第53話 私の出逢った名探偵 5
「動機って……昨晩のあれか?」
吉口がいることを思い出して、具体的には言わずにおいた。房村と楠田がうなずく。吉口自身も、朧気ながら聞かされたのだろう。特に質問を発すでもなく、唇を固く閉じて成り行きを見守る。
「だけど、あれを動機と言われちゃあ、たまらないな」
「そりゃあ、俺だって同じだ。楠田ならまだ説得力あるがな」
「何だと」
いきり立つ楠田を、私と房村でなだめる。
「だからこそ、通報するかどうか、迷ってるんじゃないか」
「ああ、そうだよ。確かにそうだな。今のところ、自分が一番疑われるだろうってのは、予測できるよ」
投げ遣りに言うと、楠田は頭をかきむしった。
「私も疑われるかも」
ぽつりとつぶやいたのは、吉口。泣き顔も今や収まり、現実に直面した困惑を代わりに宿している。
「何故?」
「警察なら調べたら、すぐ分かるわ。ついこの間のことなんだけれど、友達の結婚式があって、母の大事なイヤリングを内緒で持ち出して着けて行ったの。それをなくしちゃって……同じ物を買おうとしたら、凄く高くて、どうしようもないから、貴子に泣きついて助けてもらったわ。精巧なイミテーションを格安で。そのことがあって、私、前にも増して貴子の言いなりになるようになって……」
「心の底では、嫌だった?」
「いい気分はしないわよ。でも、もちろん、殺したいなんて思ったことない。それどころか、はっきりもめていた訳でさえない。ただ、警察が信じてくれるかどうか、自信を持てないから……恐い」
「四人が四人とも、動機ありと見なすだろうな、警察は」
私は他の三人を順に見つめながら言った。脅かすつもりはないが、重々しい口調になる。
「だけど、通報しない訳にはいかないだろう。このまま遺体をどこかに隠しても、いずれ見つかるだろうし、それ以前に、貴子の行方不明をうまく説明できるとは思えない」
「……そうだな」
私の意見に、皆が納得し、電話をしようと決めた矢先。
別荘内に、ブザーが鳴り響いた。
反射的に時計を見た。午前八時。
「まさか――もうやって来たか?」
みんなで顔を見合わせた。顔面蒼白とはこのことかと思った。恐らく、私の顔を見た者も同じように感じただろう。
房村をリビングに残し、応対に出てみると、やはり昨日の二人だった。朝八時を過ぎたばかり。約束の時間より一時間近く早い。
背の高い方、チテンマは地天馬という字を書くのだと、このとき分かった。刑事の方は、
私達の側の自己紹介をすませると、遠藤の死を切り出そうとしたのだが、タイミングを掴めない。
「真に受けてやって来ましたよ。お招きありがとう」
柔和な顔で、中間が改めて挨拶をした。彼自身は自分が警察の人間とは言わず、単に公務員と説明していた。
「手ぶらも申し訳ないので、これを。昨日釣った魚を、ペンションで調理してもらったんです。お昼にどうぞ」
にこにこしながら、中間は手にした風呂敷を顔の高さまで持ち上げた。中身はタッパー。てんぷらや焼き魚の切り身が詰めてあった。
それにしても、この中間という男、刑事にしては腰が低い。まさか、地天馬に対して中間が嘘を教えたのではないかとさえ思えてきた。
「僕はハンターではないので、これくらいしか用意できません」
地天馬もまた、手に紙袋を持っていた。中を見ると、ボトルワインと瓶ビール。軽そうに持っていたので、これは意外だった。
「冷やしておく時間が必要だから、早めにね」
「まあ、これはこれは、わざわざどうもありがとうございます」
吉口がそつなく応対する。男よりも女の方が、いざとなれば度胸が据わるのだろうか。しかし、ごまかし通すのは避けるべきだ。そう決めたのだ。
「実はですね、今、大変なことが起きまして、全員動揺してたところなんです」
結局、私が切り出した。動揺云々と言ったのは、故意に通報を遅らせたのではないとアピールするためだった。
「ほう。大変なこととは何です?」
中間はまだ優しげな表情をしている。これがどう変化するのか、想像するだけでも嫌な感じを覚えた。
「実は」
口中がからからに乾いてきた。実は、実はと連発するのは、思考能力が低下しているせいか。
「姿が見えない内の一人、遠藤貴子が、その……亡くなってたんです」
「……死亡したと? ふむ。警察への通報はどうされました?」
相手の表情や目つきはさほど変わらなかったが、声に鋭さが加わった。
警察にはまだ連絡していない、状況はこれこれこうだと説明をする。ただし、動機のことに関しては、現時点では口をつぐんだ。
中間はここでようやく、自分は刑事だと正体を明かし、警察手帳を提示した。さらには地天馬も捜査に携わる者であると言った。
「通報していないのは、問題ありと言いたいところだが、あなた方、テレビやラジオでニュースを聞かなかった?」
「は? いいえ、昨日はテレビなんかとは縁遠い一日でしたね」
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