第22話 アトランス宮殿なんです
祝儀が開催される場所までは、馬車ではなく転移魔法を使って移動するらしい。
アームストロング公爵の敷地内にある、本館の渡り廊下の先の聖堂の様な建物の中。
その建物内部の大理石みたいな床の中央は、小高い祭壇の様になっていて、その中央の床には転移用魔法陣が描かれていた。
ここに、転移石と呼ばれる転移用の魔法石を嵌め込む事で、魔法陣は発動する。
今回描かれた転移先は、アトランス公国の丁度中央に位置する、どの公爵の領土にも属さない中立の地、アトランス中立地帯に繋がっていると事前に説明を受けていた。
そこには、アトランス公国を建国した、四人の英雄の像が鎮座した宮殿が建っているらしい。その英雄達の子孫が、今の四つある公爵家の人達だ。
四つの公爵が一堂に集う時は、必ずこの宮殿が使われるらしい。
しかも、この宮殿では魔法の使用が一切禁じられている。
というか、使えない。
魔法を封じる結界が施されているのだ。かなりの魔力を使っても、魔法効果は従来の一割も満たないらしい。
その為、各公爵の管下の元、厳選された少数の使用人達が転移魔法陣を利用して共同で準備が整えられた。とシシリーが言っていた。
今回の祝儀当日、この宮殿に行ける公爵の人間は各二名だけ。これはレオナルドが断固として譲らなかった。
連れて行ける従者も二名だけ。ユリウスは正当な後継者ではないので、従者扱いとなる。
もう一人の従者は、なんとシシリーだった。
「いざとなったらー、我が暗殺一族の隠密術をフルに使ってでも、レティシアお嬢様を逃して見せますからねー!」
と笑いながら、笑えないカミングアウトを祝儀前日に話してくれた。
(シンリーにシシリー。あんたら『くの一』だったんかい……)
そんな昨日のショッキングな出来事を思い返しているレティシアの出立ちは、上半身を覆い隠す様に頭からベールを被り、白いアフタヌーンドレスを身に纏った姿。
まるで新婦のような装いで、アトランス宮殿に繋がる魔法陣をぼんやりと見つめ、佇んでいた。
(……これから、ウエディングドレスのように美しいこの白いドレスが、敵の血で赤く染まるのね……)
物騒な事を考えつつ、隣に立つユリウスを見た。
「いよいよですね、お兄様」
「そうだね。……レティ、初めて他の公爵達との対面する。……怖くはない?」
「ふふ、確かに少し緊張します。でも、お父様とお母様に頂いた守護のネックレスや、先日お母様に頂いた
既に臨戦態勢のレティシアは、公爵令嬢モードに突入していた。
ユリウスは恭しくその手をとると、手の甲に唇を寄せた。
「レティシア。君は何も心配は要らない。
ユリウスも公爵家としての仮面を被った様だ。
そのまま手を引かれながら、魔法陣へと続く少しの階段を上ると、緊張感の無いシシリーと、いつもより厳しい顔のレオナルドが待っていた。
「お父様。見送って下さるのですか?」
「いや、私も行く。シータが行けと五月蝿くてな。確かに、さっさと
「……そう出来れば良いですね」
(お父様、瞬殺する気満々なんですね)
「忘れずに渡しておこう。レティシア、これを」
レオナルドの手の平には、銀色に輝くブレスレットがあった。美しいストロングカレイドの模様が施されている。
「お父様、それは?」
「レティシアの本来の魔力量を測定されない様、本来の魔力よりかなり低く抑える魔導具だ。身に着けた本人の意思で、直ぐに解除出来る様になっている。多少魔力量はコントロール出来るが、いざとなったら直ぐに全解除して、全力で逃げなさい」
レオナルドがレティシアの左手の手首にブレスレットを装着した途端、レティシアは自分の魔力が抑えられるのを感じた。
「ありがとうございます」
「レティシア、今回会う連中は一筋縄ではいかない。気を抜かず、決して気を許すな」
「はい、お父様」
(私だって
