第23話  遥香の恋愛 ④

「安田、お前、あの話を聞いたか?」

「え?何の話ですか?」


「あれだよあれ、7階の脳外科の新人看護師の一人が行方不明なんだって」

「はい?」


「今日、日勤のはずだったんだけど、病院にやってこなくって、電話しても全然反応なくて、何処に行ったんだ、みたいな話になっているらしいんだよ」

「え?なんですかそれ」


 日勤なのに病院に来なかった、電話をしたけれど応答はなかった。

 まあ、そういう事もあるでしょう。

 それで、今は朝の10時半だよね?


「なんで今の時間で行方不明扱いになるんですかね?そもそも、7階脳外科病棟の看護師の話なんですよね?なんでそんな話が放射線科まで流れてくるのか違和感ありますよ」


「それは安田、お前が7階病棟の新人看護師と仲が良いから回ってきたんだと思うし〜」

「田野倉さん、暇なんですか?」

「えええ?」


「暇だったら、病棟まわりいきます?病棟のレントゲン撮影代わっても俺は全然構わないですよ?」


「ええー?俺、これから造影CT入らなくちゃならないからー〜―」

 本当に、院内で付き合った女が多いだけに情報通って事はわかるんだけど、田野倉さんもしょうもない話を持ってくるよなぁ。


 放射線科に勤める俺、安田大毅は、高校生の時に、

『息を吸って止めてください』

 という自動アナウンスを聞きながら、レントゲン撮影のボタンをポチッと押すだけの仕事をすりゃあいいんだろうと考えていたわけ。


 だけど、放射線技師って、健康診断で必要な胸のレントゲンの写真を撮るだけが仕事っていうわけではなかったんだよなー〜。


 病院内には寝たきりとなっている患者さんもいる為、わざわざレントゲン室まで行ってレントゲンを撮るのが大変!みたいな人のために、ポータブルのレントゲン機械を病棟まで持っていって、ベッドで寝たままの状態で撮影を行なったりするわけだ。


 背中が丸まっちゃっているおじいちゃん、おばあちゃんの撮影は結構大変なんだけど、

「木下さん!背中の下に枕入れますね〜」

看護師さんに枕を入れてもらって調整しながら、なんとかコロンコロン転がらずに撮影するわけだよ。


「はーい、それじゃあ撮影しますね〜」

 一旦病室の外に出た看護師さんは、撮影が終わると即座に患者さんの元へと戻ってくる。


 そうして枕を外しながら、

「安田クーン、今、7階病棟大変みたいねー〜」

 と、介助に入ってくれた看護師が言い出した。


 ここは4階西の内科病棟であり、患者さんへ布団をかけながら、

「なんでも新人さんが行方不明になったんでしょー〜?」

 と、眉をハの字に下げながら小声となって問いかけてくる。


「いや、それは俺も今さっき聞いたんですけど、行方不明って言われているのが意味わからなくて」


 まだ午前中、もしかしたら寝坊して遅刻って事もあるかもしれないのに、内科病棟まで話が広がっていることにも違和感しか感じない。


「うちの病棟では誘拐かな?とか言われているんだけど」

「誘拐?」

「だってそうじゃない?まだ午前中なのに行方不明だって、誰かに誘拐されたものだから、変な形で噂になっているんじゃないかなって」


「誘拐ですか?」

「だっておかしいじゃない?なんで今、この時間で、行方不明だなんて話がまわるの?」

「本当におかしいですよねー〜」


 だからって誘拐?身代金目的だったらもっと大騒ぎになっているよなぁ?

「安田クン、これから7階病棟もポータブル入るでしょー〜?何かあったら教えてくれると嬉しいなぁ」


「あーー・・そうですねぇーー〜」

 そんな事を教えるために、内科まで顔出さなくちゃいけないの?マジ面倒なんだけど?


「誘拐されたのが、安田クンの後輩チャンじゃなければいいよねー〜?」

 看護師さんは憂いを含んだ表情を浮かべながら、ほっと小さなため息を吐き出した。


「いや・・・いやいやいやいやいやいや」

 どういうこと?

「あいつの家は、そこまで金持ちって事はないですし」

「身代金なんかじゃなくて、性的な目的での誘拐かもしれないでしょう?」

「まさか!」


 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。


「まさかそれはないでしょう〜、小口さんがそういう目的で誘拐された―〜なんて言われたら、ああ、色っぽいしそうだろうな〜なんて思いますけど、俺の後輩は昔から色っぽいから最も離れた位置にいるんで、野郎もあえては選ばないと思いますよ〜」


 胸元を飾るネームプレートの名前を即座にとり入れながら、ハハッハハッと笑うと、満更でもない様子で、

「もうー〜、安田クンたら冗談が上手いんだからー〜」

 と言って、俺の肩をこづいてくる。


 マジ女めんどくせー・・と思いながらも、

「それじゃあ、何かわかったらお知らせしますー〜」

 と、適当な事を言って、内科病棟を後にした。


 とりあえず、移動中に分かった事は、7階脳外科病棟の新人看護師が日勤に来なくて、行方不明となっているんじゃないのかな?(内科では誘拐とも言っていたが)という奇天烈な話となって、広範囲に広がっているということ。


 そして問題の7階脳外科病棟は、

「安田くん!今日は忙しくて介助の人をつけてあげられないのよ!一人でレントゲン回ってくれる?」

 いつもは座ってのんびりしている師長さんが、慌てた様子でこちらの方へと声をかけてきた。

「全く問題ないですよー〜」

 と、返事を返したけど、今日こそ看護師に介助に入ってもらいたかったなあ。


 ナースステーションを行ったり来たりしている看護師さんたちは忙しそうだし、問題の新人看護師は誰なんだとか?行方不明は誰なんだとか?誘拐されたって本当ですかとか?そんな事を訊く雰囲気では決してない。


 粛々とレントゲンを撮って回った俺は、エレベーターへと移動する前に、

「それでは、レントゲン撮影の方は終了しましたんでー〜」

 と、無人となっているナースステーションに一応、声をかけたわけ。


 廊下なんかも駆け回っているし、急変でもあったのかな?


 エレベーター側の扉から顔を覗かせていたわけだけど、今日の日勤勤務の名前が張り出されたホワイトボードの下には、誰もいないのにぐるぐる回り続けたと後輩の宮脇が言っていた貸し出しノートなるものがぶら下がっている。


「そういえば、今日の日勤には宮脇が居るんだな」

 日勤Aグループの中には、宮脇の名前が貼り付けてある。日勤終わりに話を聞いてみたら、行方不明だか、誘拐だか、寝坊だか、なんだかが判明する事だろう。


 宮脇が誘拐・・とかじゃないと良いのだが。




    

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