第71話 Re;START

 蒼い魔力光に包まれ、俺の出で立ちが元の学生服へと戻る。

 足を進める先には、純白のドレスを纏った幼馴染の姿――。


「――ったく、なんて表情かおしてんだよ。いや、当然か……」

「そ、それより怪我は……!?」

「五体満足。そんなに心配するな」


 出来る限りいつも通り努めているつもりだが、雪那の顔は晴れない。

 さっきまでの激しい戦いから一転、やっぱり俺にこういうのは向いてないらしい。


「そ、それは……良かったと言うべきなのか、なんと言うか……」


 一方の雪那も返しの言葉が出てこないでいるようだ。


 最後の雪の日、雪那は何らかの覚悟を決めて俺を誘ったはず。

 だがそうして別れを告げたはずの幼馴染が結婚発表の場に乱入したばかりか、婚約者を引きずり回した上で、自分の父と剣を交えた。


 挙句、結婚自体が取り止め――というか、ぶち壊し。

 更にはクオン皇国の問題や一柳家の真実、新たな脅威の存在も含めて、この短時間であまりに多くの出来事が押し寄せ過ぎた。

 これで戸惑うな――という方が無理な話だろう。


 そもそも雪那の精神ココロは、とっくに限界を超えていたはずなのだから――。


「……今日の会はお開きよ。お友達に帰り道を案内して上げなさい。今度はちゃんとした……ね」

「ああ、それは名案みょうあんだな。後始末・・・は、私たちに任せておけ。これだけ巻き込んでおいて今更と思うかもしれんが、ここから先は大人の仕事だ」

「ええ、二人にも積もる話があるでしょう。それに我が家は、普通の家よりちょっとだけ広いわ。丁重・・に見送って上げなさい」


 そうして話していると、神宮寺夫妻から声をかけられる。

 その視線は、数年単位で準備してきたはずの大切な婚儀をぶち壊した相手に対してとは思えないほど穏やかなものだった。


「お、お母様、お父様……?」


 当然、それは雪那を更なる戸惑いの渦に叩き込むことに他ならない。

 だが止める必要も、護る必要もなさそうだ。


「戻ってきたら、お前をないがしろにしたことを謝らせて欲しい。そして話をしよう……三人でな」

「はい……っ!」


 何故なら眼前の親子がかもし出す雰囲気は、穏やかで温かなものだったから――。


 親であることより当主であることを優先した。

 そんなこの人たちを毒親だと思うかは、それぞれの判断によるのだろう。

 でも別にわざと雪那を苦しめようとして、この縁談を組んだわけではないということは確かなようだ。


 実際、結婚ともなれば、各々関係も恋人から家族に変わり、相手の親や親戚しんせきとの関係で揉めるリスク自体は絶対的に生じてしまう。

 それは名家も一般人も、生じる責任の大きさ以外は変わらない。

 ただ今回の一件に関しては、一柳のゴリ押しと連中を皇国に繋ぎ止めておきたいという思惑が合致してしまった。

 結果、恋人という過程を経由せず、いきなりこんな大騒ぎパーティーにしてしまったのだから、本来の親子同士でも歪みが生じて当然だったのだろう。


 こう言っちゃアレだが、雪那が自由恋愛で結婚相手を選べない立場にある以上、将来が安泰で有望な相手と一緒になって欲しい――というのは、親心として全く分からない話じゃない。

 その厳しい条件の中で見出されたのが、あの一柳神弥。


 実際、事前に情報を知った上で、かなり深い裏の世界に突っ込まなければ、今回の真実が明らかになることはなかった。

 それに経歴や性格、容姿や将来性――表の情報・・・・だけ・・で判断すれば、あれ以上の優良物件はそうそういないはず。


 ましてや婚約者の幼馴染がパーティー会場に殴り込みをかけて来る――なんて事態になっていなければ、奴は完璧超人として周囲に認識されていたままだったわけだしな。


 まあ親子喧嘩が出来ない家族がおかしいと言ってしまえばそれまでだが、このレベルの家を一般人の尺度で測ること自体が間違っている――とはいえ、それは大人の理屈だ。

 子供からしてみれば、納得のいかない部分もあるわけで――。


 今回は頭の固い両親を上からぶっ叩いて、娘の我儘わがままを直接耳にぶち込んだ――ということになるのだろう。


「それから、少年。思えば、君の名を聞いていなかったな。教えて貰えるだろうか?」

「天月です。天月烈火」

「天、月……!?」


 そのまま雪那から視線がスライドしてきたが故に応えたわけだが、当の二人は何やら大きく目を見開いて言葉を詰まらせている。

 流石に場慣れしているだけあって一瞬の変化だったとはいえ、見逃すわけもない。

 俺は俺で特異な事情があったりしないでもないが、まだこの人たちには何も知られていないはずだが――。


「そうか……天月君。娘を頼んだぞ」

「ええ、随分仲が良いみたいだし、しっかりお願いね」

「――ッ!?」


 かぁ――っと、雪那の顔が赤く染まる。

 これじゃ今の反応について聞ける雰囲気じゃない――なんて思っていたら、そのまま雪那に腕を引っ張られてしまう。

 何やらたまれなくなったらしい。


「い、行くぞっ!」

「あ……おいっ!? というか、その格好で引っ付かれるのは……」


 そして腕を組まれながら会場を後にせざるを得ないわけだが、露出の激しいドレス姿での逆エスコートは、色んな意味でとんでもないことになってしまうわけで――。

 しかも神宮寺夫妻からの生温かい視線を背中で感じてしまって、俺の方までたまれなくなって来る。


 まあ何にせよ、いつも通りの雪那が戻って来たのなら、こんな気恥ずかしさは苦でも何でもない――のか。

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