第89話 切り札投入【side:Everyone】

 学園対抗戦がミツルギ学園から全世界にライブ中継されている中、猿山同然だったアリーナが静寂に包まれる。

 だがそれも一瞬であり、またも非難の嵐ブーイングが吹き荒れた。


 一方、やりにくいを超えた劣悪な労働環境においても、MCは物怖じすることなく職務を全うしている。

 凄まじいプロ根性だろう。

 既にとんでもない放送事故になっているが、彼こそが最後の砦に他ならないのだから。


「さぁ! いよいよ最後の学年! 一年生同士の対決だぁ! まずはエーデルシュタイン・アカデミー一年生! そびえる巨漢! ベント・マーク!! 大きなインテリ! ビッグロック! 初戦らしく、AE校の切込み役が出て来たぞぉ!」


 紹介に合わせてメインアリーナに現れたのは、肩に斧を担いだ岩山のような男子生徒。

 二メートル近い身長と堀の深い強面は、凄まじい威圧感を放っている。これで一六歳というのは、最早年齢詐欺レベルであろう。

 そこらの格闘家なら風格だけで追い返してしまいそうなほどだった。


「対しては、ミツルギ学園一年生にして大将! 氷絶クールビューティー! 神宮寺雪那ぁぁっ!!」


 相対するのは、神宮寺雪那。

 白磁の肌と蒼黒の髪が映える白銀の戦闘装束をまとい、ハルバード――“白銀の槍斧シルフィス”を手に入場していた。


「さて切り札投入となったが、先輩たちの雪辱を果たせるかぁ!?」


 当然、初戦から大将が出て来たとあって、会場中がざわつきに包まれていることは言うまでもない。

 だが雪那の投入は必然――というより、そうせざるを得ない戦力状況が理由の根底にある。

 全ては観客たちもダレてきて、一番緊張感がなくなるはずの最終戦にもかかわらず、アリーナ中が異様な雰囲気に包まれているからだ。


 実際問題として、生徒、来賓、保護者に一般観覧客――数万という人間の前で戦うというだけでかなりの重労働となることだろう。

 しかもネット配信されている大イベントなのだから、数億という人間の目に留まっていることも事前に分かっている。


 そんな状況の中、自分の先輩が惨敗していく様を見せつけられ続けた挙句、味方であるミツルギ生からは人格否定レベルの大ブーイング。

 更には生徒のテンションが上がるのに比例して、大人からの視線も明らかに冷ややかなものになっていることがはっきりと分かってしまう。


 端的に言ってしまえば、アリアを含めた代表生徒の心は既に折れているのだ。

 もう必死に強がっている陸夜ですら、顔面蒼白で過呼吸寸前。とても戦えるような精神状態ではない。


 だからこそ、初戦から最高戦力である雪那が自ら出陣せざるを得なかったということ。

 悪い意味での消去法で雪那が出なければならない辺り、戦う前から負けが決まっているようなものだった。


「……ったく、アンタら弱すぎだろ!? 伝統ある交流戦って聞いてたのに、とんだお遊戯会だぜ! あれなら、ウチの初等部の方がマシなくらいだなァ!?」


 とても一六歳には見えない少年――ベント・マークは、皮肉気に声を張り上げた。

 見た目通りというべきか、相手への気遣いなど欠片も見られない粗暴な口ぶり。

 しかも彼の発言に呼応するように、応援で付いて来た観覧席のAE校生徒は失笑を漏らし、反発するようにミツルギ生の心無いブーイングが更に強まっていく。


 MCが制止のアナウンスを出すも意味を成さず、むしろ完璧超人として知られている雪那への内在的な嫉妬が露わになったブーイングは激しさを増していくばかりであった。

 特に同級・上級生含め、雪那に告白して玉砕した男子、妬みを爆発させた女子からの言葉は聞くに堪えないものであった。


「おーおー! 大人気だねぇ! まあ痛い目を見る前にさっさと棄権してくれや。その綺麗な肌が傷物になるのは勿体ねぇし、今夜楽しむ時にあざがあると萎えちまうからなァ……」


 一方のベントは我関せず。

 鼻の穴を膨らませながら、眼前の雪那を舐め回すように見つめる。


 これまた容姿通りというべきか、ベントは自他ともに認める女好き。

 実際、クオン皇国の人間より発育が良い人種であるグランデイド人を見慣れ、数多くの女性と付き合ってきた。

 だがその彼ですら、眼前の少女の美貌は夢中にならざるを得ないものだったのだ。


 端正な顔つきに白く瑞々みずみずしい肌。

 張りに張ってこれでもかと自己主張している重量感のある胸元。

 引き締まった腰回りに肉付きの良いヒップ。


 凛々しさと美しさが織り交ざったそれは、どれもが超一級品。

 それでいて、未だに成長過程であるが故の子供らしさも感じられる。

 言うなれば、大人っぽさとアンバランスな未完成感も相まって、ベントの劣情は煽られまくっているのだ。

 既にこんなお遊戯試合の事など、すっぽ抜けているほどに――。


「――審判、さっさと始めてもらえるだろうか?」

「戦闘続行の意志は……」

「戦う意思がなければ、こんな所には来ていない」

「わ、分かりました!!」


 二人が向かい合えば、美女と野獣。

 これまでの連敗や聞くに堪えないブーイングもあり、公平なはずのMCまでもが思わず降伏勧告してしまうほど、雪那にとってアウェーな状況と化しているのだ。


「釣れないねぇ……女を鳴かせるのは、ベッドの上だけっていうのが俺のポリシーなんだけどなァ」

「私には関係ない。さっさと構えたらどうだ?」

「あー、もうちょっと、愛想良くしてくれても良いと思うんだがなぁ。てか、俺に勝てるとか思ってんのぉ?」


 相手がどう思っていようが、腕づくで屈服させればいい。試合の有無は、ベントにとって些末さまつな問題でしかない。

 適当にビビらせて、ベッドイン。

 それ以外の思考は必要ないのだから。


「さあ、両者のボルテージも上がってきたところで開戦と参りましょう! ベント・マークVS神宮寺雪那! 試合開始ィィ!!!!」


 直後、戦いの火蓋ひぶたが切り落とされる。


 そして開戦と同時に巨体が跳ね上がる。

 固有ワンオフ機――“グランドスラム”を纏ったベントは、体格に似合わない俊敏な動きで跳躍していたのだ。


「まあ先に味見するのも悪くないか。出来れば早めに棄権してくれよぉ!! オラァッ!!!!」


 当然、ベントはそのまま落下しながら両刃の大斧――“バトルアックス”を打ち下ろす。


 轟力粉砕。

 重量級の一撃は、眼下の大地を裂きながら雪那目掛けて炸裂する。


 それが絶対零度で覆い隠されている激情を煽るだけの行為だと知らずに――。

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