第33話 ユリウスお兄様が怒ったんです

 アームストロング領へ続く扉をユリウスが開き、エスコートされるがまま中へと入ると、シシリーが扉を閉めた音で、レティシアはようやく安堵の息を吐いた。


「つっかれたー……」

「レティ」


 気が抜けた状態で、突然手を強く引かれたレティシアは、そのままユリウスの胸の中へすっぽりと収まる。

 その拍子で反対の手に持っていた薔薇が床に落ちてしまった。


「に、兄様?」

「レティ」


 ギュっと力強く抱き締められる。


(な、なに?! いきなりどうしたの兄様?!)


 ドキドキと息苦しさで、いつの間にか逞しくなっていた胸板を軽く叩いた。


「ユリウス兄様……く、苦しい……」

「レティ、……レティ」


 レティシアの名を呼ぶばかりで、抱き締める力は弱まらない。


(す、凄ーく心配してくれたのは分かるのだけれども! 此処には、気配を完全にしたシシリーが居るんですけど!?)


「に、兄様、変な嫌味を言われてたみたいだけど、大丈夫? あ、あの、さっきはごめんね。領主達を押し付けちゃって……」


 もしかしたら嫌味で凹んでいるのかと思い、ユリウスを労わってみる。


「そんな事はどうでもいい」


 違ったらしい。


 緩むどころか、更に抱き締める力が強くなった。


 胸板に顔を押し付けられて本気で息苦しくなってしまい、何とか顔を動かして横を向くと、気配を消して壁際に佇むシシリーと目が合った。


(助けてシシリー!!)


 目力で何とか助けを求めるが、シシリーは爽やかな笑顔でサムズアップ応答した。


(シシリーーー!! お前、私と同じ穴の狢ざんねんなヤツなのかーー!?)


「レティ」

「は、はいっ!」


 少し力が緩まったので、ホッとしてユリウスの見上げたら、予想以上に近いユリウスの美顔があった。

 あまりの近距離にレティシアは一瞬で真っ赤になった。


(うひぃ! スチル顔は画面越しならウェルカムだけど、実物は尊過ぎて無理ぃ!!)


「……どうして。アイツ等は、レティを呼びすてなの?」

「あ、あの……」

「どうしてアイツ等に、敬称無しを許したんだ? どうして婚約を申し込まれてる? どうして気に入られるような真似をしたんだ!?」


 ユリウスの、今まで見たことも無い剣幕に羞恥心は消え失せ、兄が何故これ程怒っているのかレティシアは分からず、ただ呆然とユリウスを見つめるしかなかった。



(兄様が…私に、怒ってる)



 ユリウスに初めて怒られたレティシアは思わず涙が溢れてきた。


「ユリ…ウス……兄様……」


 みるみる涙を浮かべるレティシアに目を見張ったユリウスは、我に返ったようにレティシアから顔を離した。


「っごめん。……強く、言い過ぎた」

「……ううん、私の軽率な行動が悪いんだから。ごめんなさい、兄様まで迷惑ごとに巻き込んでしまって……」


 泣きたくなるのを歯を食い縛って耐えたが、初めての怖いユリウスを目の当たりにした所為か、堪え切れず一雫、涙が溢れた。

 ユリウスは心底後悔したような顔で、レティシアの目元を優しく拭った。


「巻き込まれたなんて思ってない。……本当にごめん……。レティを怖がらせたかったんじゃないんだ。ただ、アイツ等が許せなくて……。それなのにレティに当たってしまうなんて…どうかしてた。本当にごめん……。レティ、泣かないで……」


 今度はユリウスが泣きそうな顔で謝る。

 レティシアの顔に手を添える優しいいつものユリウスに、レティシアは少し安心して弱々しく微笑んだ。


「大丈夫、ちょっと驚いただけだから。少し気が抜けちゃっただけ」

「レティ、僕は……」


 レティシアは自分の頬に添えられたユリウスの手に、自分の手を添えて瞳を閉じた。


「ありがとう、兄様。いつも側に居てくれて。今日も一緒に居てくれたから、私頑張れたよ」

「レティ」


 レティシアは瞳を開いて、笑顔でユリウスを見た。


「兄様、お母様が心配だしそろそろ帰ろう? もしかしたらもう生まれているかも知れないし」


 そう口にした途端、改めて母ルシータの事が心配になってきた。

 レティシアの心情に気が付いたのか、ユリウスは何故か苦笑してレティシアの頬から手を離した。


「確かに義母様が心配だしね。帰ろう。……疲れただろう? 僕が抱き上げて帰ろうか?」

「大丈夫です!!」

「じゃあ、せめて僕に寄り掛かって」


 ユリウスはレティシアの腰に手を回して、強く引き寄せた。


「さ、早く帰ろうか」


 そう言うとユリウスがそのまま歩きだしたので、レティシアは腰を抱かれたまま密着して歩かざるを得なかった。


(あ、歩きにくい……!)


 シシリーに助けを求めようとシシリーを見た。


 シシリーは先程レティシアが落とした薔薇を持ち、気配を消しながらこちらを見て、有難そうに拝んでいた。


(オイ! お前シシリーーー!! 後で覚えとけよーーっっ!!)

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