第3話 襲撃者たちと嗤う変人皇帝
「騎士という生き物がどんな生き物か、トラヴィスの旦那が一番よぉく知ってるでしょ?」
エッカルトの含みを持たせた笑みに、トラヴィスは返す言葉を詰まらせた。
騎士。魔力回路を塞いで強大な力を得る生き物。誓約して
普通、騎士は騎士団に所属し、団の教義に誓約をする。個人的な
けれど。
「騎士団を捨て、新たな主人と誓約するでもなく流れてしまった流浪の騎士。旦那がちゃあんと首輪をつけてやんなきゃ、流浪の騎士殿がかわいそうですよ」
騎士団を飛び出し、
魔力回路を閉じてしまう騎士は魔道具の類が一切使えないからだ。加えて、誓約主がいないために100%の力を発揮できない半端者。
魔力と魔道具で満ちたこの世界で、それは致命的だ。
「俺は……魔道具を使えないギードが不憫で……」
「そういう中途半端が一番いけない。旦那がそんなだから、流浪の騎士殿は旦那から離れられないんですよ。同情で結ばれた半端な絆ほど脆いものはない」
エッカルトの言葉がトラヴィスの心に突き刺さる。
長い付き合いであるエッカルトは、時々こうして遠慮なくトラヴィスとギードの歪んだ関係を説教することがある。
ギードのためを思って、じゃない。
すべては金のため。トラヴィスの債権回収のためだ。エッカルトはそういう部分で手段を選ばないところがある
流浪の騎士とはいえ、騎士は騎士。
大規模戦略級の魔術を行使する魔術士を容易く斬ることのできる騎士。それが半野良状態でフラついている。
誓約をまっさらにしてギードを然るべき相手に売りたい、などと考えていてもおかしくはない。未誓約の騎士なんて掘り出し物は、闇市場で高額な値がつくだろう。
——ギードもギードで、俺の借金返済に貯金を崩すとか言い出すヤツだからな……。
トラヴィスは頭を振ってため息を吐いた。
「同情じゃないし、仮にそうでもギードの意志が優先だろ?」
「意志? はは、流浪の騎士殿の復讐に付き合うために仮誓約したんでしょ、旦那は。もう騎士殿の意志は優先されて、達成してるじゃないですか。今は中途半端に縛られて、互いに身動き取れなくなってるだけですよ、旦那。今からでも遅くない。騎士殿との誓約を解除して僕と——」
「いい加減にしろ、エッカルト。お前がトラヴィスのなにを知っているというんだ。いいか、情報屋。お前のそれは大きなお世話だ」
静かな怒りを孕んだ声がエッカルトに投げつけられる。ギードがエッカルトを睨んだ。今にも再度、刀を向けそうな形相だ。
「……そうですね、この話はいつも平行線だ。ここまでにしましょう」
エッカルトがわざとらしく両手を上げた。そうして人情深い借金取りではなく、まるで考えが読めない情報屋の顔でトラヴィスに笑いかけた。
「旦那、続きを話しても?」
「ああ頼む。……先帝の狙いが知りたい。そもそも、すでに廃された先帝が皇帝位に返り咲く、なんてできんの?」
「前例はないですよ。ただ……玉璽の儀式を強制施行して形だけの即位を行うことは誰でもできるんです。といいますか、儀式は魔術式で構築するので、そういう術式を組み上げることはできるんですよね。誰もやらないだけで」
「はぁ?
