心奧のヘキサ・シン

ポンコツ・サイシン

プロローグ ①



 頭上を埋め尽くす曇天――。

 試合会場の外で、鈍色の空を仰いでいた黒髪の少年は、真冬のような心持ちがいっそう寒くなっていくのを感じた。

 黒髪の少年のいるここら地域は、気候も夏に変わりつつあるため湿った空気が漂い、涼しいようでいて汗ばむような陽気だった。

 後方には屋内型の運動場があり、わずかな休息をとっていた黒髪の少年は、この肌寒いような、熱がこもったような空気を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 ぎゅっと心の帯をしめたような、そんな感じだった。背後の屋内運動場の喧騒は黒髪の少年の心持ちを否応なく揺さぶってくる。わずかながら、深呼吸するくらいの時間や気持ちの余裕は持っておきたかった。

 黒髪の少年は屋内運動場へと踵を返した。

 そこではある催し物が開かれていた。

 放送部の部員、緑色の髪のナキムと黒眼鏡をかけたボーノは自分たちの仕事に熱心だ。

〈さあ、リクシリア校恒例の月間ヘキサート大会が今日もやって参りました。放送部ナキムとボーノがお伝えします。高等部一位決定戦、まずはその一回戦がすでに行われようとしています。レザーク選手対アネス選手です。いやあ、二人とも予選を通過したとはいえ、一回戦目で当たるとは珍しいですね、ボーノさん?〉

〈放送部ボーノです。ええ、この両者の組み合わせこそが恒例となってきた感はありますが、これまでは上位を競うことが多かったですからね。一位を維持するレザーク選手と、追随を許さないアネス選手。果たしてアネス選手は一位を取れるのか。結果がマンネリ化しないことを祈りましょう〉

 黒髪の少年アネスはリングの中央に立ち、相手の顔をじっと見つめる。

 そこには眼鏡をかけた同い年の少年レザークがいた。片側に垂れた長い水色の前髪を耳にかけ、眼鏡の奥から冷たい眼差しでアネスを見つめ返している。

「……ヘキサリリース」

 レザークが一言そう発すると、体から水色の光が頭上へ向かって放たれ、顔には特徴的な模様が浮きで始めた。

 アネスは何もせず、剣を握ったままその状況に見入っている。

 ボーノの解説が入る。

〈『ヘキサ・シン』をリリースしたレザーク選手。新規の生徒の皆さんにも重要かつ基本的な知識ですが、ヘキサ・シンとは、地水火風空識の六つの力のことを言います〉

 リクシリアという国にあるこの学校は、ヘキサートという術者を目指す専門的な学校だった。毎週試合を行い、さらに月間のこの試合を勝ち抜いた者が、学年の一位となる。

 放送部の初心者に向けてのレクチャーのような語りは生徒全員が知っていなければならないことだった。ボーノは続けて、

〈六つの力は『自然』と同じです。時に自然とは人の手に及ばない、未知で不可思議で、穏やかでありつつ荒々しい表情を持ち、そのために崇拝されてきた歴史があります。はるか昔に、ヘキサ・シンの教えを元に自然の力を六つに分割したことにより、やがて『ヘキサート』という術が誕生しました。人は自然の恵みによって生活を営んでいます。自然を食べ物として体内に取り込み成長していく我々には、生まれつきヘキサ・シン――自然の力――が具わっているという訳です〉

 新学期のこの時期。こと一回戦目に挿入されるボーノの解説は、新規で入学してきた中途入学の者や初等部の生徒に向けたものだった。ボーノの解説はまだ続く。

〈人間を含めたあらゆる物体には輪郭という隔たりがあり、普段から体の作りを維持させています。しかしヘキサ・シンをリリースすることで、ある程度自然と体の境界が弛くなります。すると自然の力と接触、結合でき、六つの力を意図的に扱うことができるようになるわけです。そのヘキサートを操る術者『ヘキサージェン』は敵を倒し民衆を守るための存在です。我々――そう、隣にいるナキムさんや、私ボーノも、普段から制御の難しいヘキサートをこの学校で鍛え学び、より精度を高めヘキサージェンを目指しているのです〉

 ナキムがボーノの解説に付け加える形で、

〈おや? しかしボーノさんの説明どおりであれば、ヘキサートを学ぶ学校で、ヘキサリリースを行うのは当然のことなのですが、アネス選手、リリースを行っておりませんね。これは、ヘキサートの試合の礼儀に事欠いていることになるのでは?〉

〈そうですね。ここ半年近く、アネス選手はヘキサリリースができない状態にも関わらず、ある著名な師の元で個別に訓練を受け、試合の時期になると、リリースできないという身でありながら、予選を勝ち抜いていき、時にはレザーク選手まで辿り着くも敗れ、二位という結果を残すこともあります。リリースができないのに、リリースをする選手を負かすこともある……。これには目くじらを立てる生徒も多くいるとか……〉

 観客席で見守る、栗毛のショートボブの少女と髪を逆立てた少年はアネスの様子を見て、こそこそと小声で話し合う。

「月一の試合に出られるだけでもすげえことなんだが、アネスの奴、やっぱりまだリリースができねえみてえだな……」

 髪を逆立てた少年が言うと、栗毛のショートボブの少女はこう言った。

「試合前に測るヘキサの数値は大丈夫だったってことだよね?」

「試合に出られるかどうかヘキサ・シンがなけりゃ、ヘキサートも使えねえ。そうなれば試合に出ることも不可能だ。検査した上で試合に出てるってことだろ……」

「それってやっぱり、ダイガン先生の……?」

「訓練の一貫なのかもな……。そうでねえと試合には出れねえわけだし」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る