第6話 新婚初夜

 街道をゆるりと歩く。


 フォルタナ連邦という国は治安がいいらしく、魔物や盗賊の類いとは出くわさなかった。


「信じられないな。一〇〇年前は一〇〇歩歩くとなにかとエンカウントしたのに」


「当時は治安が乱れていましたね」


「ああ、魔王復活もあるが、それに乗じて不平分子が反乱を起こしたりしたからな」


 阿鼻叫喚の地獄絵図を思い出す。


「今では街道を歩いていれば盗賊に出くわすことはありません」


「魔物もいないな」


「各宿場町に自警団が滞在しています。大きな街には護民官もいます。連邦首都デュラムリアには治安維持騎士団が複数存在し、定期的に街道沿いの大掃除をしています」


「へえ、至れり尽くせりだな。諸国をひとつに纏めるとそんな芸当も出来るんだな」


「はい。小領主同士がいがみ合っていると、治安が悪化しますから」


「善きかな、善きかな。命懸けで魔王を倒した甲斐があるぞ」


「…………」


 フィーナが沈黙したのは、いいことばかりではない、と言いたいのだろうが、一〇〇年前の最悪期の記憶が色濃い俺にとっては治安がいいというだけで嬉しいものだ。


 脳天気かも知れないが、フィーナは夫の機嫌を損ねないように、


「そうですね。平和なのはたしかです」


 と足取りを軽くした。


 その後、街道を歩くこと数里、宿場町を見つける。


 ロペの宿場町と書かれていた。とても小さな宿場町だ。


 まだまだ歩けるが、フィーナは俺の体調を心配し、宿を取るように勧める。


「まだまだ歩けるが、病み上がりなのも事実だしな」


 それに宿場町全制覇の実績を積み上げようと宣言したばかりだ。泊まることにする。


 しかし、宿賃を見て驚愕する。


「ぎ、銀貨一二枚ってぼったくりかよ!」


 フィーナはにこやかに説明する。


「一〇〇年前から徐々に物価が上がっています。宿賃は当時の倍くらいになってます」


「く、インフレってやつか」


 その分、民の所得が上がっていれば経済が成長している証であるが、浦島太郎状態の俺はびっくりせずにはいられない。


「ち、ちなみに路銀はどれくらいあるんだ?」


 愛する妻の顔色をうかがう。


 宿屋の主人の前で全財産をさらすのは躊躇われたのだろう、部屋に入ると詳細を教えてくれる。


「ごにょごにょ……」


「……金貨一〇〇枚ほどかあ」


 銀貨にすれば一〇〇〇枚ほどである。なかなかの蓄えであったが、贅沢が出来る額でもない。なにせ今後は出費が延々と続くのだ。収入がなければいつか路銀もつきる。


 それにいつか定住先を決め、そこで子を産み、育てなければいけない。


 となれば家を建てなければいけないし、子育てにはお金が掛かる。


「うーん、節約しながら旅をしないとな」


「ですね」


「まあ、最初はケチケチしないけどな。なにせ、新婚旅行」


「嬉しい」


「道中、路銀稼ぎもするしな」


「冒険者ギルドに立ち寄りますか?」


「うむ、あとは農作業の手伝いをしたり、狩りの手伝いもするかな」


「選ばなければ仕事はいくらでもあります」


「だな」


 というわけで今日はそのまま新婚初夜。


 宿の女将さんからお湯を買うと、湯浴みをする。


 そのまま「昨晩はお楽しみでしたね」をする。


 一〇〇年ぶりにフィーナを抱くわけであるが、彼女は百年前と変わらず、初々しい。


 それにとてもいい匂いがする。


 森の香りと、柑橘系が合わさったかのような香気を纏っているのだ。


 行為のあと、


「肉を食べないからいい匂いがするのかな?」


 と言うと、彼女は、


「……馬鹿」


 と、とても恥ずかしげにうつむいた。


 こういうところも超可愛らしいので、そのまま夜半まで彼女を抱き続けた。



 朝、鶏の声と共に目を覚ます。


 身繕いをすると、そのまま宿の食堂まで行って食事。


 ちなみに女将さんには前日からメニューを豪華にしてくれとオーダーしてある。


 なにせ新婚旅行初日の朝食なのだ。最高のものを食べたい。


 俺は鶏卵とベーコンエッグを中心とした肉肉しいもの。


 フィーナは野菜を中心としたベジタリアンなもの。


 俺は肉食系男子だが、妻は草食系だ。野菜とキノコしか食べない。


 だから食べ物の好みが正反対なのだ。


「種族の違いだから仕方ないけどな」


 ただ、共通して好きな食べ物もある。


 甘いものだ。


 今日もスイーツを多めにして夫婦共益を図る。


 ヨーグルトに蜂蜜を混ぜたもの。


 ホイップクリームたっぷりのパンケーキ。


 甘く煎ったナッツ類などだ。


 これらを仲良く一緒に食す。


「まいうー」


「ですね」


 にこにこと口に運ぶふたり。


 ときおり、「あーん」と口を開けて催促するが、フィーナは恥ずかしがり屋なので口に運んでくれない。


 ただ、女将さんなどがいない瞬間になると、もじもじと恥ずかしげにスプーンでヨーグルトなどを口元に運んでくれた。妻のこういうところはとても可愛らしい。


「最高の妻を持てて幸せだ」


 思ったことを口の外に出すと、妻は恥ずかしげに微笑んだ。

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