柏木美波からの手紙

 愛木さん。はじめまして。ヒカルから話を聞きました。今回の件について私が感じたことや、愛木さんからの質問に答えていこうと思います。


 まず私が渡部仁くんが好きと言う質問ですが、その通りです。私は渡部くんが好きです。けど、彼が好きなのはヒカルです。入学して日が浅い頃に、駅近くのライブバーで偶然にも渡部くんと顔を合わせたことがありました。彼は気さくに話しかけてくれて、楽しく過ごせたことはとてもよく覚えています。


 一緒にステージに上がったことは、一生忘れないでしょう。渡部くんとはそれっきりで。会わなくなってしまいました。私がライブバーで会った人達とバンドを組むようになったり、バイトをするようになったのも要因ですが、渡部くんも休部状態だった軽音部の再始動に力を入れていたからです。


 一年くらい経過するとヒカルからバンドに誘われました。そこで私は渡部くんが私とヒカルを間違えていたことを何となくだけど察しました。そうです。ライブバーで会ったのは私なのに、学校で最初に出会ったのがヒカルだったから。そして、ヒカルも敢えて黙っていたことも。バンドへの参加は見送りたいのが本心でしたが、一度だけと言う条件で飲むことにしました。一度だけと言うことでしたが、私自身の性格が災いして、バンドへの参加は続いていくことになってしまった。


 そんな中で片桐良太くんが軽音部に入部してくれたことは、私にとって救いに近かった。渡部くんとヒカルと私だけでは、どうにも居心地が悪かったからです。片桐くんは経験者ということでしたが、Fコードすら押さえられない初心者でした。正直に言うと最初は落胆しました。けれども、誰よりも練習熱心で、瞬く間に上達していくのです。私もついつい時間を割くようになっていき、片桐くんと過ごす時間が増えていきました。密に連絡を取るようになり、相談を受けようになり、一緒に楽器屋さんに行ったりと、音楽の楽しさを共有しました。私は共通の趣味を持つ仲間ができたことを嬉しく思いました。だけど雲行きが怪しくなっていきます。片桐くんは音楽以外のことでも連絡を取るようになり、私は億劫に感じるようになっていく。そして、渡部くんとヒカルの仲に進展が訪れたことで、私の中で何かが弾けた。私は何を思ったのだろう。説明はまるでできない。友人からのアドバイスもあった。だけど今に思えば、不可解な判断だった。私は、ヒカルとの入れ替わりを提案したのだ。入部する前に渡部くんとファーストコンタクトをしたのは私である。この事実をバラされたくなければと、強迫したのです。まんまとヒカルとの入れ替わりを実現させた私は、渡部くんと二人になる時間を見つけて、キスをしました。「バレない、見破られることはない」と高を括っていたのですが、渡部くんは私を突き飛ばしました。


「何を考えてるんだよ」


 渡部くんは困惑しながらも怒気を込めた視線を向けました。私は逃げるように部室から飛び出すと、そのまま屋上に向かいます。当然のように施錠されているので、屋上で立ち尽くすことになります。足跡が聞こえたので、私は期待しながら振り返りました。そこにいたのは、片桐くんでした。私はどう対応すればいいかわかりませんでした。今はウィッグをつけているので、見た目はヒカルのはずです。ヒカルを思い出す。あの子ならどんな反応をするのか。


「何してるの……美波さん」


 片桐くんの第一声に困惑していると、彼は続けて話しました。


「そんな格好をして……何がしたいの?」


 直感で私は片桐くんが私の情けない姿を目撃したのだろうと悟りました。


「何を言ってるの?」


 私は決して肯定することはなくこの場を去ることにしました。このまま話していても、襤褸が出るだけだと思ったからです。次の日に部室に顔を出すと、片桐くんも渡部くんも、昨日のことはなかったかのように、話してくれました。ただ、変な空気があるような気はしました。互いに互いを観察するかのように、出方を窺っている。そんな空気を一変するかのような、ヒカルの屈託ない笑顔が救いに思えました。同時に彼女には勝てないと痛感しました。


 事件があった日は同じクラスの子と少しばかり談笑をしてから、部室に向かいました。普段なら一番最初に部室にいるのですが、その日に限って私は、一番最後だったことは印象的で覚えています。普段とは違うタイミング。ヒカルと片桐くんがいて、渡部くんがうずくまっている。あまりにも不自然な光景に、私は状況を飲み込めていませんでした。すると、片桐くんが「ごめん、喧嘩をしたんだ」と言いました。ヒカルは視線を逸らす。渡部くんの様子を見ていると、とてもただの喧嘩に思えませんでした。それに片桐くんが人に暴力を振うなんてとても、想像ができません。ヒカルが職員室に先生を呼びに行っている間に、私は片桐くんを問い詰めました。


「本当に喧嘩したの?」


「ごめん」と何度も何度も片桐くんは謝罪をします。


「とにかく美波さんは何もしなくていい。僕が全て悪い」


 片桐くんはそう言いましたが、彼は何も悪いことはしていません。一連の事件は故意的なものではなく、あくまでも事故なのです。互いに一生懸命に音楽をやっているからこそ、時には対立することもあると思います。片桐くんは今回の一件をとても反省しています。愛木さんの方からも穏便な対応がされようにかけ合っていただけると、嬉しく思います。どうかよろしくお願いいたします。


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