椎名希の日常記

東條 九音

一章 うつろう日常の観測者

天才と変人は紙一重

第1話 ツムギ荘へようこそ

「なんか……久しぶりに思い出したな」


 春休みも残り二日。この日椎名のぞみは寮の自室で本を読んでいると、ふと懐かしいことを思い出した。

 いろんな景色、いろんな色を見せてくれる物語の世界が好きで、物語の世界に常にワクワクを感じるようになったきっかけ。


 希が本好きになったきっかけは、小さい頃よく一緒に遊んでいた子の影響であった。名前は覚えてないが、一緒に絵本を読んだり遊んだりしたのは覚えていた。そしてその子と読んだ、本の世界に幼いながら魅了されたのだ。


 ちなみにその子は家庭の事情とかで、会うことがなくなった。小さい頃のほんのわずかな期間しか、一緒に居なかったが……大切な人である事には違い。

 それはさておき、希にとって本を読むことは、至高の時間、最大の楽しみと言う事。


「希! 」


 そんな至高の時間は来訪者により突如終わった。声が掛けられると同時に扉が開かれ、安息は終わったのだと悟る。


「扉はノックして返事があってから開きなよ? 古賀こがさん」


 扉を開けた主、同級生にして同じ寮の住人で、生徒会長の古賀裕美ひろみに希は呆れながら声をかけた。裕美とは小学校の頃からの中なのでかれこれ10年来の友人……いや今年で11年目の友人だ。

 希は読んでいた本にしおりを挟んで裕美の方を向くと、裕美はお構いなしに部屋へと入って来ていた。


「キミしかいないんだから問題無いでしょ? 」


「まぁそりゃあ、俺の部屋だからね……。それでご用件は? 」


「ヘルプ! 」


「……却下は? 」


「こっちは明日の入学式の準備で手一杯なんだよ!私は生徒会の仕事で、明日の準備中だし。みなとは部屋から、絶対に出ないでしょ? なら残りは暇してる希だけってわけ。この寮の中で今手が空いてるのはキミしかいないの! 」


