第75話 幼馴染とお隣様

 俺と雪那は夕暮れの道をひた歩く。

 その表情は、お世辞にも明るいとは言えないものだった。


「しかし、どうしたものか……このままでは本番前に潰れさかねないぞ」

「どうするって、鳳城先生に任せるしかないだろ? あの調子じゃまた来そうってのは、分かるけど」


 当然ながら、原因は明白。

 曲がりなりにも奴が教師である以上、こちら側から断れないことも含めて。

 俺たち二人はともかく、風破の様に教師からの内心点が必要な目標を掲げていれば尚更だ。


 それに敷地面積的には大丈夫でも雪那の家は今も大忙しだし、お邪魔するわけにもいかない。

 何より、あれだけ大暴れした俺が不用意にうろついていれば、要らぬ騒ぎも起こりかねない。


 とはいえ――。


「それでコレ・・ってわけか」


 雪那と共に家まで帰って来た俺は、もう一つの問題に目を向ける。

 視線の先には、神宮寺家の別邸――というか、一週間前に急ピッチで建設された目新しい一軒家。


「こ、これは、私も本邸にいない方がいいということで用意してくれたわけで……別に他意があったとか、そういうわけでは……」


 一方の雪那は、天月宅の左隣にある新築の一軒家を背にして、ばつの悪そうにしている。

 分かりやすく表すのなら、俺と雪那は一週間前からお隣様になったということだ。


 しかし雪那の言っている理由自体は、事実なのだろう。

 直接何かしたわけではないとはいえ、雪那も事態の中心にいた一人だ。

 完全に八つ当たりではあるが、一柳衰退で不利益をこうむった者から恨まれていないとも限らない。


 そういう意味では、神宮寺惣一朗の名采配と言えるのかもしれないが、娘を外泊させるのに土地を買い取って一軒家を立てるのは、流石にパワープレイが過ぎる。

 おまけにウチの隣にピンポイントで――。


「まあ事情があるならしょうがない。あんまり気にするなよ」

「う、うむ……」


 正直、当初は空いた口が塞がらなかったが、雪那を相手に気負っていても仕方ない。

 無自覚な親バカが本物の親バカになっただけだからな。


 それに神宮寺家ほどぶっ飛んでこそはいないが、俺自身も似たようなことがあったが故に少しだけ慣れていたのかもしれない。

 例を挙げれば、勲章やらなんやらで莫大ばくだいな資産を残した実の両親。


 そして――。


「おかえりー」


 何故か天月家ウチのリビングでくつろいでいる後見人も、そんな大人たちと同様に規格外なのだから。


「は……え、これ、は……!?」


 雑に脱ぎ捨てられた白衣。

 ぐでーっと、背凭せもたれに腰掛けながら長い脚を組んでいる結果、めくれ上がったタイトミニスカート。

 それは半裸とは言わないまでも露出の激しい美人さんであり、まさかの光景を受けて静寂が周囲を包む。


 直後――。


「なッ!? な、な、な、な――ッ!?」


 戸惑っていた雪那は、顔を赤くしながら固まってしまっていた。


「あら……お客さんかしら?」


 一方の零華さんは、いつも通りのマイペース。

 ニコニコと笑みを浮かべていた。


「勝手に入るのはいいけど、せめて普通の格好をしてくれよ」

「えー、苦しいし、やーよ」


 俺としては慣れたものではあるが、雪那は完全初見。

 軽い眩暈めまいにでも、襲われているらしい。


「あ、雪那ちゃんじゃないの!? 久しぶりねぇ!」

「ちょっ……零華さん!?」


 そんなこんなで流れゆく時間に置いて行かれかけた雪那であったが、目を輝かせた零華さんが飛びついて来たことで現実に引き戻されたようだ。


「何年ぶりかしら!?」

「さ、三年くらいかと……」

「あらまぁ! こんなに大きくになっちゃって!」

「ち、近いですから、離れて下さい!! 当たっています……というか、身の危険を感じるのですが!? あ、んっ……!?」


