第3話
三日後、俺は朝から市場に来ていた。港のすぐそばにある、街で一番大きな市場だ。魚や肉、野菜に雑貨までなんでも売っている。
俺はオレンジを一つ買って、朝ごはん代わりに食べながら見て回ることにした。
ひときわ目を引くのは、油牛の丸焼きだ。この地方では有名な料理で、魚がよく取れるこの街でも、人々は好んで食べる。成牛でも豚くらいの大きさで、赤身が多くて万人受けする。何も処理をしないで焼くと油が多く滴り落ちて、あっという間に丸焼けになってしまう。
だからたいていは事前に背中の筋から油を抜いておいて、それは燃料にすることが多い。熟成させると、質のいい食用油にもなる。それを用いて鉄板で焼くと、少し贅沢な料理として食卓に出る。火加減が難しく、時間がかかるのだ。
丸焼きはまだ焼き始めたばかりのようで、頭を取られた油牛はまだ生きていたころの色に近かった。皮を取り除いた肉の部分に、うっすらとした黄色いまだらがある。それが油の多い部分ということだ。
肉に練り込まれたハーブが一層香りを引き立たせていた。
「油蛙は売っていますか?」
俺が店主の親父にそう尋ねると、彼はうなずいた。
「今日は多めに入っていてな。緑から赤まであるぜ」
店主は自分の後ろから蛙の並んだ平たい器を持ってきて、俺に見せる。
俺は少し思案すると、指で示して言った。
「一番赤いのから順に三つください。それと黄緑を一つ」
「あいよ。赤三つと黄緑ね」
「どうも」
俺は金を払って、蛙の入った革製の袋を受け取り店主に礼を言う。
「火には気をつけてな、毎度」
「ええ、また来ます」
次は木材だ。
魚屋をいくつか通り過ぎ、船着き場の方へ歩いていく。たばこ屋の裏から路地に進むと、木皮を売る店がある。
「いらっしゃい」
椅子に座って本を読む老人の男は、顔を上げずに言った。
「シラカバの皮をください。俺の身長くらいの長さで」
「幅はどうする? 用途は?」
「杖用です」
「ふん……」
老人はやっと本を置き、立ち上がる。
「シラカバで杖用となると、あんたひょっとしてサンタクロースか」
「はい」
俺はボソリとつぶやくように答える。エミリーの件で、そう名乗るのに自信がなかった。
「そうか」
不愛想な男は店の棚を雑に漁る。人さらいのことは町中が知っているはずだ。サンタとして、何か責められてもおかしくはない。
「子供はプレゼントを喜んでたか?」
「いえ……俺は街の警備を担当していたので……」
「そうか」
質問で俺の責任をはかろうとしているのだろうか。ドキドキした。
「俺が十三のときにもらったプレゼントはな。ひどかったんだよ」
「え?」
「なんだったと思う?」
「さあ?」
「釣り道具だよ。親父が漁師でな。家業を継ぎたがらない俺をその気にさせるために、当時のサンタの一人に頼んだらしい。俺は魚が嫌いなのにな」
「はあ……」
「釣り道具はな、弟にやったよ。俺は漁師の長男だったけど、森が好きだったんだ。ほら、一つ隣の町に行く途中、山側にいくつか森があるだろ?」
「ありますね」
「そこでよく虫を集めたり、木の実を取ったりしたもんさ。森はいい。木があるから、もし森に他の人間がいても、その一帯ではまるで自分一人だけみたいな気分になれる」
老人は巻いた皮を筒に入れて、机に置く。
「シラカバだ。あんた、森は好きか?」
「どちらかと言えば、好きかもしれないです」
「ふん……まけてやる。半額でいい」
「そんなに?」
「ああ、俺は親不孝だからな。どこかで徳を積んどかなきゃいけねえのさ。だから遠慮はしなくていい」
「ありがとうございます」
「その代わり、うちの性格の悪い漁師の弟に会っても、多少目をつむってくれや」
老人はそう言い終えると、急に豪快に笑った。
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