が行えるとあって、隠れみのにするにはうってつけだ。これだけ熱気……ちょっとやそっと変な動きをしたとしても、何も言われないからな。とはいえ、展開や流れがはっきり分かっている方が動きやすいはず……」


 そう、この対抗戦は人の目を集めるおとりと見て然るべきだろう。

 というか、普通に戦っても向こうの全体勝利は揺るがないのだから、危険を冒してこんな取引をする必要がない。

 つまり、この人の本命は対抗戦の勝利ではなく、リークされる何らかの内部情報にあると考えるのが自然であり――。


「だから、貴方は計算できないイレギュラーを嫌った。鳳城先生の手の届かない領域をフルに使って、俺を排除しようとしたわけだ。無能教師にあることないこと言い回らせて……」


 軍の命令を無視して“竜騎兵ドラグーン”と戦うような奴がいたら、何をされるか分からない。

 計算外の動きをされるのは、こういうタイプの人間が一番嫌うシチュエーションだろう。

 もし単純に戦力を削ぎたいだけなら、俺ではなく有名な雪那を排除しようとするはずだしな。


「まあ時間と不信感を与えた分、完全に逆効果でしたがね。それに今も・・……」


 でも一方でローグ教諭は選択を間違えた。

 何も仕掛けてこなければ、俺は普通の青春ライフを過ごすはずだったのだから――。


 更に予想外の出来事は、モニターの中継映像上でも起こっていた。

 些細なことであっても、ローグ教諭にとっては間違いなく計算外の事態が――。


「ほぉ、これは……」

「貴方にとっては余興でしかない対抗戦も、学生にとっては進路を左右する重要な分岐点。伊達に遊んでいたわけじゃないってことですよ」


 モニターに映し出されるのは、一年生第二試合の映像。

 それはAE校の女子生徒と風破が、互角に近い戦いを繰り広げているというもの。

 つまり二階堂の手が届かない第二研究所で特訓した結果、排除しようとした俺以外の要因でも連中の予想を超えたということを示している。


 例え大局から見れば、だから何――というレベルではあっても、そんな風破の健闘は連中の計略のほころびであり、ある意味では反撃の狼煙のろしとも称せるはず。

 そう、裏で糸を引いていた者たちを表舞台に引きずり出すための――。


 さて立ちふさがるのは、今回の元凶である女教師と俺を殺そうと・・・・した・・クソ教師。相手にとって不足はない。むしろ望むところ。

 俺は臨戦状態を保ちながら、豪勢な椅子から立ち上がって連中を見据える。


 雪那たちが駆けるのが広大なアリーナなら、俺の戦場は――。

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