第7話

 俺たちは時読み反射を行うべく、東の森を歩いていた。まだ気温は寒いが、雪はほとんどない。

 森は広く、街よりもずっと大きい。あたりに所せましと生えている木をすべて切り倒しても、地平線の先まで森は続いていると言われている。

 今回の調査は俺を含めた四人で行うことになっていた。一人は、骨で時読み反射を使う方法を知っている二十歳の若旦那アルベル。さっきから皆が嫌な顔しているのも気にもせず、たばこを吸っている。森を燃やすわけにいかないので、光だけで燃焼が起きる光たばこだ。

 次にリリイ。時読み反射の提案者である九歳の幼い少女。艶やかな黒髪を右目の横で三つ編みにし、あとは後ろに流している。気弱な性格だしまだ若いが、優秀な一人前のサンタだ。

 そしてジャック。十二歳の少年で、物おじしないハキハキとした性格。短く刈り上げた金髪は雄々しく、それでいて品がある。代々サンタの家系で、彼もそれを誇りにしている。会議でリリイにヤジを飛ばした一人だが、根は優しい子だ。

 そして俺、ロディの四人が今回の人員だ。最年長のアルベルが形だけの班長ということになており、実質まとめ役は次に年上の俺だ。

「おいリリイ。お前まだそれ食ってんのかよ」

 ジャックがリリイに不機嫌そうに言う。彼女は昼前最後の休憩のときに食べていたサンドイッチをまだ食べ続けていた。休憩の間に食べきれず、ちまちまと食べながら歩いていたのだ。

「だって、捨てるのももったいないし……」

「そんなにまずそうに食うなら鳥にでもやれよ。サンドイッチだって嫌味たらしく食われたくねえと思うぞ」

「そんなつもりじゃ……」

「まあまあ……ジャック……」

 俺はぼうっとしているアルベルにかわり、二人の間に入る。アルベルは気持ちよさそうに風を流している。

「リリイにはリリイのペースがあるから、そう急かさないであげてよ」

「ロディ……」

 リリイがまた泣きそうな顔になって俺を見上げる。

「じゃあロディはこいつの食べ方になんの不満もねえのかよ。サンドイッチだってこいつに嫌々食べられるためにこの世にうまれたわけじゃないんだぜ?」

「まあ、確かに美味しそうにかぶりついてるわけじゃないけど……」

「ロディ……」

 まずい、リリイがいよいよ泣き出しそうだ。

「で、でも残さず食べようとするのは偉いことだと思う!」

「それでも俺には作り手が不憫に思えるけどなあ」

「このサンドイッチ作ったの、お母さんだもん」

 リリイが反論すると、ジャックはさらに言い返す。

「そのパンや野菜を作った人のことも含めて俺は言ってんだよ! そもそもサンドイッチを作ったのがお前の母ちゃんだからってのは、食べ物を粗末にする理由にはならねえだろうが!」

「粗末になんかしてないもん……!」

「ちょっとちょっと落ち着いて」

 俺は無理やり二人を引きはがす。

「そろそろだぞ?」

 やっと班長のアルベルが口を開いたかと思うと、確かに湖が見えてきた。


「よし、肉は……と」

 アルベルは光たばこを捨てて、キョロキョロする。

「あれじゃないか?」

 ジャックが指差す先には、木の一本にだけ赤い血が雑に塗られている。

「みたいだね」


 木のところまで行くと、確かにそこには猟師に頼んでおいた鹿が五頭置かれていた。俺は他の動物が鹿を荒らさないように肉に置かれていた、獣そらしと呼ばれる黄色い鉱石を回収する。拳ほどの大きさで、これを近くに置くとその周辺にその種類の動物以外は近寄らなくなる。他の鹿が寄って来た形跡もないみたいだし、特に鹿肉に問題はなさそうだ。

