第7話 画家お届け
芸術家エミルはサラサラと幻想的な風景を描き続けていた。休憩したくなるのを我慢しながら、インスピレーションを出力し続ける。
ガタッ。不意にエミルの家の前で物音がした。集中力が途切れてしまい、エミルは不機嫌そうに音の正体を確かめようとしていた。
「何……? また石に
話し掛けてる人が
家の前に立ってたり
しないわよね……」
エミルが扉を開ける。扉の前の光景を見て、彼女は思わず固まってしまった。
彼女の前には黒ずくめの男が2人立っていたのだ。
「へぇ……。この女が
有名な芸術家なのか? 」
「ヘイ。そのようですぜ兄貴」
「俺は芸術とかさっぱり
分からんからよ。この女が
本当にそんなに凄いのか
イマイチピンと来ないんよな」
「俺もです兄貴! でもほら。
見てくだせぇ! 家の中には
絵が置いてありますでしょ!? 」
「確かに。よく分からんが
なんか凄そうだぜ。
んじゃさっそく……」
男はロープを取り出すとニヤリと笑った。
「この女とっ捕まえて、
絵を描かせまくろうぜ! 」
「……!? 」
男たちはエミルを誘拐し、自分たちの元で絵を描かせ、大金を得ようとしていたのだった。
「や、やめて……!
来ないで……! 」
このままでは誘拐されてしまう。エミルは知恵を絞る。魔導タブレット、あれを使えば通信が出来る。彼女は慌ててタブレットの画面を闇雲にタップする。どこかに通信が繋がったようだった。
「お願い!! 誰か助けて!!
私、今誘拐されそうで……!! 」
「こ、コノヤロッ!! 」
「あうっ……!? 」
エミルは兄貴と呼ばれた男に殴られ気を失った。男の子分は急いで通信を切った。
「やべぇこいつ……。どこかに
通信してやがった……。
さっさとずらかるぜ……!! 」
エミルはロープで体をぐるぐる巻きにされた。男たちが移動手段に使っている怪鳥の元へ運ばれ、ゴンドラに乗せられ、そのまま誘拐されてしまった…。
「もしもし……!?
どうしました……!?
もしもし、もしもし……!! 」
シュカが只事ではない様子で狼狽えていた。どう見てもただの注文ではない様子に、アプリは尋ねる。
「ど、どうしたシュカ?
もしもしもしもし言っちゃって?
なんかあったの? 」
「あ、あの、今、えっと!
さっきロシェさんが配達に行った
お宅から連絡があって……!!
誘拐されそうだから助けてって!! 」
「え、えぇっ!? 」
エミルが通信したのはセーバースイーツだった。通信履歴で直前に連絡した店の記録が残っており、エミルが闇雲に操作した結果、ここに繋がっていたようであった。
「ちょ、ちょっとちょっと!
ウチはおまわりじゃないよ!?
掛ける場所間違えて
んじゃないの!? 」
「そ、そんなこと言っても
ほうっておけませんよ……!!
そ、そうだ! ロシェさんに!
まだ近くにいるかもしれません!