 面倒事の気がしなくも無かったが、希はとりあえず話を聞いてみることにした。


「……まぁ取り敢えず詳細を聞こうか?」


「明日のうちに転入してくる、あかつきしおりちゃんを迎えに行って欲しいの。暁先生に私が頼まれていたんだけど、準備に手間取っていて、迎えに行けそうにないからさ」


「新学期に合わせて転入ね。まぁそれはいい。けど何で迎えに行くのさ? 来るの待てばいいじゃん?」


「さぁ? 知らないよ。私だって、元々頼まれていただけの人だもん。ちなみにこの寮に住むみたい」


「……えっ? この寮に住むの?」


 ここに住むと聞いて希は思わず聞き返すと、裕美は嬉しそうに言葉を返してきた。


「うちに住むから、誰かが迎えに行くんでしょ♪ けどまあ、うちに住むって事は、そう言うことなんじゃない? 」


「わけあり人物、 ってことになるよなぁ」


「 とにかく、私はもう戻らないとだから! あ、待ち合わせ場所は駅前ね!」


 そう言うと希に写真を渡して、裕美は希の部屋を出て入学式の準備に戻って行った。

 希は渡された写真を見るとそこには、黒髪のロングに透き通るような白い肌をした可愛らしい美少女が写っていた。

 希はその少女をどこかで見たような気がして、しばらく思い出そうとしてみたが、全く思い出せなかった。


「取り敢えず、行かにゃあいかんか……」


 希はライトノベルを一冊ポケットの中に入れると、言われた待ち合わせ場所へと向かうことにした。



〜〜〜



 希が住んでいる寮と学校について少し話そう。

 この学生寮の名前はツムギ荘。キッチン、ダイニング、トイレ、風呂場共用の二階建て全七部屋の激安家賃の小さな学生寮だ。


 うち一階の一部屋は管理人が住んでいるので、生徒用の部屋は一階に三部屋、二階に三部屋だ。

 さらに言うと一階が男子、二階が女子と分けられており、その男子部屋の一階101室が、椎名しいなのぞみの部屋である。

 希の通う高校は大きく分類すると芸術科、商業科、情報科の三つで構成されている。そしてそれぞれの学科ごとの学生寮が存在している。


 ツムギ荘はと言うと、学科関係なく訳ありの人物が住む寮。住む人物は『天才』『問題児』『変人』のいずれかにもれなく該当する。

 いわゆる変人の巣窟と言うのが学校内での認識であった。元々は才能や自主性を伸ばすための特別寮であったそうだが、今ではほとんどその事は忘れられている。


 一般寮とツムギ荘の違いと言えば、食堂や寮母さんがいるが、ツムギ荘にはいない。なので家事全般を自分たちでやる必要がある。

 希はその程度の違いはあまり気にしておらず、むしろその分一般寮より寮費が安くついているので、気に入っていた。


 そうこうしているうちに、希は待ち合わせの場所である駅前に到着する。


「とまぁ、駅前には着いたが……どこにいるのやら」


 辺りを見回すがそこそこ人がいてわからず、もう一度写真を確認して辺りを見るが……わからなかった。

 こう言う時、希は決まって本を読む事にしていた。本を読むと少し落ち着くからと言う理由で。

 ポケットに忍ばせていたライトノベルを取り出し開く。


「みーくん?」


 いざ読み始めようとしたタイミングで誰かの声が聞こえる。が、自身ではないだろうと判断し、希は物語に目を向ける。


「あなた、本が好きなの?」


 正面に人の気配を感じ、本から顔を上げる。そこには茶色いトランクを持った女の子が立っていた。

 はて?どこかで見たような、と感じ一瞬考えて思い出した。渡された写真の子の特徴、黒髪のロングで白い肌と一致する。

 つまる事は、この目の前の子が暁栞さんという事になる。


「聞こえてるかな?」


 希が実物の可愛さに惚けていると再度、声を掛けられる。


「あ……っと、まぁ、好きかな。それで、えっーと、キミが暁栞さんかな」


「……」


 栞の表情が一瞬曇る。が、希はその事には気付くこと無くそのまま簡単な自己紹介の流れに。


「俺は」「椎名希、でしょ?」


「……何で知ってるの? どっかで会ったこと……あったっけ?」


 初対面の相手が名前を言い当てるので、希は少し戸惑いながら会ったことがあるか訊ねた。


「……おじさま。いえ、暁先生から連絡を貰っていたの。希が迎えに来るって」


「はぁ、なるほど。でもよく俺って分かったね? 」


「駅前でわざわざ、本を読んでいたから」


「もしかして、暁先生の連絡に本を読んでる奴、みたいな事書いてた? 」


「……そんな感じよ」


「そう言うことね。えっーとじゃあ、行こうか?」


「えぇ。案内お願い」


 疑問も解消したところで希は先行して歩きだそうとしたところで、ふと彼女が持つトランクに目が行く。


「その荷物、持とうか?」


「えっ……と、じゃあお願いしようかな」


