第26話

「……何だか妙な客だったな」

 売野うりのが去った後、俺は大きく溜息を吐いた。


「それにしても小林こばやし、お前よくあんなトリックに気づいたな。まさか被害者二人がお互いに成り代わっていただなんて、普通思い付かないぞ」


「……何を言っている? 鏑木かぶらき、まさかお前まであんな与太話を真に受けたのか?」


「……へ?」

 小林にジト目で睨まれて、俺は固まってしまう。


「最初に断っておいた筈だ。もし情報が間違っていたり足りなければ、私の推理は当然間違った方向に行くことになるだろう、と。そして売野が前提としていたのは『犯人は松岡まつおか大吾だいご苺谷いちごたにあかりの二人のうちのどちらかだ』という条件だ。私の話した推理は、この条件に矛盾しないように無理やりねくりあげた屁理屈に過ぎない」


「……じゃあ本当の犯人は誰なんだよ?」


「知るかそんなこと。そもそも売野がどこまで本当のことを話したかすら怪しいのに、私に真犯人などわかるわけがないだろうが。売野は通り魔犯行説を現実的ではないと切って捨てていたが、私に言わせれば苺谷犯行説はそれ以上に非現実的だ」


「……うーん」

 言われてみれば、小林の推理にも無理のある点が多々ある。


 たとえば、もし司法解剖によって割り出された死亡推定時刻の幅がもう少し狭く正確なら、寒川さむかわが生存していた時間との矛盾が生まれて苺谷はたちまち窮地に追いやられただろう。


 それに売野が寒川と白雪しらゆき、どちらかの葬式に行っていれば、遺影の写真から二人の入れ替わりに一発で気付かれてしまう。

 苺谷が売野と松岡の行動をコントロールすることもできなくはないだろうが、それでも運に任せきった杜撰ずさんな計画と言わざるを得ない。


「それでも売野が私の推理に納得したのは、それが売野にとって都合のいい真相だったからだ」


「都合のいい真相?」


「売野が何故二年も経ってから、この事件の犯人を突き止めようなどと考えるようになったのか? おそらく、売野は犯人を強請ゆするつもりだったのだろう。それには通り魔の行きずりの犯行では都合が悪い。そこで容疑者を松岡と苺谷に限定したのだ」


「……なるほど」

 結局、売野は自分の信じたい真相しか受け入れられなかったということか。


「それじゃあ、お前の推理を聞いた売野は、これから苺谷灯を強請るということなのか?」


「まず相手にされないだろうがな。もし私の推理を信じた上で人間を二人も解体した犯人を強請ろうだなんて考えているんだとしたら、ぞっとしない話だ」


 小林はそう言って、コーヒーを一口啜るのだった。


   〇 〇 〇


 それから一週間後、俺は新聞の三面記事の片隅に、売野紘一こういちの名前を見つけることとなる。


 売野の死体は都内の雑木林でスーツケースに押し込められた状態で発見されたとのこと。死因は首を紐状のもので絞められての窒息死だった。


「…………」


 ――小林の推理は、果たして本当に見当外れなものだったのだろうか?

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