日向は情報を欲した。時間が許す限り古本屋に立ち寄り、あの男が毎週金曜日に10時まで、勤務していることがわかった。あとはどうやって、あの男に天罰を下してやろうか。日向は正当な罰をあの男に与えるつもりはなかった。固執して、自身の手によって、罰を下すことで思考を塞いでいた。警察は目撃者を探すことは困難としていることは、由美の母親から聞いてる。おそらくあの男が捕まることはないだろう。

  

 とは言え自身が捕まるつもりはない。必要以上に痛めるつもりもない。殺害するつもりもない。由美と同等の痛みを男に味合わせることができたなら、成功と言えるだろう。日向は男に事故を起こさせることはできないかと考えた。


 金曜日に必ずあの男が勤務していることは確実だ。その間に原付をいじるのはどうだろうか。ダメだ。駐輪場は人目が多すぎる。それに原付に関する知識が、あまりにも乏しい。やはり、事故を装うのが無難ではないだろうか。遠隔的に事故を誘発させることができれば、自然とアリバイもできる。


 日向が次に知るべきと考えたのは、あの男が普段使っているルートであった。これはバイト先を見つけるよりも、遥かに簡単であった。検討は付いている。公園だろう。塾の終わりに小田原と駅前のファミレスに行くことを提案して、公園をルートに使えば確認は簡単だった。事故を起こしたことに対して、罪悪感があれば別のルートを使用して、狡猾な性質から原付を処理している可能性もある。どちらちも杞憂だったようで、原付で走り去っていく男の姿を確認することができた。白、バンドのステッカー。あんなに認識が容易に目印はない。それに懲りずに公園をルートに使い続ける無神経さを目の当たりにしたことで、日向の覚悟はより強くなった。


 「ねぇ。どうかしたの?」


 とある塾帰りのことだ。過ぎ去って行く原付をじっと見ていると、愛木に指摘された。日向はとにかく驚いた。その日は、一人で古本屋に出向こうかと思っていたので、周りに知人がいるとは思わなかったのだ。


「愛木さんか。ビックリした」


「なんでビックリするの? そんなに驚くことではないでしょ」


「あっそっか。愛木さんの家はこっちの方角なんだ」


「質問したのは、私なんだけど。まあいいでしょう。最近日向くんをよく見かけるから、たまには声をかけようと思って」


 愛木は日向の隣を並んで歩く。


「古本屋で立ち読みしようと思って。少しだけ遠回りになるけどね」


 目的が違うが、古本屋に向かっていることは事実だ。嘘は言ってない。


「そう言うことね」


 愛木は納得したのか。肯定も否定もしなかった。しばらく沈黙してから話し出す。


「事故があったことは知ってる? 女子高生が公園で轢かれたの」


「知ってるよ」


 はぐらかそうと最初は思った。由美の情報を不要に与える必要はない。


「かわいそうようね。その女子高生、うちの生徒なのよ。同級生でもクラスは違うからそんなに話したことはないけど、いつも元気で陽気、とても感じのいい子なの。だから同情する。それに加害者が規則を破ったことで起こった事故なのに、被害者が泣き寝入りするなんて、あってはならない。日向くんもそう思うでしょ」


「その通りだと思うよ」


「先日、その子のお見舞いに行ったんだけど。元気そうなのが唯一の救いね」


「本当に元気だったか? 人前では意地を張っているのかも知れないよ」


 日向の脳裏に浮かんだのは由美の顔だった。少しだけ引き攣った不自然な笑顔。こべり付いては剥がれていく。気持ち悪いイメージを払拭する。


「そうかもしれないわね。けどね。あの子には幼馴染がいるみたいなんだけど、よくお見舞いに来てくれるって喜んでたわ。羨ましいわ。そんなに深い仲の友人なんて、私にはいないから。それにサボテン。幼馴染みに貰ったんだって。ずっと大切にしてるみたいね」


「いい友人関係なんだな」


「そう。幼馴染と一時期は疎遠になったけど、また仲良くなれたから入院も悪くはない。そんな前向きになれるなんて、本当にすごいと思ったわ」


 由美がそんなことを思っていたなんて、思いもしなかった。疎遠になってから付き合う人間のタイプも変わっていき、まるで別の世界の生き物だと感じていた。もしかしたら、勝手に離れていたと誤解していたのかもしれない。


「ねぇ、日向くん。もし君が由美さんの幼馴染みなら、どう思っていたと思う? 少し前から交流を再開した幼馴染が入院をきっかけに急接近。お見舞いにもよく来てくれるようになった。私はその幼馴染みは由美さんのことが好きだと思うんだよね」


「そ……それは」


 日向は言葉を濁ませた。思いを咀嚼して、一度は飲み込む。そして吐き出す。


「多分だけど、す……好きだったんだろう」


「やっぱりそう思うよね。私もそう思ってたんだよね。絶対その子、由美さんが好きだったんよ」


 日向は心臓が跳ねるくらい胸が苦しかった。


「けどね。由美さんは心配してたよ。もしかしたら幼馴染くんが、遠くに行ってしまう気がしてならないって」


「え、どうしてそう思ったんだろう」


「時々、怖い顔をしていることがあるんだって。自分が知らない彼を見て、本当はずっと遠くにいるんじゃないかって、勘繰ることがあるみたい」


 日向は言葉を飲み込んで留めた。

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