第53話 出発の朝

 4月がやってきてしまった。雪哉が出発する日の朝、俺は空港まで雪哉を送って行った。胸が張り裂けそうになるのを必死に堪え、いつも通り、冗談を言い合いながら。

「ご家族は見送りには来ないのか?」

俺が聞くと、

「この間実家に帰ったから、いいんだ。それに、夏には家族そろってアメリカに来るそうだし。」

「そうなんだ。美雪ちゃんも?」

「うん。この機に乗じてアメリカ旅行出来るからね。僕はほとんど観光なんて出来ないのに。」

雪哉はそう言って笑った。笑っていられるのかよ、お前は。

「雪哉、俺は・・・。俺はずっと待っ。」

途中で、雪哉は俺の唇に人差し指を立てた。やっぱり、言わせてはくれないんだな。

「ごめん、涼介。本当に、ごめん。僕の事は忘れて。いつか、友達として会える日まで。」

穏やかに雪哉が言う。俺の目から、涙が一筋流れ出た。

「分かったよ。お前も、俺の事は忘れて勉強を頑張れ。」

俺はそう言って、雪哉を抱きしめた。もう、雪哉は行かなくてはならない。

「じゃあ。」

「ああ。」

雪哉は涙を見せず、笑顔で手を振った。そして、保安検査場へと入っていった。俺はトレーナーのフードをかぶり、サングラスを掛けた。だが、雪哉の乗った飛行機が飛び立つまでは、ここから動けないと思った。

 雪哉がいつ飛び出してきて、やっぱり行くのは辞めると言うか分からない。いや、行くのは辞めなくても、やっぱり自分の事を忘れないでと言いに来るかもしれない・・・。

 そんな淡い期待を胸に、しばらく保安検査所の前を動けずにいた俺。だが、ニューヨーク行きの飛行機の出発時刻になり、掲示板の表示が消えた。しばらくしても、雪哉は当然出てこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る