第3話
「さて、今度こそ料理だ。味の想像がつかないのが困るけど。」
フライパンにアニモ草もどきと、前世に好きだったスープの味に似た粉を入れて炒める。調味料は全て味見して、一番好みの物を使った。火の魔道具は少し怖かったため、フライパンに魔力を通して熱の魔法を使った。火傷は痛いのをこの身体は知っているからだ。
アニモ草もどきが透き通って熱が通ったら、白い卵を割り入れて混ぜた。なんの卵だろう。透明のパッケージにはコカトリスに似た絵が描いてあったが、毒はないはずだ。「てれび」の料理番組でも使っていたし、食用で合っていると思うんだが。甲高い声の女シェフが自ら食べて、自らを褒め称えていた。
それにしても料理番組は素晴らしい。私の国ではレシピは料理人の秘匿とされてきたが、それを全ての人に公開するとは豪勢なことだ。この世界とはレシピの価値が違うのだろう。お陰で料理をすることが出来ている。実際に人がやっているのを見よう見まねですることで、なんとか形になっているから凄い。たまごの割り方も文字で書いてあっても、実際の見ないとわからないものだ。
フライパンから皿に移して、綺麗になったダイニングに持っていく。コップに水魔法で飲用水を注いでから、食前の祈りを捧げる。太陽神と三人の月の女神はこの世界にはいないかもしれないが、私が信じる神は彼等だけだ。
一応置いてある子供用――私専用のお箸で食べる。この身体は箸の使い方を知っているのだ。
「――あ、美味しい」
あの調味料が凄いんだろう。何時間も煮込んだスープの味なのに、ものの数分で出来てしまった。
アニモ草もどきもしゃきしゃきしているし、何かの卵は味が濃くとても好みの味だ。まだ卵はたくさんあったから、これをまた料理に使おう。
アイラの小さな胃袋はたくさん食べられない。ゆっくりよく噛んでたべて、半分は「ラップ」をして収納魔法に仕舞っておく。
温かいうちに入れたから、次食べるときも温かいままだ。
使った食器をまた魔法を使わずに洗浄し、乾燥だけは魔法を使って食器棚にしまったころ。
――――ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
『タケウチさーん? 約束していた市役所の家庭課の者ですー! いらっしゃいませんかー? 』
やや低音の女性の声がする。
シヤクショはここの領地の役人であるのは、なんとなく予想がつく。しかしカテーカはよくわからない。役人の肩書だろうか。私も前世は宮廷魔術師の土魔法木魔法班で土魔法で道を作ったり川の堤防を作ったりしていたから、班みたいなものか。言葉だけではなんの班だか見当がつかない。
チャイムがあっても反応してはいけない、と母親には言われていた。どうせ外には出られないように二ヶ所の鍵の下の部分は「ガムテープ」という魔道具の封印で開けられないようにされてるし、カテーカの女性を迎え入れるわけには行かない。
しかし、出掛ける前に彼女はなんと言っていたか――
「あ! 約束! 」
反応してはいけないのにうっかり声を出してしまい、あわてて口を押さえる、が。
もう遅かったのだろう。私の声に反応して、ガタンとドアの向こうで音がした。それから遠慮がちに小さな声で女性が話しかけてきた。
「あの、アイラちゃんですか? 」
私の名前を知っているらしいが、アイラの記憶にこの声の持ち主はいない。口を押さえたまま、息を潜める。
母親の約束はこの人とのことを指すのかは分からない。しかし、この人との約束だった場合約束を破るために家を出た事になるわけだから、声を上げたのは確実に失敗だ。私は扉の前で立ち尽くした。風呂に沈められるのは魔法でどうにか出来るようになったが、シンプルに蹴られるのやタバコの火を近づけられるのはバレないように魔法で避ける等が不可能なのだ。痛いのと熱いのは嫌だ。
何度かのチャイムと何度かの呼び掛けのあと、また来ますねと声を掛けて女は去っていった。
足音が遠のくのを聞いて、力が抜ける。諦めて貰って良かった。
「市役所の人、また来たんだ。しっつこいなあ」
次の日の昼前に母親は帰ってきた。郵便受けに入っていた名刺をゴミ箱に投げ入れながら不機嫌そうだ。やっぱりあの女性とは会いたくないようだ。
私があの女性に反応してしまったのがバレたんじゃないかびくびくしていたが、少し綺麗になった台所を見て「アイラが綺麗にしたんだー? えらいじゃん!」とご機嫌になりお菓子や牛乳を買い足してくれた。きゃべつという野菜も買ってもらい、スープにしたら喜ばれた。
たまにご褒美があるとまた頑張ろうと思い、さらに家の中が綺麗になる。
前世の駄目男に貢ぐ同僚を笑えないなーと思いながら、この家の家事を引き受けるようになった。家が綺麗ってのは気持ちを穏やかにさせてくれるんだろう。しばらく痛い思いはしていない。
あれから"約束"の女はやってきていない。母親とは前より仲良くやっている感じはある。
とは言え、それは短い期間であったが。
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