第73話 Endless Story

 吹き抜ける風が純白のドレスを波打たせている。

 それと同時、俺の心臓も不規則な鼓動を刻んでいた。


「帰り道は分かるし、さっさと戻れよ。そんな格好じゃ歩きづらいだろ? この家、無駄に広いし……」


 まずは隣を歩く幼馴染を半眼で見つめながら、嘆息をもらさざるを得ない。

 言いたいことは色々あるが、第一に雪那の衣装が豪勢なドレスのままだということが挙げられるだろう。


 そんな儀礼用の格好で歩き回るなんて、非効率的以外の何物でもない。

 何より、さっきの今で雪那だってかなり疲れているだろうに――。


「てか、さっきから近いんだけど……」


 というか、実際に流石の雪那も長距離を歩くのは流石に苦しいようで、俺の腕を取って足を進めているような状態にある。

 端から見れば、年頃の男女が腕を組んでいるようにしか見えない状況だった。


「わ、私は、当主自ら客人の送迎をおおせ付かった身だ。つまり、これはやむを得ないことであってだな……」


 だが顔を赤くした雪那は、もごもごと口を動かしながら、白い手袋に包まれた手で俺の腕を掴んだまま離そうとしない。


「じゃあ、着替えてくればいいだろ?」

「烈火は私を待たずに帰ってしまうだろう? そんなことはお見通しだ。まだ何も伝えられていないのに……」


 今回ばかりは俺の方が正論。

 でも雪那は、不貞腐れたようにぷいっと顔を背けてしまう。


 こういう動作は女子の特権だな――と思いながらも、頭に疑問符が浮かぶのを感じた。


 実際、神宮寺家に乗り込んだ目的は、既に完遂した。

 それも俺自身が根回しせずとも、一柳家への面倒な処理を神宮寺家に任せることが出来た――という最高の状態かたちで。


 それに雪那とも腹を割って話せたはずとあって、わざわざドレス姿の娘を派遣する意味がよく分からない。

 残った大人たちの目から遠ざけたいなら、専属メイドと一緒に自室に戻せばいいのに――。


「……俺が勝手にやったことなんだから、雪那が気にすることはない。まあどうしてもあの御曹司と結婚したかったのなら、悪いことをしたかもだが……」

「そ、そんなわけないだろう!? そんなわけ、あるはずがないが……私の所為せいで、烈火をあんなに危険な目に合わせてしまったのだぞ!?」


 絞り出したかのような声音。

 罪の意識と、情けなさが織り交ざったかのような複雑な感情。


 多分、望まない結婚から解放されたことに、僅かでも歓喜の情を抱いてしまった自分が許せないでいるのだろう。

 結果的にとはいえ、幼馴染に危険な思いをさせて自身だけが護られるなんて、雪那にとっては何よりも耐えがたいはずだから。


「烈火のことだから、無策で突っ込んで来たわけではないとは思うが、それでも私は……」

「言っただろ? 借りていたものを、返しただけだって」

「私は烈火と在る中で、そんなことをしているつもりはなかった。それどころか……」


 雪那はまたも、もごもごと歯切れ悪く黙ってしまう。

 非日常が続き過ぎた所為せいかか、本当にお互いらしくない――。


 でもこれが逆の立場なら、俺も同じように素直に喜べないはず。

 だが自分が助けてもらって、嬉しい、ハッピー――と、考えられないからこそ、俺たちはこうして隣り合って立っているのだろう。

 普通の少年少女よりも、かなり歪なのかもしれないが――。


「全く、いつまでもしおらしくされると調子が狂うんだが?」

「な……ッ!? わ、私がどんな想いで……!」

「真面目で堅物は、雪那の担当だろ? だったらいつも通りにしていればいい。そうやって雪那がいつも通りに過ごせているなら、俺がここに来たのも無駄足じゃないってことになるわけだしな」


 俺は食い下がって来る雪那の手を振り解くと、そのまま歩き始める。


「……っ!?」


 雪那の寂しそうな声に胸が痛まないでもないが、神宮寺家の正門はすぐ先にある。

 これ以上の案内は不要というものだろう。


 何より今の彼女に必要なのは、との会話じゃない。

 すれ違っていた人たちとの時間を埋めること。


 だからこそ、残す言葉は一つだけ。


「――雪那」

「な、なんだ……?」


 俺は正門の前で、雪那の方を振り返る。

 突然振り返った所為せいか、当の雪那は風になびく長い髪を手で押さえながら、身構えているようだ。


 本当にお互い・・・らしくない――と思いながら、言葉を紡ぐ。


「――またな」


 ――大好きサヨナラ


 あの雪の日、答えを待たずに去ってしまった彼女への返答を――。


 何も言わないのも、辛いことを抱え込むのもきっとお互い様。

 それに特異な幼少期を過ごしてきた結果、他の生徒が当たり前のように持つ色んな感情が欠落していることも、お互い様なのかもしれない。

 異次元からの侵攻者に抗えるだけの魔導チカラの代償として――。


 だが同じ目線に立てるのが一人ではなく、二人なら――。


「ああ、また……な」


 対する雪那は、微笑を浮かべて言葉を紡いでくれた。

 今度は走り去ることもなく、涙が頬を伝うこともない。

 ただ想いの丈を一言に込めて。


 そうだ、もう焦ったり、別れを惜しむ必要はない。

 いつも通り・・・・・顔を合わせるのが、これで最後というわけではないのだから。


 明日からは、また日常が戻って来る。

 そうやって俺たち未来明日は、これからも続いていくのだから、小難しいことはその時になったら考えればいい。


 また雪那の笑顔が見られた。

 今はそれだけで十分だ。


 こうして国を揺るがす結婚騒動は幕を閉じた。

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