第58話

 8÷2(2+2)=X


「……あの、何ですこれ?」

 俺は桶狭間おけはざま警部に質問する。


「何って鏑木かぶらき君、私の話を聞いていなかったのかね? 殺された椎名しいな竜生りゅうせいの死体の傍らに残されていたダイイングメッセージだよ」


 ……これがダイイングメッセージ?


「……これ、どういう意味なんでしょう?」


「さてな。この数式を計算して、Xを割り出せば犯人に繋がるのではないかと思うのだが……」


「…………」


 計算自体は特に難しいわけではない。だが、これを解いたからといって何だというのか?


「犯人は16という数字と関係する人物ということですかね?」


「……何を言っとるんだね鏑木君、X=1だろうが。()の中を先に計算するルールを知らんのかね?」


「いやいや、警部こそ計算間違いですよ。()の中を先に計算することはその通りですが、これはそのあとのかけ算を省略している形ですよね? 式の中にわり算とかけ算が入っている場合、左から順に計算するのがセオリーでしょう?」


「いいや、この式の中の2(2+2)の部分は一纏まりと考えるのが自然だ。よって、8÷8=1となって答えは『1』だ!」


「いいえ、4×4=16で答えは『16』です!」


「『1』だ!」

「『16』です!」


 両者一歩も譲らず、睨み合う俺と桶狭間警部。


「…………何やってるんだ二人とも?」

 そこへ漸く小林こばやしこえが学校から帰ってくる。


     〇 〇 〇


「……なるほど」

 小林は謎のダイイングメッセージの説明を受けて、納得したように顎に手を当てている。


「ただこの場合、答えが16でも1でも間違いというわけではないですね」


「何でだよ小林、計算式は左から計算していくのがルールだろ?」


「確かにその通りだがな、この問題はもう数学の分野ではない。国語の領域なのだ。鏑木の解釈ではこの問題は『8÷2×(2+2)=X』ということなのだろうが、警部は同じ問題を見て『8÷{2×(2+2)}=X』と解釈した。そして出題者がどちらのつもりで問題を出したのか、この式からだけでは判断がつかない。よって、この問題は出題ミスとするのが妥当だろう」


「…………」


 ダイイングメッセージが出題ミスとは、何とも締まりのない最期である。


「じゃあこのメッセージには何の価値もないということなのか?」


「それはむしろ逆だな。死体の傍らに何故ダイイングメッセージが残されていたのか? ここではそれを考えるべきなのだ」


「……どういうことだ?」

 俺には小林の言っている意味がわからない。


「犯人の名前以外のダイイングメッセージに価値はない。いみじくもお前が言っていた通りだ。たとえ意味のわからない暗号だろうと、犯人がダイイングメッセージを見つけた場合、そのままにしておく筈がないのだからな。ならば、この計算式は誰が何の目的で残したものなのか?」


「……!?」

 俺は思わず桶狭間警部と顔を見合わせる。


「ダイイングメッセージは犯人の罠!」


「まだ確定したわけではないが、そう考えた方が色々と合点がいく。メッセージの内容よりも、を残した目的から犯人を導けるかもしれない」


「……目的ねェ」


「桶狭間警部、質問があります。問題のダイイングメッセージですが、実物の写真はありませんか?」


「ああ、あるよ。見るかね?」

「ええ、お願いします」


 桶狭間警部は躊躇ためらいなく小林に死体の写真を見せる。

 写真にはフローリングの床に倒れている大学生の青年が写っている。青年は右手に黒いマジックのようなものを握っていて、床に直接例のダイイングメッセージが書かれている。


 小林の目がキラリと光る。


「警部、もう一つ質問があります。被害者の大学生・椎名竜生は塾講師のアルバイトをしていたりはしませんか?」


「……小林君、何故それを君が知っているんだね!?」

 桶狭間警部は心底驚いたようにあんぐりと口を開けている。


「別に知っていたのではありません。警部から聞いた情報から推理を組み立てたまでです。そして私の推理が正しければ、容疑者を大幅に絞り込むことができるかもしれません」

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