第50話

 その後も何事もなく、僕たち四人は四元素しげんそ館で過ごす休暇を満喫した。

 ずっと暗い表情だったまりあも、皆でバーベキューをしているときはリラックスして楽しんでいる様子だった。


「……ちょっと飲み過ぎたみたい。私、先に寝るね。おやすみ」


 そう言ってまりあは、ふらついた足取りで階段を上ろうとする。


「おい、危ないぞ」

げん君、まりあを部屋まで連れていってあげて」

「……何で俺?」

「ナイトでしょ。姫を守るのが務めじゃない」

「へいへい、わかりましたよ」

「……ごめんね」

 まりあは元に手を引かれながら階段を上っていく。


「……鰤岡ぶりおかも少しは気が晴れたみたいで良かったな」

 僕がそう言うと、結麻ゆまは何故か大きく溜息を吐いた。


「……だといいんだけど」

「何だ? 何か気掛かりでもあるのか?」

「……哲平てっぺい君って頭いい癖にたまに馬鹿だよね」

「……塊原かいばらも何気に毒舌だよな」

「あのね、問題は何一つとして解決してないんだよ? そりゃここにいる間はまりあも安心だろうけど、ずっとそうするわけにもいかない。日常に戻れば、何時ストーカーが襲って来るかわからないんだから」

「…………」


 結麻の言い分もわからないでもない。しかし、ただの悪戯に対して少し過敏になりすぎているようにも思えた。


「そのストーカーって誰なのかわかってないのか?」

「学校関係者であることは間違いないけど、それ以上は何も……。まりあに訊いてみても、心当たりはないみたい」

「……そうか」


「……あの、そのことなんだが」

 まりあを部屋に送って戻ってきた元が、神妙な面持ちで僕と結麻の会話に割って入る。


「実は荷物を置いたとき、火の間のマントルピースの中でこんなものを見つけたんだ」

 元が持っているのはすすけたA4サイズのコピー用紙だ。



【拝啓、鰤岡まりあ様 今晩、お前を殺す】



「ちょっと元君、何の冗談よ!?」

 結麻が目をつり上げて元を非難する。


「いや、違うんだ。俺も何かの間違いだと思いたい。でも、実際にこの紙が四元素館の中で見つかった事実は曲げようがない」


「…………」


 まさかストーカーが軽井沢の四元素館までまりあを追ってきた? そんな馬鹿な話があるか?


「……このことは、まりあには秘密にしておきましょう」

 結麻が僕と元に目配せしてから、静かに言った。


「いやでも、それだともし何かあったときに鰤岡が危険じゃ……」

 僕がそう言うのを結麻が遮る。


「セキュリティーがしっかりしている四元素館に侵入者が入れるわけがない。だからこれはの悪戯だって私は思ってる」


「おい、誰かって誰だよ? 俺のことを疑っているならはっきりそう言えよ塊原!」

 元が声を荒げて言う。


 結麻と元の間に険悪な空気が流れる。


「……二人とも、今は争っている場合じゃない。それより、最悪なケースは本当に鰤岡のストーカーが建物の中に侵入していたときだ。僕たち三人で館の中を調べて、誰もいないことを確認しよう」


 それから僕、結麻、元の三人は四元素館の全部屋を調べて回ることにした。


 しかしどこを調べても侵入者はおろか、その形跡すら見つけることができなかった。

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