「おや? 陛下の
「知る訳ないだろ。俺とギードは外様だ。すでに帝位についていた陛下に拾われただけの新参者。先帝時代からの諸先輩たちとは違うんだよ。……それで?」
「先帝は玉璽の儀式で帝位の上書きを狙っているんでしょう。あの変人皇帝と正面から斬り結ぶことは考えてない、ってわけです。資格もなにも儀式には必要ないですし、血さえあれば本人だって必要ない。ただ——」
「うん? ただ……なんだ?」
「偽帝が立つとガラテア帝国は滅びます。皇帝の存在は魔法石の産出に直結しておますからね」
「うげ。経済破綻からの内部崩壊かよ。カッコ悪」
「おや。実戦では役立たずの旦那が
「トラヴィスがそのような愚かな望みを抱くわけがないだろうが。……行くぞ、トラヴィス。ここは狭すぎる」
クスクスと笑うエッカルトを遮って、ギードがトラヴィスの襟首を掴んだ。抵抗する間もなく、店の出入口方向へと歩き出す。
——うん? これは、まさか……。
トラヴィスが、ギードのピリつく気配に反射的に魔力
店の外には敵意も気配も隠さず怪しい動きをする存在が十と少し。
「……じゃあな、エッカルト。生きてたら次は借金返済でもしてやるよ」
トラヴィスはギードに引き摺られながら手を振った。エッカルトがヤンとともに店のさらに奥の方へ引っ込む姿を見守りながら、店の扉が閉まる音を聞く。
襲撃者たちは、すぐには襲って来なかった。
トラヴィスとギードは、エッカルトの店を出て狭い路地を行く。埃っぽい迷路のような路を何度も曲がって奥へと潜った。
店の中で感じた敵意がふたりを囲むように距離を詰め、ようやく姿をあらわしたところで、ギードが立ち止まった。
「お兄さんたち、ちょっとオレらと付き合ってくんねぇ?」
襲撃者のリーダーか。それともただの出しゃばりか。下卑た笑いを浮かべた男が酒焼けした声でそう言った。
顔の半分を布のようなもので覆った男たちが十数人。
皆、それなりに腕に自信があるようで、抜き身の剣をぶら下げてニヤつく者、魔術誘導用の杖を構えてブツブツ呟いている者など多様だ。
「あー……俺はこう見えても
トラヴィスが吐いた台詞は自嘲に満ち溢れていた。
トラヴィスは魔術士であるものの、
そういうポンコツほど、実戦ではよく狙われる。
「トラヴィス、その無駄口は笑えない。控えて欲しい」
正面の襲撃者たちを睨みながら、切実にギードが訴える。トラヴィスはその頼りになる背中をポン、と叩いて耳打ちした。
「大丈夫大丈夫、今はお前がいるから。……それよりギード君、残すのは賢そうな奴ひとりでいいぞ」
コクリと頷くギードを確認したトラヴィスが、ずい、と一歩、大きく前へ出た。
芝居がかったように腕を振り上げ、そしてギードに注目が集まるように紹介をする。
「さあお前ら。俺専用
その台詞を合図に、ギードが襲撃者めがけて駆け出した。
「うらぁ! くたばりやがれ!」
誰かが
「んなァ!? な、なんだ……消えた!?」
「おーい、ギード。道は開けてやっから、思う存分、やっちゃって!」
「承知した」
コクリと頷くギードを確認して、トラヴィスは得意の
魔術士トラヴィスの前では、名もなき在野の魔術士は魔術式を発動することなどできやしない。
「な、なんだ? じ、術式が解除されちまう!」
「クソッ、駄目だ霧散する! ……し、死ね、死ねぇ!」
狼狽える襲撃者たちを、今度はギードの刀が滑らかに鋭く斬り伏せる。
「はっはっはー、無駄無駄ァ! てめぇら、さっさとギードの刀の錆になりやがれぃ!」
どちらが悪役かまるでわからない台詞を吐きながら、トラヴィスはギードに迫り来る魔術式をことごとく破棄して道を開いてゆくのであった。
十数人いた襲撃者たちは、ギードの神速の妙技によってあっという間にひとりきり。狭い路地の左右に人山が築かれている。
——いつ見ても凄ぇな、ギードの刀は……。
トラヴィスはもうピクリとも動かない人の山を横目で見ながら、唯一ギードが手加減して残した男に勿体ぶって近づいてゆく。