四人が魔法陣の上に立つと、シシリーはエプロンのポケットから、転移石であろう小さな魔法石を取り出すと、魔法陣の中央にある小さな凹みに嵌め込んだ。
「ではー、転移開始致しまーす!」
緊張感の無い掛け声と共に魔法陣が輝き出し、その光に包まれた。
魔法陣の光が消え、レティシアは辺りを見渡す。
先程いた聖堂の様な空間と趣は似ているが、明らかに今までいた場所では無いのが分かった。
(初めて転移体験したけど、本当にあっという間なんだ……)
レティシア達は一瞬にして、遠く離れたアトランス宮殿に移動した様だ。
「気は進まんが、行こうか」
この魔法陣がある広い空間の部屋に、一つだけ豪華で重厚な扉がある。そこに向かってレオナルドは歩き出す。
続いてユリウスと、エスコートされているレティシア、最後にシシリーの順で歩き出した。
レオナルドが扉を開く。その先の光景にレティシアは目を輝かせた。
美しい庭を突き抜ける、屋根の無い長い渡り廊下の先に、真っ白な美しい宮殿が聳え立っていた。宮殿の中央は塔のように高く突き出ている。
幻想的にさえ見える建造物を前に、レティシアは思わず感嘆の声を上げた。
「なんて美しい宮殿なの……。まるで神様が住んでいるみたい……」
「……確かにそうだね。まあ、レティシアの方が美しいと思うけど」
(……建造物と
宮殿の入り口まで辿り着くと、高さが優に5mはありそうな巨大な門の様な扉が、行手を阻んだ。見るからに力づくでは開かない
「お父様、どうすれば開くのですか?」
「この鍵を使う」
背広の内ポケットから、小さな鍵らしきものを取り出した。
レオナルドがその鍵を扉に翳すと、鍵と扉が共鳴する様に僅かに光り、重たそうな扉は音も無く自動的に開いた。
「これは代々受け継がれる鍵で、公爵家当主だけが持つ事を許されている。この扉は鍵を使って入る者達の魔力を記憶する。最初の一度だけ、鍵を使って入れば、その日一日は鍵を使わずとも扉が反応して開く。さあ行こう」
(へぇー。テーマパークの入園チケットみたい! ちょっと面白い)
中に進むと、再び感嘆の声を上げざるを得なかった。
宮殿内部壁一面に、美しいステンドグラスで埋め尽くされてた。
まるで地球の、とある有名な大聖堂の様な。いやそれ以上の圧倒される美しさに、思わず立ち止まってしまった。
「……素敵。一日ずっと見ていられそう……」
「そうだな。確かに美しいが、このステンドグラスに使われているのは、全て薄く伸ばした魔法石だ。この宮殿に張られている結界の、一部となっている」
「結界……美しいだけでは無いのですね」
「レティシアには負けているけどね」
(こんな美しい造形物と、
この部屋の丁度中央に、英雄の像らしき銅像が飾れられていた。レオナルドに良く似た美青年が剣を掲げている。近づいて見上げる。
「このお方が、アームストロングの英雄様であらせられるのですか?」
「そうだ。アトランス公国を建国した、四人の内の一人。ルイス・アームストロング、その人だ」
(アームストロング初代は、マッチョでちょび髭生やしたおじさんかと勝手に想像してたけど。お父様に似た、イケメンだったんだ)
レオナルドが敬意を表するように、銅像に向かって敬礼をした。ユリウスもそれに習い、レティシアはカーテシーをした。
銅像を通り過ぎて、奥の壁の前で止まった。
よく見れば、ステンドグラスの壁ではなく、ステンドグラスの扉があった。
「ここまでが、アームストロングの管轄する区域となる。そしてこの扉の先が、公爵が集う場所だ。二人共、新たに気を引き締めろ。……では行く」
部屋の最奥にある、ステンドグラスに覆われた扉が開かれた。
(レティシア・アームストロング。いざ初陣!!)
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