彼女に連絡して、なんとか
してもらいましょう……!! 」
シュカは急いでロシェの魔導タブレットに連絡する。ロシェが出るまで、シュカはしばらく待っていたが……。
『ただ今通信に出ることが
出来ません。ピーという
発信音の後にお名前…』
「で、出ない……!! 」
「えぇっ!? 」
時間は少し遡り、シュカから通信が入る直前のロシェ。
「あぁ……。私はほんと
クソザコナメクジなんだ……」
ロシェは傷心のあまり魔導バイクを止め、波打ち際で黄昏れていた。
(誰かとまともに話すなんて……。
やっぱり私には無理なのかな……)
ロシェは一筋涙を流しながら、海をぼんやりと眺めていた。その時。
ロシェのポケットに入っている魔導タブレットから着信音が鳴った。
「ひっ……!? 」
ただの通信にロシェは飛び上がって驚いていた。恐る恐るタブレットの画面を見ると、画面にはシュカの名前が表示されていた。
「シュシュシュシュ、シュカ……。
ど、どうしようどうしよう……」
ロシェは通信が苦手だった。例え知っている人間でも、緊張してまともに話すことが出来なくなってしまうのだ。
「あ、あいうえおかきくけこかこ。
と、隣の客はよく柿食う客だ……」
発声練習をして通信に出ようとするが、手が震えて通話ボタンを押すことが出来ない。
「ま、また上手く話せなかったら
シュカに嫌われるかも……」
ロシェは先程のエミルに対するやらかしがトラウマになってしまい、人と話すことへの苦手意識が増幅してしまっていたのだった……。
「……あ」
ロシェがモタモタしている間に通信は切れてしまった。シュカからの留守番通信が残されている。
ロシェは項垂れた。自分の情けなさに打ちひしがれ、動けなくなっていた。
(私、変わりたい……。
もっと素直に話せるように
なりたいよ……)
めそめそと泣き続けるロシェ。そんな時、アプリから貰った石を思い出し、再びポケットから取り出した。
「マナ……」
マナはいつも素直で純粋で、ロシェが憧れる理想の人間だった。そんなマナのようになりたいと、石を握り締める。
すると、再び通信が入る。ロシェは片目を瞑りながらそっと画面を見る。
「ア、アプリ……!? 」
今度はアプリから通信が来た。ロシェは懸命に出ようとするが、手が震え、喉が塞がる。最低な態度を取る自分の姿が次々と浮かんでしまう。
「う……あ……」
諦めてしまいそうになるロシェの脳裏にアプリの言葉が蘇っていた。
『ロシェロシェ! この石、
あなたにあげる!
なんかこれ持ってると、
ご利益がある気がするのよね! 』
「ご、ご利益……。ご利益……! 」
この石にはご利益がある。必死にそう思い込む。不思議と勇気が湧いてきた。通信に一度出てしまえばなんとかなる。気合と根性で思考を前向きに切り替え、通話ボタンを押した……!
「も、もしもし……」
『あっ!! ロシェ良かった!!
やっと出た!! 大丈夫!? 』
「うん……。大丈夫……」
『ごめんね!! ちょっとこっちは
全然大丈夫じゃなくてっ!!
今ロシェが配達してる依頼人さんが
ゆ、誘拐されたって連絡があって!!』
「……え!? 」
『でもどういう状態か全っ然
何もかも分かんなくてっ!!
頼れるのはロシェしかいないの!!
お願いっ!! なんとかしてぇ!! 』
大好きなエミルが誘拐され、アプリが自分を頼っている。ロシェの返事は決まっていた。
「分かった。まかせて」
『さ、さすロシェ〜〜っ!! 』
タブレットの向こうでアプリが歓喜の声を上げている。通信を切ると、ロシェはエミルの位置を探る。命の位置を察知出来る彼女にとって、エミルの居場所を探ることなど朝飯前だった。
上空を移動するエミルの反応を察知した。
「見つけた……!! 」
魔導バイクに急いで跨り、最高速度でエミルの反応を追う……!
その頃、黒ずくめの男たちは上機嫌で怪鳥が運ぶゴンドラに揺られていた。
「だっはっはっはっは!!
これで俺たちゃ大金持ちよ!! 」
「絵さえ描かせりゃ
いくらでも金を稼げるなんて、
まさに金のなる木ですね兄貴!! 」
「まったくだぜ!!
ぶわっはっはっはっはっ!! 」
男の騒がしい笑い声にエミルは目を覚ました。
「こ、ここは……!? 」
上半身をロープで縛られ、足しか自由に動かせないエミルは必死に足で抵抗しようとする。
「お、おい!! 大人しくしやがれ!!