「ん」


 栞からトランクを受け取り、連れだってツムギ荘を目指して帰り始める。



〜〜〜



「とーちゃく。ここがツムギ荘だよ」


「ここが……なんと言うか、趣ある建物ね」


「まぁ一番古い学生寮だからねぇ」


「そうなのね」


「ん。さ、入って」


 玄関のドアを開け栞を招き入れ、預かっていたトランクは玄関脇に置く。


「お邪魔します」


「今日からお前さんの家にもなるのだから、ただいまで良いんだよ」


「おじさま!」


「おう、久しぶりだな。ゆ……いや栞」


 管理人室から教師兼管理人のあかつき|玲《れい》先生が出て来る。


「暁先生、居たんなら迎えに行けたんじゃ?」


「俺は資料を取りに、ちょっと帰って来てただけだ。これからすぐに、学校へ戻る」


 そう言って暁先生は手に持ったファイルをヒラヒラと見せる。


「古賀たちもリハーサルが長引いてるからな。結局暇してた、お前さんしか動けなかったわけだ」


「俺だって読書してたんですけど」


「いつもの事だろ、それは? ま、この後も頼むわ」


「えっ? 何をですか?」


「何って、引っ越し作業だよ。男手はあって損はないだろうからな。部屋は二階201号室だ。なぁに、大半は業者がやってくれるさ」


 そう言うと暁先生は希の肩をぽんっと叩いて出て行く。残された二人に妙な間が出来る。


「あのー、すみません。荷物をお届けに参りました。暁栞さんは……」


「あっ、私です。二階の201号室に運び込んでください」


 と、入れ替わりに引っ越し業者がやって来た。業者の人はさすがで、あっという間に栞の部屋、201号室への搬入を終えて次の現場へと移動していった。


「さすがプロ、早かったな」


「そうね。……荷解きは自分でやるから、大丈夫よ」


「あ、そう? なら俺は、自室の101号室に居るから何かあれば声かけて」


「分かったわ」


 それぞれの部屋へと別れる。希は自室に戻って本を読み始める。上の階からガサガサと作業をする音が聞こえてくる。

 希は片耳にイヤホンを付け、半分外の音も聞こえるようにして、音楽を聴きながら読書を始めた。


「ただいま~!」


 時計を確認すると時刻は17時、住人たちが帰ってきたようだ。

 そろそろ夕飯の準備に取りかかろうと読書を止めて部屋から出る。


「人数増えたし、お米は多めに炊くとして……おかずはどうしよう?」


 お米を研ぎ炊飯器にセットする。これでお米は19時頃に炊き上がる。

 当番制の家事は主に5つ。キッチン・ダイニング掃除、風呂場掃除、ゴミ出し、買い出し、料理。今日の希は料理の当番日だった。


 しかしまぁこの当番は実質あってないようなもの。各々が気にかけ、出来る人がやっていたりする。

 今日みたいに何かある時は、大概みんなで食べるので当番に当たる人が料理を作る必要がある。

 正直料理なんて大それた事は出来る身ではない。それなりのものなら作れはする。焼く、炒める、煮る、蒸す。それらなら取り敢えず、問題なく出来る。揚げ物は……スーパーの惣菜売場に頼る。


「と、まぁレパートリーが乏しいからなぁ」


 冷蔵庫の中を確認する。ある食材は白菜に人参、ピーマン、もやし、豚バラ肉。豚バラ肉は期限が近いから早めに使いたい。


「季節外れだけど、鍋にするか……煮るだけだし」


 作るものを決め調理に取り掛かる。と言っても白菜と人参、豚バラを一口大に切り分け、水を半分入れた鍋の中に切り分けたものを投入。蓋を閉める前にポン酢を2、3周回し入れる。

 現在の時間を確認すると18時になったところであった。


「ちょっと早いけど、煮始めておくか」


 鍋を中火で煮始める。

 やがて時間は19時になり一人を除いて住人がリビングに勢揃いし、席に着く。

 全員に飲み物が行き渡ると古賀が音頭を取った。


「栞ちゃん! ツムギ荘へようこそ♪」


「改めまして、暁栞です。芸術科二年に転入になります。これからよろしくお願いします!」


「はい。自己紹介いくよー! 私は202号室、芸術科二年の古賀裕美。生徒会長でもあるよ」


「改めて、情報科二年の椎名希。101号室の住人で、一応は生徒会庶務って事になってる」


「あと一人、ひきこもりの吉町よしまちみなとって言うのが居るぞ。みなともまあ、生徒会会計だがそう顔を会わせることは無いだろうから気にするな」


 裕美と希が自己紹介し終えると、暁先生が酒を飲みながら最後の住人の紹介をした。


「うっし、挨拶はこのくらいにして飯だ。夕飯を食べ始めるぞ、お前ら」


 堅苦しい挨拶も一通り終えると、暁先生が真っ先に鍋に手を出す。それに続いて各々食べ始めたのだった。

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