第30話 ライブで花を
スキー部の合宿もリゾートホテルのバイトも終わってしまった。その後はバンドのライブに向けて練習の日々だった。週に一回、集まって練習を重ね、8月末の土曜日、俺たちスライムキッズの単独ライブの日がやってきた。
リハーサルを終えて楽屋にいると、客が続々とライブハウスに入って来た。カーテンの隙間からチラチラと客席を覗く。雪哉も来るだろう。俺も声は掛けたが、チケットは当然神田さんが渡していると思い、俺は渡さなかった。立ち見の客席が徐々に混み合ってくる中、派手な女性が入って来て人目を引いていた。彼女がかけていたサングラスを外した時、俺は思わず声が出た。
「え?友加里?」
俺はチケットを渡していないのに、友加里が入って来た。誰からチケットをもらったのだろう。いや、俺ではければ当然・・・神田さんだよな。他のやつに頼むくらいなら、友加里は俺に声を掛けるだろうし。しかし、どうして神田さんが。ちょっと待てよ。じゃあ、神田さんは雪哉にも、友加里にもチケットを渡したという事になるぞ。なんか・・・ずるくないか?
俺はチラッと神田さんを振り返った。神田さんは座ってコーヒーを飲みながらスマホを見ていた。
ライブの開始時間になった。俺たちがカーテンを開けて出て行くと、拍手と歓声が沸き起こった。
「リョウスケー!」
黄色い歓声が飛ぶ。俺は手を上げてそれに応えた。ステージに出て、それぞれ持ち場に着いた。単独ライブの場合、リハーサルでマイクや楽器のセッティングは済んでいるので、ここで自分達がやる必要はない。すぐに曲を始めた。
俺はマイクを構えながら、客席を見渡した。雪哉を探す。混み合っているし、客席が暗いのでなかなか見つからない。歌が始まる。歌に集中しろ、俺。
いた!雪哉はやっぱり一番後ろに立っていた。飲み物を片手に、カウンターに寄りかかるようにして立っている。ミラーボールが光をあちこちに当てる。時々雪哉の方に光が当たり、顔が見えた。雪哉は、俺を見ている。多分。いや、絶対に。
曲の合間に神田さんがMCを担当し、時々俺に話題を振って笑いを誘う。俺はペットボトルの水を飲みながら、そんな神田さんのMCの相手をする。そして、次の曲の為に用意した一輪のバラをこっそりしこむ。まだ紙袋の中に入っているので、客席からは中身が見えない。
次の曲はバラードだった。アニメソングであり、ラブソングでもある歌。そのクライマックスで、俺は紙袋からバラを取り出し、手に持った。そして客席に進んでいく。元々の計画では、客席の真ん中辺りにいる客に渡すという事になっていた。誰だっていいのだ。何となくその場が盛り上がればいい。だが俺は、どうしても雪哉に渡したかった。だから、一番後ろまで歩いて行った。
雪哉は俺が目の前に来たので、びっくりしてぽかんとしていた。歌を歌いながら、俺は跪き、バラを雪哉の方へ差し出した。
ヒューヒューというからかいの声が沸き上がり、拍手とか、笑いとか、俄に賑やかになる。雪哉は寄りかかっていた体を起こし、飲み物をカウンターに置き、俺からバラを受け取った。その時の歌詞が、
「僕を受け入れて~♪」
だったので、バラを受け取った雪哉は、受け入れるという格好になる。相手が男だった事もあり、会場は冗談だと思って大ウケだったが・・・俺は本気だったんだよな。雪哉も、大まじめに受け取った。でも、あれは受け取らざるをえなかっただろうな。
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