「おめでとう、君が
「ひ、ひぃぃ……し、し、死にたくない死にたくない……っ!」
「おいおい、俺が聞きたいのはそんな可愛らしい悲鳴じゃなくてだな」
「トラヴィス。こいつに限らず、皆、口封じの術がかけられている。残しはしたが期待はしない方がいい」
ギードが刀にべとりと張りついた血糊を隊服の裾で適当に拭きながらそんなことを言った。
それはどうやら事実のようで、身も心もボロボロな男が「ひっ!」と息を呑む。
だからトラヴィスは、ここぞとばかりに笑ってみせた。ガクガクと震えて歯の根も合わない男の前にしゃがみ込み、その頭をグシャリと撫でる。
「あっらー、そかそか。はは、運がよかったな。俺はとっておきの魔術士でな、戦闘系の術式は組めないが、スペルキャンセルなら右に出るものはいない」
「……は、話せば呪いを解いてくれるのか!? な、なら話す、話すから助けてくれ!」
藁にもすがる思いとは、きっとこのことなんだろう。男がなりふり構わず立場もわきまえずに、トラヴィスの腕に縋りついた。
けれど、
「退がれ、こいつに触れるな」
と。トラヴィス専属
「ぐぇッ……ひっ! す、すみませんすみませんっ……でも話しますから話しますから助けてください!」
「おー。じゃあちょっと話してみろよ」
「は、はい! お、おれを雇ったのは……
告白話の半ばほどで、男にかけられていた口封じの術式が効果を発揮した。
ゴボゴボと喉を鳴らし、口から
銀貨を使った口封じの術式は、トラヴィスもよく知っている。派手な演出付きのこの術式は、術式をかけるのと同時に発動する即時かつ常時発動型の呪いである。
トラヴィスは男の口から溢れた銀貨を一枚指で摘んで光に翳す。先帝時代に発行された銀貨であった。
「うーん。それ、全部もう知ってることなんだよなぁ。やっぱエッカルトは胡散臭いが腕は立つんだなぁ」
トラヴィスは他人事のように呟いた。男が銀貨とともに吐き出した情報に真新しいものはなにもない。
けれど、ひとつだけ。
帝国民もそれ以外でも、皇帝陛下の黒い椅子を呼ぶとき、彼らは必ず
ただの
「トラヴィス」
「ギード、介錯してやれ。知りたいことは知れた。……我らが皇帝陛下の指示を仰ぐ」
トラヴィスは冷静さを保つために冷徹な声を出し、ざわつく心を凍らせた。
そして、今にも銀貨で窒息しつつある男の青褪めた額に張り付く髪を、酷く申し訳ないといった顔でそっと撫でた。
「……すまんな、君。俺の
「お、ちょうどいいところに来たな。ははは、玉璽、持っていかれたわ!」
帝都の中心に
皇帝の執務室を訪ねるなり、豪快に笑うリュディガー・バーチュ皇帝に出くわした。
皇帝の玉璽は、ガラテア帝国皇帝の身分や権威を保障する至宝のはずだ。普段は鍵のかかった
——それが、持って行かれた? 盗まれた、とかじゃなく?
「は!? ちょっ……陛下、なにを血迷ったことを言って……」
「血迷ってなどおらん。事実だ、事実。持ってかれたの、玉璽。ないの、玉璽。もう笑うしかないだろ?」
「笑っている場合ではないでしょう、陛下。お気を確かに」
「場合じゃないな! でもよー、オレの可愛い可愛い黒い椅子の中に、マジモンの真っ黒黒助がいたとか、笑わんとやってられん」
「あー……遅かったですかね。……陛下、護衛のケイレブが玉璽を?」
「おう。あの戦闘狂が珍しく玉璽なんてモンに興味を示すからさ、ちょっと見せてやろうと思ったら……これだよ」
リュディガーがひょいと肩をすくめておどけてみせた。
——こンの、クソ陛下……ッ!
トラヴィスは顔を引き攣らせたまま、苛立つ気持ちを落ち着けるように深く息を吐いた。
「陛下……事の深刻さを理解しておいでで?」
「わぁってる、わぁってるって。玉璽盗難だけじゃねぇもんな。ケイレブ一人が裏切り者ってわけでもねぇんだろ。まったく……オレがちょーっと
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