 らしい――というのは、流石の俺でも視線をらしたが故のこと。

 繰り広げられているのは、美女と美少女による目に毒なやり取り。


 雪那は飛びついて来た零華さんを受け止めはするが、相手が背に手を回して抱き着いて来る関係上、必然的に拘束されてしまう。

 普通であれば、再会の抱擁ハグではあるが、抜群のスタイルを誇る両者の間で行われるソレは少々意味合いが変わって来る。

 大きな果実が押し合い、潰れ合い、反発し合う光景。

 健全な男子高校生には、目に毒過ぎる桃源郷アガルタに他ならないのだ。


 ガン見して、幼馴染からドン引きされるか。

 目を逸らして己のプライドを守るのか。


 ある意味、極限の選択を強いられていた。


「……それで今日は一体何の用で来たんだ?」

「勿論、可愛い烈火の顔を見に来たに決まってるじゃない!」

「本音は……?」

「あらー」


 ひとしきりのやり取りを終えた後、事の次第を訪ねた。

 ご機嫌に答えた当人ではあるが、普段とは雰囲気が違う。


 流石にそれぐらいは一目で分かる――とジト目を向けると、零華さんは肩をすくめながら答えた。


「まぁ、そうなのよねぇ。今日用事があるのは、雪那ちゃんの方なのよ」

「私、ですか?」

「ええ、だから雪那ちゃんが帰って来るまで待っていたのだけど……烈火と一緒に天月家こっちに来てくれたから、お隣に行く手間が省け……」

「おい、ちょっと待て」

「ん? なぁに?」


 当の零華さんは、動揺する俺たちを前に可愛らしく小首を傾げているが、軽く流してはいけないことを言い放っている。

 というのも――。


「雪那が隣で暮らすことになったなんて、伝えた覚えがないんだけど……」

「そうね。烈火からは聞いてないけど、雪那ちゃんのお父様から連絡が来たのよ。あっちのお宅で、誰かさんが大暴れしたことも含めてね」


 その上、更に衝撃的な内容を当然のように伝えられたのだから、唖然あぜんとする他ない。

 無論、俺も雪那も居たたまれなくなって、思わず顔を逸らしてしまう。


「私の身元を分かっての連絡だったから、ちゃんとコンプラは守るわよ。安心してね」


 確かに機密事項の保持というところに関しては、この人の右に出る者はいないのかもしれない。

 実際、頭脳全てが機密事項みたいな人間だからな。その辺りの管理は行き届いているし、信用に足りる人物であることは明白。


 とはいえ、更なる爆弾が落されていくわけで――。


「くれぐれもお願いしますね。それで私にお話とは?」

「あ、それなんだけど、雪那ちゃんの固有ワンオフ機は、私の所で預かることになったから」

「は、はい?」

「雪那ちゃんは、今日からクオン第二魔導兵装研究所の所属になるってことよ。これもお父様からのお願いでね」


 俺と雪那を一ヵ所に集めておいた方がいい――というのは、理解できるが少しばかり仕事が早すぎる。

 さっきの今で、完全に話の流れから振り落とされかけていた。


「では、機体はそのままに所属だけ移ると? 持ち逃げのような形になってしまって、古巣に申し訳が立たないのですが……それもこんなに急に……」

「大丈夫、大丈夫。神宮寺家当主の威光だもん。それに雪那ちゃんが抜ける代わりに、お家の方が援助もするみたいだしね」

「そうですか、そういうことなら」


 まあ渦中の雪那が納得しているなら、追及する必要はない。

 身内贔屓と親バカがフュージョンした結果の化学反応だし、俺たちに損はないしな。


 というより、零華さんの話が止まらなさ過ぎて、それどころではなく――。


「今後は、雪那ちゃんの“ニュクス”も“アイオーン”と一緒にバージョンアップしていくわね」

「バージョン」

「アップですか?」


 俺と雪那はオウム返しのように、言われたことを返すことしか出来なかった。

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