第42話 狂気の地にて

「なんだか、悪い事をしているみたいでドキドキしますわね」

「その割には、随分落ち着いているように見えるが……」

「そんなことありませんわ。こんな時間に出歩くなんて、これまで片手で数えるくらいしかありません。ましてや殿方と二人きりなんて、貴方が初めてですもの……」


 今、俺とディオネは夜の林地を歩いている。

 しかも上着のフードを被り、その下には野球帽キャップ

 それから謎にゴリ押しされた色違いの伊達眼鏡だてめがねを付けたプチ変装姿で――。

 つまり色気の欠片もない放課後デートは、夜の部に突入しているということだ。


「顔を赤くするな。要らん勘違いをされかねない」

「あら? 勘違いでは……って、これは……?」


 そのまま奴の反応・・・・を追うように歩いていくと、自然溢れる森林には不釣り合いな建造物が目に留まった。


「それにしても、よくあの仮面男に追跡用の魔導をかけられましたね。あれだけ素早く動き回っていたのに……」

「まあ、咄嗟とっさにな」


 ディオネの言う通り、さっきの戦闘で逆手に持ち替えた魔力剣を“首狩り悪魔グリムリーパー”に接触させた際、俺は追跡用の魔導をかけていた。

 結果、俺たちは奴の足取りを追うことが出来ているというわけだ。


 当然、子供たちを守って奴を逃がした際、取り乱さなかった理由も同じだった。


「しかしこんな所を拠点にしていたとは……。やっぱりキナ臭くなってきたな」


 目の前にそびえ立つのは、四階立ての白い大型建造物。

 廃墟と呼ぶには真新しく、新築と呼ぶには薄汚れている。

 何とも言えない雰囲気を放つ建物だった。


 当然、俺の言葉にディオネが首を傾げる。


「ここは一体……?」

酔狂すいきょうな事業家が何年か前に建てた……何かの研究施設だったか。経営が立ち行かなくなって、半年くらい前に廃棄されたらしいが……」

「なるほど……しかし未だ解体されておらず、あの仮面男の根城にされている……と」


 解体費用がいくらかかるのかは分からないが、業者の怠慢たいまんを嘆いている場合じゃない。

 俺とディオネは侵入ポイントを探すべく、廃棄された研究施設を観察する。


「普通にお邪魔するなら、正面出入口に裏口が一つ」

「それと窓からでしょうか? しかしこの建物、窓が少なくありませんか? それに施設に対して窓周りは随分と手狭ですし……」

「ああ、まるで中から・・・何かが・・・出られない・・・・・ように造られている……とも考えられるな」


 二人は少々異質な造りをしている研究施設をいぶかしむが、今は前に進むしかない。


「周りを削る必要がある以上、大きさ的に窓は論外。表か裏か……」

「一つ提案なのですが、ここは二手に分かれませんか? 閉鎖空間では私たちの方が不利ですし、簡単に取り逃がしてしまいますわ。それに別々に動いていれば、挟み撃ちも可能ですし……」

「言いたいことは分からないでもないが……」


 一ヶ所にまとまって動けば敵に捕捉ほそくされる可能性も高まる。

 加えて建物の中では移動範囲が制限される上に、出力の高い魔導は使えない。


 確かに二人で行動するメリットが薄いのは事実。


 ディオネの提案は的を射たものであったが――。


「施設内で各個撃破される可能性もあるし、相手は連続殺人鬼シリアルキラー。いくら何でも危険すぎる」

「腕にはそれなりに覚えがありますので、問題ありませんわ。それに、いざとなれば……えっと、“魔導兵装アルミュール”を使いますので!」


 さっきの戦闘からしても、ディオネの力量を疑う必要はないだろう。


 だが俺だけならともかく、ディオネを一人にするわけにいかない。

 相手の異常さを理解しているのだから尚更だった。


「私の端末に“首狩り悪魔グリムリーパー”の移動座標を送っていただければ、個人でも動けます。ボサッとしていると逃げられてしまいますわ。さあ、行きましょう」

「はぁ……分かった。何かあったら、すぐに連絡をくれ」

「ええ、頼りにさせて頂きますわ」


 実力と覚悟は本物。

 固有ワンオフ機も持っている。

 なら、彼女を信じるしかないようだ。


「……行くぞ」

「はい!」


 そして俺は正面、ディオネは裏口から、廃棄された研究所に突入する。


 狂気渦巻く地獄へと――。

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