竜の民とサンタクロース〜お前のせいで仲間が死んだと濡れ衣をかけられて追放されたけど、それでも俺は残った仲間を見捨てない。真の実力行使で最強リベンジ〜
@zamasu
第1話
クリスマスイブ、それはサンタクロースたちにとって一年でも最も忙しい夜である。
潮風が頬を撫でる。最初は顔をしかめていたこの匂いも今では愛着がある。入り江にできたこの港町では、小規模な貿易をはじめ、海軍基地がもたらす様々な産業で潤っていた。
俺は段差になったオレンジ畑に腰掛け、街を見下ろす。
沖に出ている船はもうほとんどない。皆、夜に備えているのだ。入り江の端から端までをつなぐ連絡網としての船が二隻あるが、それだけだ。
「騎士さま!」
後ろから階段をトコトコと降りてくる九歳の少女。肩まで伸ばした赤毛は丁寧にとかされており、育ちの良さがわかる。
「やあ、エミリー。昨日は夕飯ご馳走様。君のサラダ、すごくおいしかったよ」
「でしょ! 私、小さい頃からずっとお手伝いしているもの! それにうちのオレンジはサラダにすごく合うしね! 甘いのも酸っぱいのもあるから!」
「そうだね、エミリーが頑張ってくれたおかげだ」
少女はニコニコと微笑み、麻の袋から瓶を取り出す。
「これ! お母さんが騎士さまにって! マーマレードだよ! これも私が手伝ったの!」
瓶の中のオレンジはとろりと揺れる。その燃えるような色はまるで、この夕暮れのようだった。俺はおもわずため息をもらす。
「ありがとう。いただくよ。お母さんによろしく」
「うん! どういたしまして!」
「エミリー、今夜はクリスマスイブだ。そろそろ家に帰ろう。近くまで送るよ」
「わかった!」
もう、日は沈みかけていた。
「今日はアイス屋さんやってないね。アイス屋さんのおじさんも悪魔が怖いのかな?」
シャッターの閉められたアイス売りのワゴン車を見て、エミリーは不思議そうに言う。
「誰だって悪魔は怖いよ。アイス屋さんだけじゃないさ、今日はどの店も閉まってる。早く家に帰るためにね」
「悪魔は人を食べるんでしょ! 私知ってるよ! お母さんから聞いた!」
「ああ、そうだ。特に子供は気をつけなくちゃいけない。悪魔は若い肉を好んで食べるからね」
「それで死体にとりつくんでしょ! 人のふりをするの!」
「そう、悪魔の演技はたいてい見抜けるけど、それでも気をつけなきゃいけないね」
「でも本当に悪魔っているの? 私見たことないもん」
「いるよ。エミリーが悪魔を見たことないのは、この街の大人たちが守ってくれてたからだよ」
「騎士さまもだね! 二年前から!」
「うん。去年のクリスマスはすごくうまく行ったし、その前だってうまく行った。みんなが頑張ったからだね」
「うん! 私も頑張ったよ!」
俺はエミリーの赤毛をなでる。彼女は嬉しそうにそれを受け入れた。
「ところでエミリー、君の家この辺だったよね?」
「あれ……」
「ここ、さっきも通ったはずだ……」
「でも道は間違えてないよ! 私産まれたときからこの街で暮らしてるし、一人でお使いにいくのもずっと前からやってるもん!」
「そうだよね……」
俺は、ハッとする。陽光が消えた。ぐらぐらと揺れる街灯の火は、寂しげだった。
「エミリー、走るよ!」
「え?!」
俺は彼女の手を引いて走り、一番近かった民家の扉を叩いた。
「すみません! 道に迷ってしまって! 家の中にいれて頂けないでしょうか?!」
返事はない。
「くそっ!」
俺は扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。近くに家屋はもうなかった。入り組んだ街の端っこにいた俺たちは、街の中心にいくには高い崖を下らなければならない。しかし、幼いエミリーと二人でそれは不可能だ。
「エミリー! この近くに誰か知り合いの家は……」
俺が振り返ると、エミリーは道の先を見つめていた。いつしかそこには深く雪が積もっていた。そのさらに奥から何かがゆっくりと歩いてくる。それは雪だるまだった。子供が作ったような、形の崩れた雪だるま。つけられた枝は不揃いで、顔もゆがんでいる。
俺はエミリーを抱きかかえ、反対側に駆け出そうとする。
そのとき、さっき叩いたドアが開いた。暗い部屋の中から現れたのも雪だるまだった。
俺はコートの中から杖を取り出し、火を放つ。雪だるまは顔を溶かす。その雪の溶けた水は地面に落ちると、ぴちゃりと音を立てる。
するともう一度ぴちゃり、地面に落ちる。刺さっているナイフが見えた。落ちたのは、エミリーの血だった。
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