私の出逢った名探偵
小石原淳
第1話 二人の距離 1
「ついでに昼飯を摂らせてください」
と断ってから、どっかと椅子に着くと、缶コーヒーを呷り、パンをかじった。
一息つき、ようやく用件に入る。
「相談というのは、先月最後の土曜日、殺しがありましてね。実は、犯人が誰なのかっていうのは、もう明らかなんですよ」
余計な時間を取った自覚があるのか、花畑刑事はのっけから重要なことを言い出す。
「犯人が分かっているのにここへ来たのは、どうした訳ですか」
我が友・
私は、食べながら話す刑事の姿を見る内に軽い空腹感を覚えた。紅茶を入れようと思い、席を立った。
「地天馬は紅茶を」
「頼む」
長らく付き合うと成果は出るもので、地天馬の好み通りの紅茶やコーヒーを入れることも、だいたいできるようになった。
奥のキッチンで準備に取り掛かったが、幸いにも刑事の話はよく聞こえた。
「まあ、先にあらましを。
なるほど。他のところは抜かりなく指紋を拭き取ったが、最後に部屋を出る際、明かりを消して、そのまま拭き忘れたのか。
「現場がどこなのか、言ってください。鹿間がよく出入りする場所なら、指紋があっても不思議ではない」
「そうそう、被害者の家ですよ。マンションの一室。鹿間の指紋があってもおかしくない場所だが、真新しいっていうとこがおかしいんです。動機に関わってくるんですが、内山は鹿間と
耳をそばだてていた私の脳裏に、歪んだ三角形が描けた。どの辺も今や消え失せている。
紅茶を入れ、りんごの菓子を添えて、盆に載せると、私は戻った。
「ああ、ありがとう。――花畑刑事。まだ本題に入っていないようですが」
地天馬は早速、菓子を手に取り、食べ始めた。刑事は先と同じ種類のパンをもう一つ、袋から取り出し、端から四分の一ほどをかぶりつき、コーヒーで流し込んだ。口元を拭ってから、おもむろに答える。
「実は、指紋を残しておきながら、鹿間はアリバイを主張したんです」
「そりゃあ、奇妙ですね」
私は思わず口を挟んだ。興味をますます惹かれたからだ。指紋とアリバイ、どちらが優先されるのだろうか。
「容疑者がどんなアリバイを申し立てたか知りませんが、指紋という物的証拠があれば、アリバイなんて意味をなさないんじゃないんですか」
「いや、残念ながらそうもいかんのです。殊に今回の事件では、指紋が真新しいというだけで、犯行時に付着したとする決定打がないんでねえ」
「とにかく話を聞かないと」
私が促すと、ちょうど昼食を終えた刑事は手をはたき、やがて話し始めた。
「死亡推定時刻は、夜中の〇時から二時。ところが鹿間は、前日の十九時頃から事件当日の午前三時過ぎまで、同僚三人と自宅で一緒だったというアリバイを言い出した。コンピュータゲームやら麻雀やらで過ごしたらしいが、酒は二人が飲んだだけで、鹿間ともう一人は全くやってない、だから確かだという訳でさあ」
「その四人がどんな名目で集まったのか、分かってます?」
「もちろん。独身連中で、給料日のあとの最初の土日は遊び明かすという約束なんだそうで。ここら辺、自分から見れば、学生気分が抜けてない」
何が腹立たしいのか、憤然として鼻息を荒くする刑事。地天馬は一定のペースを保ち、質問を続けた。
「集まるのは、常に鹿間の家なのかな」
「あ、いや、それは違うようで。アパートの独り暮らしの奴が二人おり、普段はそのどちらかに。鹿間は親と同居なんだが、今回、両親が法事で帰省。一時的に独り暮らし状態になるってことで、鹿間宅に集まったと説明していたな」
「ふん。鹿間の家に行ったのは、三人ともその日が初めてではありませんか?」
「その通りですよ。恋人じゃあるまいし、男の同僚がお互いの実家を行き来してたら気味悪い」
答えてから、自分の言い種が気に入ったのか、花畑刑事はにやりと笑った。
「招かれた三名は、腕時計なり何なり、時刻を知ることができる物を身に着けていたんですか」
「おお、さすがですな。身に着けていましたよ。腕時計派が二人、携帯電話派が一人。腕時計は隙を見て時間をずらすことができたとしても、携帯電話はなかなか難しいでしょう。鹿間本人も携帯電話を持っているので、ちょっと貸してくれとは言えない。たとえ同僚でも不審がられる」
「そう言えば、何の同僚なんです?」
「言ってなかった? インスタント食品のメーカー。四人とも商品開発のリサーチを主に手がけてるとか」
「鹿間の自宅から、被害者宅まで、どんなルートがあって、時間はそれぞれどれくらい掛かるんです?」
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