第9話 樹の巨人
ゴブリンとの戦闘を終えると、フィーナは風の精霊シルフを召喚し、大工たちの傷を癒やす。
「この方は女神か……」
と荒くれものの大工たちは口を揃えるが、控えめに言ってそれは正しい。
心の中で同意していると、腕を切り取られた大工が意識を取り戻す。
そこにあるべきものがないと分かった大工は、泣き叫ぶ。
「う、うぎゃあ! 俺の腕がぁ~!?」
「……こいつは結婚したばかりなのに」
「……その腕じゃもう大工の仕事はできまい」
仲間たちも悲壮感に包まれるが、そんな中フィーナは俺を見つめる。
この男の腕を繋げということだろう。
フィーナは精霊使いであり、回復魔法は不得手だ。腕を繋ぐような治癒魔法は使えない。
しかし魔法戦士系の勇者である俺は回復魔法も得意であった。
共に旅をした司祭ユークスと賢者マードックの次に回復魔法を使いこなしていたのだ。
一〇〇年経ってもそのことを覚えていたようで、彼女はすがるような瞳を向けてくる。
俺は「やれやれ」と大工の腕を手に取る。
まずはちぎられた腕を入念に消毒、その後、大工たちに怪我人を取り押さえさせると、腕を添え、回復魔法を掛ける。
この魔法はとても魔力を消費するが、それ以上に患者がとても痛い。失われた神経を再生させる魔法なので激痛を伴うのだ。
腕をちぎられた大工はのたうち回り、大工たちを振りほどこうとする。しかし、さすがは力自慢の大工たち、俺の回復魔法を邪魔することなく、治療を終える。
ただ、最後には腕をちぎられた大工は気絶してしまったが。
泡を吹き、失禁もしていた。
さて、このように自分たちを襲おうとしていた大工を助け、慈悲まで施してやった俺たち。
大工も人の子である以上、感謝は忘れない。
全員で土下座をし、悪事を働こうとしていたことを詫びる。
「まったく、現金な連中だ」
と思わなくもないが、妻が即許すことを知っていたので、追求はしなかった。
ただ、そのまま返すようなお人好しでもないが。
俺は彼らにこんな提案をする。
「俺たちは三日で橋を直すと宣言をした」
「はい。そのようなことを言われたので、我々の仕事がなくなってしまうと思って、こんな結果に……」
「まあ、仕事を奪って済まなかったと思うが、俺たちも物入りだし、橋が落ちたままだと皆が困るだろう」
「その通りです。しかし、そんな短期間で直せるものなのですか?」
「直せるさ。これからこの森の中央にある大樹を切って持っていく」
「あの巨木は切り出すだけで三日は掛かります。人足を三〇人使っても現場に持っていくだけで一週間は掛かるかと」
「だろうな。まあ、しかし、俺たちならば三日あれば出来る」
「は、はあ……」
大工たちはいまだに信じられないようだ。
俺たちの実力を完全に把握はしていないようで。
まあいい、百聞は一見にしかず。実際にやってみせれば彼らの蒙も啓けるというもの。そう思った俺は大工をともなって森の奥に入っていった。
大工たちにその光景を見せようと思ったのは気まぐれではない。
無論、イキリ散らすためでもマウントを取るためでもなかった。
皆が幸せになる方法を思いついただけだった。
その方法を実行するため、巨木の前に立ち、精神を集中させる。
腰の剣に意識をやり、魔力を込める。
「レナスさんはなにを……」
「あの体勢は抜刀術だと思うが……」
「馬鹿いえ、木の幹は五メートルはあるぞ。あれを剣で斬れる人間がいるものか」
そのようなやり取りをする大工たちに心の中でこう返答する。
(たしかに人間じゃ無理だな。だけどこちとら人間をやめていてね。そうじゃないと魔王メイザースとは戦えない)
地獄のような修行、波乱に満ちた旅路を思い出すと、薄ら寒くなってくるが、そのお陰で多くの人を救えたと思うと、有り難くも懐かしくなってくるから不思議だ。
俺は修行と旅の成果を剣に乗せる。
「隻眼竜奥義、明鏡止水!!」
隻眼流とは俺の師匠が興した流派であるが、その剣は天衣無縫の剛剣、大地破砕の柔剣。
世界最強の流派のひとつとされ、それを継承するものはその時代にひとりだけとされていた。
秘伝中の秘伝奥義であるが、俺はそれを歴代でも最強クラスに使いこなす。
つまり〝ただの木の幹〟などチーズと同じであった。
すうっと剣の刃を通すと、そのまま野太い幹を一刀両断する。
その様を見て大工たちは、
「おお!」
と驚愕の声を上げる。
フィーナも、
「少しも衰えていないようですね」
と誇らしげに言った。
「まあな、百年冷凍されていた割には斬れたほうかな」
ずずーん! と倒れた巨木の断面を見る。
「あー、でも、やっぱ筋力が衰えてるかも。断面が小汚い」
「ど、どこがですか! かんなで削ったかのような切り口ですよ」
大工のひとりが突っ込む。
「達人レベルにしか分からない感性があるんだよ」
そのように言い放つと、剣でひゅっひゅっと空を切って、刀身を鞘に収める。
ざわめく大工たち。
「す、すごすぎるな。この人たちならばこの木を細かく切って川に持って行けそうだ」
「そうだな。ほんとに三日で橋を架けてしまうかも」
「さっそく人足を集めるか」
そのように相談するが、それは不要であった。
「なぜです。まさかこのまま運ぶって言うんじゃ……」
「そうだよ。このまま運ぶんだ」
「ええ~!」
「このまま運んだほうが早いし、このままこれを川に掛ければ工事の手間が省けるだろう」
「そりゃそうですが」
「構造上、木材を貼り合わせるよりも、一本の巨木を使ったほうが、丈夫なはず」
超トンでも理論であるが、間違ってはいないはず。ただ、現実離れしすぎているだけだった。
「さてと大工の連中はまだ疑っているようだから、フィーナ、見せてやってくれるか」
「はいな」
彼女はそう言うと、樹木の精霊と会話をし始める。
黄金色に輝き始める彼女の身体。半透明となり、限りなく妖精に近い存在となる。
妖精になった彼女は精霊界に住まう精霊たちと会話が出来るようになるのだ。
「大樹に生命を宿した賢き老人よ、
汝に問う。この世界の有り様を、
大地に脈々受け継がれしもの意味を哲学せん!」
フィーナが古代エルフ語でそのように言い放つと、切り裂かれた大樹にニョキリと手足が生える。
鼻が伸び、目がくぼむ。
人型の形になる。
「こ、これはトレント!?」
大工の問いに答えるフィーナ。
「はい。そうです。知恵と手足を持つ樹木人をこの巨木に宿しました」
「す、すごい。こんな精霊使い聞いたことがない」
「この人たちは何者なんだ?」
皆、口々に驚くが、このままだと俺とフィーナが本物の七勇者だとばれてしまうので、生まれたばかりのトレントくんに歩いて貰うことにした。
「おやすいごようさ」
ずしんずしんと歩く巨木、その姿はちょっとした巨人で、大工たちはあっけにとられる。
俺たちの正体を詮索する気持ちさえなくなったようだ。
「善き善き。ま、ばれてもいいんだけど、新婚旅行はお忍びでやりたいんだよね」
「夫婦水入らずです」
フィーナはそのように言うと、俺の右腕を掴み、組んでくる。
そのまま悠然と川まで向かった。
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