第28話 マクシミアン・ライト公爵嫡子なんです

 歩きながら何か話そうと色々話かけてみるが、どれも空振りに終わった。

 ライト公爵の庭に着いたのか、先程のロゴス公爵の庭とは趣の違う庭へと到着していた。


 珍しい木々が植えられた少し殺風景な庭だったが、レティシアは懸命に誉めてみた。

 しかしマクシミアンはつまらなさそうに「そうか」と言って終わった。



 とうとう沈黙しながら二人は庭を歩き続けた。


(ち、超気まずい……!)


 しかし、散策を続けているうちにレティシアは、ある事に気が付いた。


「マクシミアン様。……もしかして、眠たいのではありませんか?」


 その声にマクシミアンは歩みを止めた。レティシアを見て「何故」と問うてきた。


「先程からしきりに目を瞬かせています。顔色もあまり宜しくありません。口元も強く噛み締めていらっしゃる。……欠伸を、我慢しているのでしょう?」

「……」


 否定をしない。図星だったのだろう、マクシミアンは諦めた様に大きく欠伸をした。


「……去年十歳になって魔力測定で自分の属性が分かってから。父が魔術を極めろと、毎日毎日勉強漬けで。最近もあまり眠れて無い」

「まあ……。それはお辛いですね……」

「仕方がない。俺は次期当主だからな」


 目尻を指で揉んでいる。予想よりもかなり辛い様だ。


「……では、今から少し、お昼寝致しませんか?」

「……は?」


 辺りを見渡したレティシアは、木の袂にベンチが備え付けられているのが目に付いた。


「ほら、丁度あそこに横になれるベンチがございます。私が見張り番を仰せつかりますので、束の間ではございますが、お休みになられたらどうでしょう? 少しは眠気もマシになるかと思います」


 ぼんやりしているマクシミアンの袖を軽く引っ張って、ベンチへと連れて行き、半ば強引に座らせた。

 やはり、ぼんやりとしてレティシアを見上げるマクシミアンに笑い掛けた。


「大丈夫です。誰か来たら直ぐに起こしますので」

「……膝枕」

「……はい?」


 少し照れた様にそっぽを向いた。


「膝枕、してくれ。枕が無いと、眠れない」


(う、ちょっと、可愛い……かも……)


 レティシアは平静を装って承諾すると、ベンチの隅に座った。自分の膝を軽く叩いて「どうぞ」と微笑んだ。


 マクシミアンは少し顔を赤らめてたが、冷静さを装って無言でベンチに横になってレティシアの膝にゆっくりと頭を乗せた。

 緊張しているのか目を強く瞑っている。


 レティシアはマクシミアンの胸元を、ポンポンと優しくリズムよく叩いた。


「身体の力を抜いて下さい。大丈夫ですから」


 赤ちゃんをあやす様にリズムよく叩いていると、やがて膝に掛かる重さが少し重くなった。


 マクシミアンの顔を見ると、力の抜けた美少年のあどけない寝顔があった。

 レティシアは思わず天を仰いだ。


(っっっ尊い!!)


 尊い寝顔に思わず拝みたくなったが、下手に動いて目を覚まさせてしまうと可哀想だと思い、これ以上動くのは控えた。



 心地よい風が吹き抜けていく。


 マクシミアンのあどけない寝顔を見ていたら、自分まで眠たくなってきてしまった。


(緊張の連続だったからかな……。少しだけ、疲れた……)


 少しだけ休憩、と思って目を瞑ると直ぐに意識が途絶えた。




(……? いけない、つられて一緒に寝てしまった……)


 いつのまにか、つい眠ってしまった様だ。レティシアは眠たい目をゆっくりと開いた。


 どれくらい寝てしまったのかとマクシミアンを見ると、マクシミアンはぼんやりした表情でレティシアを見つめていた。

 あまりに子供っぽい顔に、レティシアは優しく微笑んだ。


(あどけない美少年のお顔、拝見できて至福にございます……っは!! これはっ不味い!!)


 レティシアは重大な失敗に気付いて、慌てて扇子を取り出し、顔を隠して横を向いた。


(なんて事!! 下から見上げられたら、鼻の穴が大きく見えるではないか!! 美少女が鼻穴を見られるのは禁忌に等しい!!)


 レティシアは顔を赤らめた顔を隠しながら、マクシミアンを少し責めた。


「寝顔なんか見てないで起こして下さい……」

「あ、ああ。悪い……。……気持ち良さげに寝てたから。それにしても、レティシアは見張り番失格だな」


 少し意地悪そうに笑った。


(うう、反論出来ない……)


 マクシミアンはゆっくりと身体を起こすと、レティシアの隣に座り直した。

 レティシアの顔を見つめるマクシミアンの顔色は幾分マシになった様だ。


 突然、マクシミアンはレティシアの手を取ると、手の甲に口づけを落とした。


(へひゃぅ?!)


「少しだけど眠れたお陰で、大分楽になった。……ありがとう、助かった。レティシア」

「い、いえ、どう致しまして……」


 本日三度も手に口づけられたレティシアは、顔を赤らめながら答えた。


 それにいつの間にか、レティシア呼びになったマクシミアンに戸惑いながらも、「そろそろ戻ろうか」とレティシアの手を掴んだまま立ち上がったので、レティシアも引っ張られるように立ち上がった。


(……時間、かかり過ぎたかも……もしかしたら宮殿は血の海かもしれない……)


 少し急ぎ目に帰る事にした。

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