第31話 溶解する屍 10
「全員が入るのは好ましくありません」
推理作家の性が出た。福井は竹中に向かって命じる。
「竹中さんは廊下に出て、この戸口を見張っていてください。万が一、定さんもしくは他の人物が逃げ出そうとしたら、取り押さえること。いいですね?」
「あ、ああ。見張ればいいんだな」
竹中は後ろ向きにドアをくぐり、再び廊下に立った。そして腕組みをしてどっしりと構え、室内を睨みつける。
「どこにもおらへんみたいやわあ」
中を見回しながら、寿子が言った。
「見ただけじゃあだめです。身体を動かして探さないと」
福井は率先して部屋中を探して回った。布団の中、ベッドの下、クローゼット、ソファの裏側……。
「せやから、言ったやないの」
寿子の非難を福井は背中で受け止め、中腰の姿勢から元へと戻った。
「まだあります。定さんが持って来た荷物」
部屋の奥に追いやられる風にまとめられたバッグが二つ。内一つは、なるほど、人一人が充分に入れそうな容積を持っていた。
「商売道具が入っているように見せかけ、我々の調べを心理的に逃れようという訳だな。うまい手だ」
枝川が感心したようにつぶやく。だが、福井は確かめるまでは喜べなかった。また非難されては面白くないので、「違うかもしれません」と断ってから、バッグのファスナーに手を掛けた。
思い切って開くと、細々とした手品道具らしき物がたくさん転がり出た。素人目には用途不明の代物が圧倒的に多い。
「――」
一瞬、動きが停まった。道具の中に、人の頭や手足を見つけたためだ。心臓を鷲掴みにされた気分を味わった福井だが、じきに冷静な目を取り戻した。手首足首頭部、いずれも模型だ。それも、すぐに偽物と分かる出来映えである。
「うわあ、グロテスクやなあ。ばらばら死体かと思ったわ」
後ろから覗き込んでいた寿子が、オーバーに感想を述べる。
対照的に枝川は平静さを保っている。
「これでは見間違えようがない。大昔の特撮じゃあるまいし、稚拙すぎる」
映画人として、高度に精巧な造り物の手足や頭を目の当たりにしてきた誇りがあるようだ。それを口に出さずにいられないところは、この六十過ぎの男にまだまだ子供っぽさが残っている証である。
「ドアの裏側にもおらへんし、秘密の抜け穴みたいなもんもないようやし、どこへ消えたんやろ? さっぱり分からへんわ」
ドアや壁のあちこちを叩きながら、山城寿子が言った。そのあとを引き継ぐようにして、枝川が福井へ顔を向ける。
「君を疑う訳ではないが、部屋に定さんが入ったのは確かかね?」
「保証します。僕の目の前で、定さんはドアを開け、中に入ったんですから。以後、全く目を離していません」
「そうか。ううむ」
首をしきりに傾げる枝川。悔しくてならないと、顔に書いてあるようだ。
「まだ可能性は残っていますよ」
言いながら、福井は部屋を横切り、奥の面にたどり着く。そして風に震える窓へ手を掛けた。彼の思惑通り、鍵は掛かっていない。風向きも窓とは直角をなしており、観音開きのガラス戸はさほど力を要すことなく外側に開いた。きしむ音もほとんどしない。
福井は後頭部を片手で押さえながら、慎重に頭を出した。夜の闇に目を凝らす。
「外壁に張り付い……てはいないようですね。だが、上か下に逃れる道がある」
そう言ったものの、光が乏しく、判然としない。ここはホテルではないので、各部屋に非常用の懐中電灯が備え付けてあるはずもなく、今すぐには調べようがなかった。
「すみませんが竹中さん、下に行って、お手伝いさんか誰かから、懐中電灯を借りてきてくれませんか」
「あ? それは別にいいけど、下に行くくらいなら、直接調べた方が手っ取り早いんじゃないかい?」
「地上からだと、屋根の方まで目が届かないでしょう」
「ああ、なるほどな」
「私も行こう」
枝川が言った。
「私と竹中さんの二人がそれぞれ懐中電灯を借り、一人は地上を探す。もう一人がこの部屋に戻ってくればよい」
「名案です。ぜひ、お願いします」
福井は映画監督に頭を下げた。
枝川と竹中が部屋を離れると、福井自身が廊下に出て、見張り役となる。
「さすが推理作家だねえ。若いのに、てきぱきしてはるわ」
室内に残る寿子が、感心した口ぶりで言う。福井は苦笑を禁じ得ない。推理作家だから、今のような状況に対処できるかとは限らないではないか。
「山城さんは、何か気付かれたことありませんか?」
「私? いやあ、おばちゃんはだめよ。ぼーっとしてるから、全然、何も浮かばへん。ただなあ、これが琴恵さんの言う消失なんやろかいうのは、すごう気になってる」
「同感です」
「あんたの意見は? 聞かしてえな」
「全員が揃っていないところで行われましたから、これは違うと睨んでいます。定さんの独走でしょう」
「おんなじ現象をもう一回やって、見てなかった人に見せたら?」
「え? もう一回って?」
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