第14話

 小林こばやしさんが向かった先は理科準備室だった。小林さんはカバンから鍵を取り出すと、慣れた様子でドアを開けて中に入っていく。


「どうした大崎おおさき? 早く入れ」

「……いや、どうしたっていうか」


 どうして小林さんが理科準備室の鍵を持ち歩いているのか?

 そんな疑問を抱きつつ、私は言われた通り中に入って扉を閉める。

 棚には実験で使う道具や薬品が整然と並べられている。人体模型に、教師のものであろう白衣が掛けられているのがシュールだった。


「あの、この場所は?」

「これまでに殆ど話したことがない大崎おおさきが私に用があるということは、十中八九じっちゅうはっく探偵の依頼だろう。ならば私には守秘義務が発生する。万に一つも立ち聞きされる可能性を排除しようと配慮した。夏休み中にこんな場所、好き好んで近寄る奴はいないだろうからな」

「……はァ」


 もはやどこから突っ込めばいいのかわからない。

 前々から思っていたが、小林さんは少し変わっている。


「もしかして、愛の告白の方だったか? それならばここではいささかムードに欠けるな。失礼、場所を変えよう」

「わーッ! 違う違うからッ!」

「……ふむ、そうか」

 小林さんは私が慌てふためいている間も終始平然としていた。


 前言撤回。

 少しではない。変わっている。


 私は咳払いをしてから、いよいよ本題に入る。

「……今朝、図書室の窓から裏庭の西瓜スイカ畑を見たら、そこに生っていた西瓜が全部割れていたんだ」


 畑の様子は、それはもう凄惨なものだった。丸々と実っていた西瓜が、一つ残らず破壊し尽くされていたのである。


「それで小林さんに相談したいんだけど、犯人はどうしてそんなことをしたんだと思う?」

「さてな。ただの悪戯いたずらか、畑を大事にしていた者への嫌がらせなんじゃないのか?」

「……うん。そうだよね」


 それはそうだ。学校で育てていた西瓜が壊されていても、悪戯か嫌がらせと考えるのが普通だ。

 しかし、私は言いようのない不安を感じていた。


「ところで何故そんなことが気になるんだ? 壊されていた西瓜は大崎にとって、何か思い入れがあったのか?」

「別に、そういうわけじゃないんだけど……」


 静寂。


「ごめん、やっぱりこの話は忘れて……」

 私が言いかけたとき、小林さんはスマホでどこかに電話をかけていた。


鏑木かぶらき、今すぐ時計ヶ丘とけいがおか高校まで来てくれ。仕事の依頼だ。何? 来れない? 依頼人はピチピチの女子高生だぞ。来なかったら処刑だからな!」


 小林さんはそれだけ言うと、一方的に通話を切ってしまう。


「……えっと、今のって?」

「私の仲間だ。うだつの上がらない奴だが、少しは役に立つ」

「…………」


 確か、小林さんは有名な探偵の元で助手をしているという話だった。ということは、さっき電話していた相手は……。


「小林さん、私そんなにお金なんて払えないけど……」

「初回お試しキャンペーン中につき、今回の料金はまけといてやる。それより大崎、一度現場を見ておきたい。畑まで案内してくれ」


 そして私たちは薄暗い理科準備室を出て、裏庭の西瓜畑へと向かった。

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