ここは空の上だぜぇ!?
暴れたら落ちちまうし、誰も
助けなんか来やしねぇんだよ!! 」
エミルは自分が空を飛んでいることに気付き絶望していた。男の言う通り助かる見込みがなかったのだ。
「そ、そんな……」
「大人しくしてたら悪いようには
しねぇ……。素直に俺たちに
従うんだなぁ……!? 」
エミルは悔しくて涙を流していた。自分の作品がこんな奴らに利用されるなんて、プライドが許さなかった。
そんな彼女の耳に、けたたましいエンジン音が聞こえてきた。
「兄貴! なんでしょうあれは!? 」
ゴンドラの遥か下の道を、一台の魔導バイクが爆走していた。子分はただならぬ様子に取り乱していた。
「あ、あれは……!? 」
エミルは気付いた。さっき石に話し掛けていた、おかしな配達員が乗っていたバイクだった。
「てめぇの知り合いか……」
兄貴は先程の通信のことを思い出していた。エミルの通信を聞いた誰かが助けに来たことは容易に想像出来た。
「あ、兄貴〜!! あのバイク
ずっと付いて来ますよ〜!? 」
「落ち着け。見てみろこの距離を。
あんなバイクに、空を飛んでる
俺たちに何が出来る? 」
ロシェと男たちはどうやっても届かないような距離に離れていた。男は余裕たっぷりな様子でバイクを眺めていた。
「へへへへッ!! いつまでも
無駄なことを!!
悔しかったらここまで
来てみろってんだ!! 」
兄貴がそう勝ち誇った途端。バイクは隣にそびえ立っていた崖を登り始めた。
「な、何やってんだあれは!? 」
猛スピードで崖を垂直に走るバイク。信じられない光景に開いた口が塞がらなくなる。
「ば、バイクって
崖走れるんすか!? 」
「なんだあいつ!?
ありえねぇだろうがッ!? 」
ロシェは男たちに狙いを定め、飛び掛かろうとしている。ハンドルから手を離し、驚異的なバランス感覚でバイクの上に立っている。
そして、日本刀を構え、ゴンドラに飛び掛かった……!
(私はまともに
話せないから……! )
(こんなことでしか
役に立てないから!! )
(だから私は、みんなのために
どこまでも強くなれる……!! )
日本刀はゴンドラを真っ二つに斬り裂いた。
「ひ、ひえぇっ!? 」
男たちは切り裂かれ斜めになっているゴンドラから落ちないように、必死にしがみついている。その時、ゴンドラの中央に立っていたエミルがゴンドラから落下してしまった……!
「きゃああああああっ!! 」
落下するエミルをロシェが受け止める。
「あ……」
日本刀を腰に差しながら、長い黒髪を美しくなびかせるロシェに、エミルを見惚れていた。
ロシェは高所を物ともせず、軽やかに砂浜に着地した。
「く、くそっ!! あの小娘!!
許さねぇ!! すぐにあの画家を
取り戻すぞっ!! 」
「あ、兄貴!! そんな暴れたら
お、落ちっ……!! 」
子分が落ちると言い終わる前に、2人の男はゴンドラから落下していた。
「うわああああああ〜ッ!? 」
幸か不幸か、怪鳥は海上を飛行していたおかげで、男たちは海に着水し、地面に激突することは免れていた。
「ぶはぁっ!? チクショウ!!
まだだ!! 俺は諦め……」
「あ、兄貴……」
「あぁッ!? 今度は何だ!? 」
兄貴が振り返るとそこには巨大なジンベエザメのような生き物が、口を大きく開けていた。
「ぎ……」
「ぎゃあああああああッ!! 」
男たちは瘴気で生まれたその巨大な生き物に飲み込まれ、そのままジンベエザメもどきごと海の中へと姿を消した……。
エミルはそれを見届けると、一気に体の力が抜け、その場にへたり込んだ。
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