「俺はリリイと湖の用意をする。アルベルとジャックは鹿肉を簡単にばらしておいて」

 ジャックはうなずき、アルベルは新しく口にくわえたたばこを軽く上にあげて了承を示す。

 リリイはやっとサンドイッチを食べ終わり、杖を片手にウキウキしている。



 俺は湖の一区画に、木苺の汁を吸わせた木の葉を並べる。熱が伝わり、湖全体の氷を溶かしてしまわないようにだ。

「それじゃあ、リリイ。お願い」

「わかった!」

 ジャックと離れて気楽なのか、珍しい時読み反射ができるのが楽しみなのか、リリイはハツラツと返事した。

 俺が氷の上から森の方に戻ると、リリイは舞うように杖を振る。

 すると杖から火が放たれ、区画のど真ん中にはじけた。火花が俺の方に少し飛び散り、リリイが慌てて謝る。

「あ、ああごめんなさい!」

「大丈夫、大丈夫。このくらいじゃサンタのコートは燃えないよ」

 俺は笑って黒コートから火の粉を払う。

「ほら、氷が溶けてきたよ」

 深さは大人一人分くらいだろうか。面積は大きめにとったから、鹿肉を入れるのには申し分ない。

 そこへちょうど、ジャックとアルベルが鹿肉を運んできた。俺とリリイもそれを手伝う。

「よし、これで全部だな」

 俺はアルベルにうなずく。

「うん。始めよう」



 俺は事前に砕いておいたハンスの指の骨の一部を出し、アルベルの持ってきていたうさぎの血に混ぜる。血は厳密には一度乾燥させて水で溶かしたものだ。

 液体の入った瓶に栓をして、アルベルはシャカシャカと振る。あとは勝手を知っている彼に任せることにした。俺は通常の時読み反射しかしたことがない。

「よし、まず三摘だ」

 アルベルは、性格からは想像もつかないような丁寧な手つきで瓶からちょうど三滴だけ、液体を湖に垂らす。

「ジャック、鹿の足を一本だけ湖に入れてくれ。なるべく短いのがいい」

「わかった」

 ジャックは肉の山から手ごろなのを漁り、水の中に投げる。

 そしてアルベルが瓶の半分くらいの量だけ、液体を湖にこぼす。

「よし、残りの肉を全部だ」

 今度は四人全員で鹿肉を運ぶ。全部入れ終わると、アルベルは何度か瓶を振って混ぜ直しながら、一滴も残らないように液体を使い切った。

「あとは普通の時読み反射と同じだ。同時に行くぞ」

 俺たちはうなずき、杖を構える。

「せーの!」

 アルベルの合図で俺たち四人は一斉に火を放った。分担し、まんべんなく区画全体に火が行き渡るようにする。これを一分ほど続けた。

「よしよし、もういいぞ」

 杖をコートにしまうと、俺は首をひねった。ジャックがアルベルの方を向いて言う。

「これだけ?」

 そうなのだ、俺も同じことを思っていた。リリイも同じようで、コクコクと首を動かしている。

「そうだよ。大した事なかったろ?」

「こんなに簡単なら、みんなこのやり方でやればよくねえ?」

 ジャックの言う通りだ。

「うん、こんなに都合がいいやり方があるなら、論文にでもなってるはずだ」

「でも私、読んだことないよ」

 いつも調べものをしてばかりのリリイも見たことがないらしい。

「ねえ、なんでアルベルはこのやり方を知ってたの?」

「昔の研修先で習ったんだよ。いわゆる伝統的なやり方ってやつだ」

「伝統的なやり方?」

ジャックは納得がいかなそうに問いかける。確かに、サンタのやり方に伝統的でないものの方が少ない。

「実はな、そこ研修先の師匠、学会を追放されてるんだ」

「「「え?!」」」

 俺たち三人は一斉に声を上げる。

「そんな人のやり方で大丈夫なのかよ、俺心配になってきたぞ」

「全くだよ、それなら事前にそう言ってよ」

 アルベルはへへと笑う。

「それじゃあ、ヨセフのおっさんが許さねえだろうがよ。俺はしきたりよりも実利を重視する人間なんだ」

「でも効果がなかったらどうするのよ。論文になるってことはそれだけ効果に信頼性があるってことなのよ」

 リリイも少し怒っているようだ。

「そうでもなさそうだぜ?」

 アルベルがたばこで指した方を見ると、確かに湖に効果が出てきていた。

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