第三十七話 ダンジョンの町 五 聖樹と新たな店員

「中は問題なかったですね」

「ボロボロなこと以外はな」


 教会での調査を終えたエルジュがそう言った。

 昨日は戦闘で教会の中を見る余裕はなかったが、再度見ると本当にボロボロだ。

 いつもカムイさんの教会を見ている分、余計にひどく見える。


「恐らくですが助祭じょさいさんは教会の資金すらも賊に取られていた可能性がありますね」

「本人に聞かないとわからないが、この様子を見るとそうだろうな」

「ええ。神像しんぞうすらない事を考えると恐らく」


 ほこりっぽい中を歩きながら考察する。


「むしろよくあの人数の子供達を食べさせることが出来ていたと吾輩わがはいは驚きだがね」

「……確かに」

「もしかして何か作っていたとか? 」

「有り得るね。カムイは薬草を栽培していた。ならば何か食べれる物を作っていた可能性がある」


 それを聞きオレとエルジュは顔を合わせた。


「外に出てみるか」

「見て見ましょう」


 結論がでて教会の扉を開けた。


 ★


「予想通りか」

「かなり広いですね」


 教会の裏。

 そこはかなり広範囲の農地が広がっていた。

 恐らく子供達も働かせながら農作業をしていたのだろう。畑の近くに小さな農具が見える。


 この町の環境は酷い。

 それから考えると恐らく育てた野菜も取り上げられていた可能性もある。

 本当に虫唾むしずが走るな。

 気分をまぎらわすために顔を上げる。


「ん? あれはなんだ? 」


 農地を右に左に見ていると、一本とりわけ大きな木が見えた。

 少し遠くにあったのでその木に近寄る。

 するとエルジュが何かに気が付いたようだ。


「これははらいノ聖樹せいじゅ、ですね」

はらいノ聖樹せいじゅ? 」

「なんと! 」


 聞き返すとエルジュが頷き、ケルブが驚く。

 記憶が正しければかなり珍しい木だと思うが……。


「かなり、なってますね。珍しい」

「珍しい? はらいノ聖樹せいじゅがある事がか? 」

「いえ。この木自体はあまり稀少きしょうなものではないのです。しかし実がなることはあまりなく、しかもこんなにも多くの実がなるというのは聞いたことがありませんね」


 へぇ、と木を見上げて腕を組む。


「確かキュア・カースド・ポーションの素材、だったよな? 」

「その通り。正確に言うならばキュア・カースド・ヒューマン・ポーションだがね」

「そうなのですか? 」


 と、少し目を開いてオレの方を見るエルジュ。


「ああ。流石に作成方法は言えないが……。まぁ解呪に使うな、これ」

「解呪と言ってもそれぞれだ。呪われた対象物によって素材が変わる。はらいノ聖樹せいじゅの果実は、とりわけ『人』に効く」

「ま、使ったことはないが」

「作ったことはあるのですか? 」

「修業の時に」


 そうなのですね、というエルジュの言葉が聞こえ、「さてどうするか」と考える。


「採っても……良いと思う? 」

「聞いてみないとわかりませんね」


 目線を下げてエルジュに聞く。

 彼女は苦笑いをしながらもオレを見上げてそう言った。

 やっぱりそうだよな、と思い一度引き返し、採取しても良いか聞いて、大量にはらいノ聖樹せいじゅの果実を採るのであった。


 ★


 その二日後、爆走馬車でマリアンが話をつけて帰ってきた。

 更に数日遅れてガガの町の衛兵や子爵家の騎士達がやってきた。


 その数、数十。


 中にはガガの町の町長であるガガ子爵もいたのだから驚きだ。

 そして町長は元ダンジョンの町の人達に頭を下げた。


「本当に申し訳なかった!!! 」


 その様子を見て全員が唖然あぜんとした。

 あれ? ガガ子爵ってこの町と通じていたんじゃなかったっけ? 

 そう思い、マリアンの方を向く。


「ガガ子爵はどうもおどされていたようで」


 と、マリアンが微妙な顔をして言った。

 それを追うかのように子爵が言う。


「先々代からの悲願が達成していただき感謝の念にえません」

「「「先々代からの悲願? 」」」


 言葉を返すと涙を流しながらも子爵が説明した。


 どうもこのダンジョンの町というのはオレ達の予想通り冒険者ギルドや教会が設置された事から始まった、非公式・非合法な町のこと。

 最初は健全けんざんに運営されていたようだが町化が進むにつれて犯罪組織が入り込むようになったらしい。

 

 時が経ち町全体が賊の拠点きょてんとなった時代、つまり先々代がそれをこころよく思わず国へ報告しようとした。しかしそこでこの町からおどされたそうだ。


 「オレ達のおかげでダンジョンからモンスターが溢れるのを抑えている。だから見逃せ」、と。

 加えてそこに他の貴族からも横やりが加わり、結果として見逃す羽目はめになってしまった。


「見逃してきたのは事実。罰は受けます。しかし今は他にやる事がありますのでそちらを優先しても? 」

「構わない」


 オレが答えるとガガ子爵が町の完全制圧に向けて動き始めた。


 子爵が兵を動かしている時、オレはふと思い出した。


「そういや冒険者ギルドはどうなったんだ? 」

「ガガの町の冒険者ギルド上層部はすでに掌握しょうあく済みです」


 オレの呟きにマリアンが答える。


「早くないか? 」

「そのようなことはありませんよ。なにより証人しょうにんはガガ子爵。犯罪に手を染めていたとはいえ町の実権を持つ子爵が証明できるのです。私がこちらに向かった頃には牢屋ろうやにいましたよ? 」

「そ、そうか」

「もしかすると子爵もすきを狙っていたのかもしれませんね」


 ありえるな、と呟きエルジュの方を見る。


「エルジュは違う町に行くのか? 」


 そう言うとエルジュが少しなやまし気な顔をしてオレの方を見上げてきた。


「……そうですね。最初はそう考えていましたが」


 と、ボロボロな服を着た——捕まっていた人達を見た。

 オレもつられてその方向を見る。


「彼女達の話を聞くと中には村に帰りたくない人もいるようです。なので彼女達に関してカムイ司祭に相談しようかと思います」


 帰りたくない、ね。

 もしくは帰れない、か。


「具体的には? 」

「幾つか選択肢はあると思います。カムイ司祭は聖国でも顔がく方。なので修道士としての道を示すことも可能かと」

「カムイ司祭なら他にもグレカスのじいさんに掛け合って、店の従業員も出来そうだな」

「ええ。せめて彼女達の行く道を見届けてから旅に出ようかと思います。なので……私は一時的にアルミルの町で過ごそうかと」

「そうか。だがどこか住むところがあるのか? 」

「彼女達の事を頼む以上私が厄介になるわけにはいきません」


 そう言いこちらを見上げてきた。

 そこには少し期待した瞳が。

 ……。オレには良いのかよ!!!

 だが放置するわけにもいかないよな。エルジュはエルジュで旅の費用を取っておかないといけないだろうし。

 あぁあ! わかったってば……。


「ったくしょうがないな。分かった、分かった。オレの店に住んでも良い。だがその分働いてももらうぞ? 」

「感謝します」


 長く桃色をした髪をらしながら笑顔で頭を下げるエルジュ。

 頭をきむしりながらも、騒がしい人間が一人オレの店に加わった。

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